守られたくない私は乙女ゲームの世界で強さを求める

仲仁へび(旧:離久)

第1話



 主人公は乙女ゲームが大嫌いだった。


 それは、やっていたゲームの内容が偏っていたせいでもあるが、主人公はそれを知らない。


 実は彼女は世間的に駄作と言われているゲームばかりにあたっていたのだが、彼女はそれを知る事なく、事故でこの世を去った。







「守られるばかりの主人公なんて、面白くないわ。そんな主人公の世界が目の前にあるなんてーー」


 だから、乙女ゲームの世界に転生したと知った時は、ショックだった。


「なんでよりによって嫌いなゲームの世界に転生するのよ」


 しかし、どんなに文句を言っても、現実は変わらない。


 だから、主人公はとある事を決意した。


「守られるばかりの人間になんてなりたくない。鍛えて、強くならなくちゃ」


 己が強くなって、守られるばかりの存在にはならないようにする事だった。






 私の名前はミチュア。


 一国の姫で、守られる立場の存在であった。


 私をとりまくそれは、人から過保護に育てられるのが当たり前の家庭環境だ。


 しかし私は、どうしてもそんな環境が嫌だった。


「だったら、努力すべきよね。強くなって、誰にも守られなくてすむようになればいいわ」


 そう結論つけた私は、その日から修練に励むようになった。


 名目上は護身用のすべを学ぶため、という事にして。







 最初はうまくいかなかった。


 前世でも別に、武術の達人などではなかったから。


 けれど、この世界の私の肉体は、思ったより才能があふれていたらしくて。


 鍛えれば鍛えるほど、めきめきと実力があがっていった。


 棒切れを振り回し、模造剣を振り回し、剣を振り回すようになって、そして騎士団に入団するまでになった。


 その頃になると、最初は姫の遊びの一貫だと思っていた両親や騎士団の者達が、あわてはじめる。


「ミチュア、お前は姫なのだから。剣など持たなくてよいのだぞ」

「そうよ。そんな危ない事はおよしなさい」


「ミチュア様が怪我をされたら我々はクビになってしまいます!」

「どうか考え直していただけませんか」


 ミチュアの味方はいず、彼女は四面楚歌。


 しかし、唯一彼女の味方になってくれる存在がいた。


 それは、護衛であるトーラスという男だった。


 攻略対象の一人でもある三つ年上の兄のような存在だ。


「人生は一度きりです。己を殺してまで他者の顔色をうかがう必要はありません。ミチュア様がやりたいようにすればよいかと」


 彼の言葉は護衛としては失格だったが、気のいい友人としてはとても嬉しいものだった。


 恋愛感情などは抱いていないと思うけれど、私はトーラスの事を誰よりも信頼していた。


 そんなトーラスは実は、亡国の王子だった。


 しかし、国が亡ぶ寸前忠実な家臣たちに逃がされ、ミチュアのいる国まで逃げ延びてきたのだった。


 それ以来、事情を知る一部の者達が、トーラスを保護し、ミチュアの護衛として雇っていたのだった。






 そして、時は流れて乙女ゲームの原作が始まる頃合いになった。


 私が鍛え始めた事で、若干原作とは異なる展開があったものの、大筋はシナリオ通りの事が起こった。


 序盤の登場人物、登場ラッシュとか、トラブルがやたら連続してくるところとか。


 物語の大筋は、各地でモンスターの活動が増えて、邪神がやがて復活という感じ。


 それを恋の力で、倒してくのが最終的なエンディングだ。








 シナリオの邪神とかのことは気になるが、恋愛イベントは興味ない。


 けれど、なくても向こうがほっとかない。


 私は主人公だからなのか、自然と相手から色々と話しかけてくるのだ。


 家庭教師のイケメンに気に入られて、アピールされたり。


 王宮の音楽家に惚れられて、熱烈にアピールされたり。


 隣国のお王子に一目ぼれされて、無理やりさらわれかけたり。


 最後だけ事件だ。


 原作だと隣国のお王子になすがまま攫われていたところだが、鍛えていたので返り討ちにできたのが幸いだ。


 木刀で頭をなぐって、強めに説教したからもう恋愛対象としてみてこないと思っていたが「こんな女ははじめてだ」なんて反応をされるとは思わなかった。


 ゲームとしては楽しめるけど、現実としてやられると、ちょっと引いてしまうかも。








 121回、122回。


