11 祖父□〝あの本〟と〝存在創造計画〟

六月の末。

私達は、恭が居ない現実と少しずつ向き合い始め、気持ちの整理を付けつつあった。


しかし。棕矢そうやだけが未だに、大半を受け入れ切れない様子だった。

昼間、私達の前では、前と変わらず、明るくて誠実な兄のままで居てくれている。

でも…夜、彼ひとりの時間になってしまえば、部屋にもって、声を殺しながら、泣いているのだ。静かなやかたの中ゆえ、声を殺しても、嗚咽はどうしても部屋の外に漏れてしまう。


……きっと今は、棕矢が一番、苦しんでいるのだ。


妻は、そんな彼の声を聞く度「お兄ちゃん…大丈夫かしら…」と、とても悲しそうな顔をする。だから私も、不安そうな二人の姿に心苦しくなるばかりだった…。


こんな事が〝また起こるなんて〟


それを、十歳ばかりの少年に受け入れろ、だなんて。

酷過ぎるのは、私達も解っているんだ。


  ***


そんなある日、私と妻はこんな話をしていた。


「なあ、私達は〝あの本〟を、また開かなければ、ならないのだろうか…」

「でも。上手くいくのでしょうか…」

「けれど、このまま何もしないなんて…」

「そうかも知れませんが…」


「これじゃあ、息子の時と同じだ」

私が言うと、妻は黙ってしまった。少し強く言い過ぎただろうか。



〝あの本〟

それは〝鉱物〟と〝工匠わたしたちの技術〟を用いて…

新しい存在カタチを創造する計画プロジェクトを記録したものだった。



しかし

その本は〝未完成〟だった。


つまり、その計画も〝未完成〟のまま。


そう。

私は、この計画を再開しようと考えたのだ。 

大切なものが欠けてから。

私は〝禁忌の計画あるプロジェクト〟を進めていた。


それは…

存在創造計画カタチそうぞうプロジェクト


つまりは、無から有を生み出す。


   *


私が継いだ、この技術と様々な鉱物を用いて…どうにかして〝何か〟を生み出せないものか、と考えていたのだ。

こんな技術を操れるのだから、何か特別な事を起こせる筈だ! と。

今思えば、実に無謀だった。ただ、その時は自信過剰だったのか、それこそ空回りで自棄やけになっていたからなのか。私は狂ったように毎日毎日、研究していた。

仕事部屋にもり〝あの時の息子〟のように、私にしか解けない結界を張り…妻を無理矢理、納得させて……本当に、妻には悪い事をした。


でも、私は後悔していない。

いや。あの時は、後悔する余裕すら無かったのかもしれない。






この世で叶う事の無い〝亡くなった者達と、また会いたい〟という望み。


私は、禁忌だと覚悟して、己の手で叶えようとしました。


   ***


私達は若い頃から、この技術を教わり、何年も…何代にも渡って継いできた。

長く…永く……。

私は両親に教わり、妻もそれを継ぐ決心をしてくれ、今に至る。

故、今もこうして〝いにしえの掟〟を続けていられるのだ。

そして。私の跡を継ぐのは、勿論、私達の子供…の筈だった。


  *


数年前。

私達の息子と、その連れが…要に、棕矢そうや達の両親が亡くなった。

理由は二人共、病だった。息子夫婦が、隣町へ買い物に行った時。その辺りで密かに蔓延していた症にかかってしまったのが始まりだった。最初は連れがわずらい、必死に看病していた息子も、やがて…

彼等も私達も、そんな病の事など微塵も知らなかったんだ。

息子は「看病をする為に」と一室に結界を張り、毎日、一日中、彼女に付き添っていた。私や妻が、身体を休めるようにと促しても聞き入れなかった。

それに…息子が遣っていたのは〝張った本人しか解けない結界〟故、私達にそれ以上の事が出来なかったというのもある。

どうして息子は、そこまでかたくなだったのか…

それは、その時〝彼女〟が恭を身籠っていたからだった。


〝母親〟も必死だったんだ。まだ六歳ばかりの棕矢の事も相当、心配していた。更に、そんな大事な時期に病で寝たきりだなんて。

私と妻は、少しでも彼女達が楽になるように、と最善を尽くした。…その分、棕矢に構ってやる時間が減り、きっと棕矢にも長い事、寂しい思いをさせていただろう。

「お母様と、お父様は?」と度々訊いてくる棕矢には、いつも誤魔化しながら、読書や技術の特訓等で気を引いてやる事くらいしか出来なかった…。


その後も病状が悪化した身体で、彼女は耐えに耐え続けた。

そして時が来ると、産婆の懸命な介助の末、何とかお産したのだ。

隣で横たわりながらも優しく見守る〝父親〟の励ましの声を聴きながら。


お産から一週間くらいが経った頃。

〝母親〟は、お産で大分だいぶ無理をしていたのだ。急激に衰弱し、危険な状態となっていた。そして同じように傍で寝ている〝父親〟も眠っている時間が長くなり、中々目が覚めない状態が続いていた。


それからは早かった。

のちの数日の間に母親が逝き、後を追うようにして父親も逝ってしまった…。

私達は彼等が亡くなった瞬間から、自分の命をも奪われたかのような毎日を過ごした。

ただ、陽が出て沈むまでの時間を淡々と同じ事をしながら繰り返すだけだった。


でも。

それでも。

……私達には、棕矢と恭という息子達が残してくれた命が在った。

いくら、憂鬱という言葉なんかで言い表せないほどの苦しい日々が続いても。

あの兄妹子たちの世話をしなければならなかった現実が、私達をここまで生かしてくれていたんだ。








息子夫婦が逝ってしまってから、少しして。

私と妻は、棕矢そうやに、ゆっくりと噛み砕いて〝現実いま〟を説明した。

始めはきょとんとしていた顔が、次第に強張り、複雑な表情となってゆくのを見るのは、とても辛かった。

私が何か一言を発する度に、棕矢の碧い無垢な瞳が濁ってゆく気がして…罪悪感が物凄くて…話し終えた時、私達三人の顔は、涙でぐちゃぐちゃだった。

私達の嗚咽が聞こえたのか、少し離れた所に寝かせていた恭までもが泣いていた。

妻が涙を拭き、あやしに行く。この時「子を持ったははは、本当に強いな…」と痛感したのを、はっきりと覚えている。


  *


その晩、妻と息子達の話をした。

懐かしい話も、馬鹿話も、困ったところも、良いところも…色々な話をした。

ぼんやりとした微睡まどろみの中で、二人の面影を思い出し、語るのは幸せだった。


話の途中。

「棕矢と恭の為にも、今を乗り越えよう」と。

現実いまがどんなに辛くても、あの子達は、ちゃんと育てていこう」と、私と妻は誓った。


そして、妻が眠ってしまうと、私も目を閉じ眠りに就いた。



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