33 棕矢◆遺言

XX15年 2月 


二月。お祖父様の葬儀等を執り行ってから、少し経った。あれからすぐ、新聞に掲載された報せで、工匠の三人をはじめ、街の人達が協力してくれたのだ。おかげで随分と早く落ち着くことが出来た。


けれど、俺には、まだ。


……いや。これから、やらなければならない事がある。


  *


カチ カチ カチ  ガチャリ


大きな音と同時に、俺はステンドグラスに手を伸ばした。

開かれた空間の先。階段を上る足が、物凄く重い。

「おじいちゃん…」

辿り着いた扉の前で立ち止まる。


……おじいちゃんは、もう居ない。


スーッと感情が抜け、ふわりと心身が軽くなった気がする。俺は、曖昧な感覚で結界を解き、ノブを回した。


仕事部屋は真っ暗で、冷え冷えとしていた。闇に満たされた空間に足を踏み入れ、俺は手探りで電気を点けると、床に座り込んだ。「はあ」と一息吐き、膝を抱えると、その上にひたいを乗せる。不意に涙が出そうになった。やはり、いくら覚悟していたと言っても、実際におじいちゃんが亡くなってしまった事を、俺は受け入れ切れていないのだ。両親の時よりは、勿論、冷静でいられているが…

「これは、少し時間を置いてからでないと〝約束〟を果たせそうにないな」と思った。

少しのあいだ、膝に顔をうずめていた俺は、落ち着くと、立ち上がり窓を開けた。

そして本棚から一冊の本を抜き取ると、中に挟んでおいた〝封筒〟を取り出す。

あの、白い封筒を。

再び床に座ると、仕事机の引き出しに入っていたはさみで封を開けた。

…中に入っていたのは、何の変哲もない紙だった。俺は、ゆっくりと紙を広げてみる。初め一枚かと思っていたが、どうやら二枚重ねてあるみたいだ。



棕矢へ


おじいちゃんから、最後のお願いをしようと思う。


その前にまず、アキラ達の事を。

単刀直入に言うと、あの子達は親戚の孫ではないんだ。騙していたわけじゃないのだが、悪かった。

この〝お願い〟をする迄、秘密にしておこうと思った結果だったんだよ。

ごめんな。

アキラ達は、私とおばあちゃんで創った『存在カタチ』だ。でも恭とは別で『オリジナルの存在』なんだ。

察しの良い棕矢なら、もう分かったかもしれないが、以前話した『表裏の世界の現状』に大きく関わっている。


アキラ達を創った経緯や、もっと詳しい事は『裏側の世界の棕矢君』から聴く事。

もう裏の彼には、この件を伝えてあるから。安心してくれ。あの子は、棕矢の味方になってくれるよ。


それから、おじいちゃんが作った『やることリスト』を同封したから、よく読んで欲しい。


追伸

この手紙を読んでいるという事は、もうすぐ、お前の所に彼が来るということになる。頼むぞ。



「裏側の世界の…俺?」


確か、俺とお祖父様が最後に話した時…

『…だから本当は、私達は『裏側の人物』に会う筈が無かった』と言っていた。


もしかすると、お祖父様はこの裏側の俺に会っていたから、あんな言い方をしたんじゃ…。しかも、手紙の文面では、向こうは俺の事を知っているみたいな書き方だ。

いや…お祖父様と約束を交わすくらいの関わりはあったんだ。

これは…一体、どういう事なんだ?


次だ。

「おじいちゃんが作った『やることリスト』…?」

二枚目を見てみる。


1、工匠の言い伝え(口碑)を守り抜き、継いでゆくこと。


2、存在創造術に関する全ての情報は、外部の人間に一切口外せず、内密に守ること。


3、XX16年12月→あきらが5歳になったら、孤児院に迎えに行くこと。


4、時が来たら「真実」を知り、存在カタチに説明すること。


1、2、3は理解できたし、第一どれもお祖父様から直接、聞かされていた事だ。

「でも、4は…よく解らないな」

それから、ふと思ったのは〝時が来たら〟という言葉。お祖父様はやけに、この言葉を多用しているように感じる。


……お祖父様は、何を知っていて、何を企んでいたのだろう?

