04 劍◆表と裏と

『万物は〝表裏〟故に存在する』


「裏…表…裏…」

手の中のコインを返し返しもてあそびながら呟く。


……目に映るもの。いや、映らぬものでさえ、裏と表が存在するのか…。


〝万物の天秤〟に掛けられ。

〝釣り合う〟為に、引き合い。だからこそ、〝反発〟してしまう。


そして結局は、どちらが表なのか裏なのか、なんて判らないんだ。

所詮これは、根拠も無い論理ロジック

あきら? 何か悩みでも、あるのか?」

そう声を掛けたのは…「ああ、お前か」

棕矢そうやだった。その返事に、ソイツは肩をすくめ、視線だけで宙を仰ぐ。

それから、にやっとして「深刻そうな顔してるから心配したのに、お前か、は酷いじゃないか」なんて笑って見せた。

……本当コイツ、昔から俺が考え事してると「深刻な顔」って言うよな。

「なあ…?」

「ん?」

「この世に存在するものの定義、って何だと思う…?」

「定義?」

「そう。定義…。在るとか、価値とかなんてこと以前の論理」

その科白せりふに「何でまた」と笑いながらも考えてくれている目の前の男。

「…俺は、お前が苦手だ」

蚊の鳴くような声…よりも小さく呟いた。

その言の葉は…彼に届く前にくうせた。





……昼と夜。はたまた、狭間はざまの黄昏。


〝ここ〟では、表裏の人格が具現し〝存在〟している。

明暗の空間を介し、この世界のどこかを行き来するモノ達。

それに、表裏の人格と呼べるものだけでは無いが故に、アラユルモノがうごめく世界。


……〝俺〟は、それを知っている。


◆己の〝表裏なる片割れ〟が居るという事も…。


そして、ソイツの事を知ったのは、夢の中。

その姿は目を疑うほどに〝己と対〟であった。


『劍 と 惺』……それは『アキラ と アキラ』


◆気付いた時には孤児院に居た、親も知らぬままの子…。

◇両親が忽然こつぜんと姿をくらませ、孤児院に入れられた子…。


◆五歳の時に棕矢そうやが、孤児院から身元を引き受けてくれて…。

◇五歳の時に孤児院が、身元を引き受けてくれて…。


……〝俺達〟は、同じアキラでも同じアキラじゃない。




俺は、知っている事を元に〝もうひとりのアキラ〟へと手紙を書こうとしていた。

……アイツが本当に、この世界の理である〝表裏=つい〟の存在ならば。

「俺は…」その夢想な可能性に懸けてやる。


   *


その日、手書きの簡単な地図を用意し…兄妹の目を盗んで一室の鍵を調達した。

そこまでは良い。しかし、ここからが難しい。

「さて、どうやって届けようか…」

分かっているのは、同名、孤児院という極少量の情報。

しかも言ってしまえば、これは所詮、俺の勝手な想像…要に夢物語だ。

「孤児院…」

あれは、本当に俺が知っているところなのだろうか…。本当に〝あの孤児院〟なのだろうか…。幼い頃の曖昧な記憶だけでは、流石に情報が少な過ぎる。

そう思い、自暴自棄になり諦め掛けた時だった。

「何だか、お困りの様ですね? あきら君」

そこには、白いマントを纏った青年が居た。

一体いつ、どうやって入り込んだのか判らない謎の人物は、南側に面した出窓の縁に腰掛けるようにして、フードの中からこちらを、ゆったりと眺めている。

窓から差す淡く碧い月明りが幻想的な影を生み出し…そして、それはその男を守護するかのような陰影を映し出していた。

飄々ひょうひょうとした口調の男は微笑みではない、嘲笑でもない読み取りにくい表情をする。

「お前…誰だよ」

「さぁ…誰でしょう? と言いたいところですが」

ソイツは「棕矢そうやの〝裏〟だ」と、淡々と告げたのである。

……裏だと?


「そう。君の思う裏側の者ですよ、私は」


途端、思考が停止する。

意味が解らない……それこそ夢なのか、と疑う。

……いや、冷静になれ。

「まず、ひとつ。お前は…どこで聞いたのか知らないが、俺のしようとしている事を知っているのか?」


「そうですね」


「次に。俺の計画を阻止する事が目的か…?」


そこで、棕矢の裏は鼻で笑う。

「いいえ、私はあきら君の計画の手伝いをしようと思って来たのに。これはまた、相当、警戒されている様ですね」


……得体の知れない奴を目の前にして、警戒しない奴はいない。

俺は、男を見据える。強く、強く。でも何となく、この意外な展開に期待してしまっている自分の気持ち。それが奴に見透かされぬように、と睨み付けた。


そして、いくらか見詰め合い、その沈黙を破ったのは男だった。

「ふふ、君の瞳は綺麗ですね。鮮血のように澄んでいるのに、深い色をしている」

「は?」……何だよ、それ。

いや、こんな奴の意味不明な科白せりふを気にする事はない。ここは気を抜かずに問う。

「…それが、何?」

と、男はマントの内を軽く探り…「はい」と、静かにそのてのひらを示した。

◆そこには『黒く光沢のある物』がひとつ。


……石…鉱物?

突然、差し出された物体に言葉が出ずにいると、再び男から言葉が紡がれる。


「これは〝君〟に相応しい」


「……」

「ふふ。これは失礼」

わざとらしく言った男は「その封筒ください」と付け足した。

「本当に、お前が〝アキラ〟に届けてくれるのか…?」

「はい」と笑む。

「じゃあ、ひとつ訊きたい事がある」

「何ですか?」

「俺の夢に出て来た〝アキラ〟は、一体…どこに居るんだ?」

「ほう…」

男が口元だけで笑みを作る。

実際、俺には〝裏〟とか〝表〟とか、そんな事はよく解らない。


でも。

……これは、単なる俺の夢想に過ぎないのか否か。はっきりさせたかったんだ。


奴の答えはこうだった。

「ちゃんと居ますよ…〝君が居たところ〟に」


〝君が居た処〟

「ああ。やっぱり、あの孤児院なんだな…」


それが判明した以上、気持ちの整理が付いた。


「それが判ったんだ…後は、お前に頼む」

「仰せのままに」

地図、鍵の入った封筒を懐に仕舞うと、男はまばたきひとつの間に消えていた。

幻想のように……そして窓辺に、月光とたわむれる『黒い鉱物いし』だけを残して。




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