〝時が来たら〟 〝時が訪れたら〟


……これは何を意味するのか…いつの事なのか。

裏側の世界の棕矢おれと出逢う時?

劍君を引き取る時?

お祖父様が言う〝真実〟というものを知った時?

それとも、もっと先に何かが待ち受けているのだろうか…?


考え出すときりがない。

俺は紙を封筒に戻すと、カーテンを閉め、部屋を出た。



  ***



「よし…」

はあ、と大きな吐息が漏れた。窓の外からは早起きの小鳥達の可愛らしい、さえずりが聞こえる。

早朝。副本を改めて読み返し、いや…自分で上書きし、完成したものを見直し…俺は、おじいちゃんとの〝約束〟も思い出せるだけ思い出してみた。

机上に広げた副本には、お祖父様じいさまが残した〝創造手順〟の上から、鉱物を溶かした特殊なインクと術を用いて、俺が上書きをしたのだ。

託された〝やることリスト〟や〝遺言の手紙〟〝お祖父様から聞いた事〟を書いた。

「これ…どこに置いておこうか」


『〝大切なもの〟が奪われないように、敢えて〝目立つところ〟に置いてくれ』


……目立つ処、ねえ。

悩んだ末、目立つ場所なら〝店〟に飾っておこう、と決めた。

もし駄目なら、また他の場所を考えれば良いさ…と。

それから、お祖父様から託された、リストや手紙は、自室の机の引き出しに保管する事にした。勿論、厳重に封印ロックを掛けて。

全く。最近、色々と起こり過ぎだよ。本当。

もう工匠という立場の定めなのか、奇怪な出来事の対処も冷静にできるようになったし、良いのか悪いのか、段々と〝運命と秘密〟の扱いに慣れてきた。


「ご飯…作ろう」

そろそろ恭が起きてくる。

「今朝のお茶は何にしよう」などと考えながら、俺は部屋を出た。



パタン、と扉が閉まった後…ひらひらと一枚の羊皮紙が床に落ちる。

出て行ってしまった彼は気付いていない。


この小さな一枚の紙切れが〝秘密の欠片〟だという事を。


  *

食器を洗い、片付け終えた俺は、部屋に戻ってきた。

「ん?」

何か落ちている…。

……紙?

少し黄ばんだ、栞くらいの大きさの紙を拾うと、どうやら羊皮紙みたいだった。

何も書かれていない。真新しい羊皮紙。

「…何だろう」

部屋を出た時は、こんな物、落ちていなかった。

まじまじと見詰めていると、ふと、ある事に気付いた。

……封印ロック


もしかして!!

羊皮紙を両手で挟んで、目を閉じる。


「…やっぱり」

指先の皮膚を通して、微量にだが工匠の術の波動が伝わってくる。

俺は更に意識を集中させる。


ふっと波動が緩み、感じ取れなくなった。

ゆっくりと目を開ける。

さっきまで、何も書かれていなかった紙に、文字と数字が並んでいた。

焦げ跡みたいな茶色い字。まるで炙り出しだ…。


「式?」


□恭=燐灰石(Apatite)*Ca5(PO4)3(F,Cl,OH) × ルチル(Rutile)*TiO2 × ルナの鉱物いし


◇惺=黄鉄鉱(Pyrite)*FeS2 × 表側のルナの鉱物


◆劍=赤鉄鉱(Hematite)*Fe2O3 × 裏側のルナの鉱物


念の為、各存在カタチの創造式を残しておく。


「恭と、アキラ君たちの〝創造式〟?」

多分この表側、裏側とは、こちら側の世界と反対側の世界…という事だろう。

……これも、遺言…か。

きっと、お祖父様が副本のどこかに、しっかりと挟んでいたのかもしれない。


俺は封印ロックを掛け直すと、白紙になった羊皮紙を〝ダミー〟の裏表紙の、内側に貼り付けた。

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