 修練場で、剣の方の練習をしていると、家庭教師の男性が声をかけてきた。


「そろそろ勉強の時間ですよ、ミチュア姫。また剣の稽古をしているのですか?」


 数年前から私に勉強を教えてくれるようになった男性。


 名前はアドラスだ。


 几帳面で時間にうるさいから、授業の時間に送れると説教がながくなって面倒だった。


「すみません先生。すぐに片づけて自室に向かいますから」

「姫らしく、椅子にでも座ってじっとしていればいいものを。なぜそこまで強くなろうとするのですか?」

「それは、守られるのが嫌だからですよ」

「普通の女性なら、騎士にまもられる姫なんて、まさに夢の内の夢でしょうに」

「あいにくと、私は普通の女性ではないようなので」

「でしょうね」


 中身の分かり切った会話をしながら、練習用に使った木刀をかたづけて、修練場を後にする。


「まあ、今さらですけどね。どうせやめろといっても、聞かないでしょうし」

 

 アドラスは形だけ注意してみたといった様子で、内心ではとっくに諦めているのだろう。


 それは助かる事だった。


 修練場を後にして移動していると声が聞こえてきた。


「魔物が王都の中心で暴れているぞ!」

「一体なんでそんな事に!」

「騎士団はまだなのか!」

「災害級モンスターが暴れているなんて!」


 それは、ミチュアが持っていた映像石からだった。


 ミチュアはよくおしのびで町へでかけるのだが、その時知り合いに映像石を持たせていた。


 元の世界の電話のようなもので、リアルタイムで何が起こっているか知る事ができるのだ。


 そんな映像石は、今は間違って起動されてしまったらしい。


 地面に転がった状態で、映像を映し出し続けている。


「姫! どこへ!?」

「決まっているでしょう。いま災害級モンスターに対抗できるのは、私を含めて数人しかここにはいないのよ!」


 諸事情あって現在、この近辺に実力のある騎士団はいない。


 そのため、ミチュアが対応に行くのが一番犠牲の少なくてすむ方法だった。


 アドラスが止める声も聞かずにミチュアは飛び出していく。







「はああああ!」


 剣を振り回して災害級モンスターと戦うミチュア。


 敵はドラゴンだった。


 巨大な体を駆使して、暴れまわっていた。


 放置していたら、犠牲者の数が増える一方だろう。


 だから、ミチュアが倒すしかないと思っていた。


「やああ!」


 ブレスの合間に、剣で相手を攻撃する。


 しかしモンスターは強かった。


 災害級と呼ばれるモンスターは、通常のモンスターより三倍の実力をかねそなえている。


 普通のドラゴンですら、人間が勝てるかどうかあやしいのに、災害級となると戦いの厳しさは段違いだ。


 息をつく暇もない攻防。


 そこに、誰かの回復魔法が飛んできた。


 攻略対象の一人で、特務隊と呼ばれる特別な隊に入っている。


 年下の少年で、あどけなさの残る顔つきが特徴の人物だ。


 名前はリンクス。


「ひめさまー。だいじょうぶですかーっ。あぶないですよーっ」

「支援、ありがとう。でも私は平気よ」


 頼りない様子でオロオロする少年の姿は庇護欲をかきたてられる。


 主人公を守るというよりは、守られているほうがしっくりくるといった姿だ。


 でも、実力は確か。


 その後、リンクスの支援のおかげで戦いが楽になったため、数十分ほどでモンスターを倒す事ができるようになった。


 後になって話を聞きつけた両親には、こっぴどくしかられてしまったが。







 暗闇の色が強くなった頃。


 窓の外をぼんやりと眺める。


 湯上りの体で、ぼうっとしながらすごしていると、トーラスがやってきた。


 あの現場にいなかった彼は、お偉いさんのむちゃぶりにふりまわされて、他の仕事をしていたらしい。


 トーラスは生真面目で人を思いやる心が強い。


 そこは美点なのだが、それゆえに、人に振り回されてしまう事が多い。


 今回のことも民のために駆けつけたいと思っていただろうけど、任務を途中で放り出す事になると思って、あれこれ引継ぎをしていて遅くなってしまったのだ。


 彼の性格は、融通が利かないという欠点にもなってしまうわけだ。

 

 それに加えて、彼が今日護衛をしていたのは、国に多大な寄付をしている貴族だったから、極力機嫌を損ねないようにと考えて、色々行動が消極的になってしまったのだろう。


「すみません姫様。私が動いていれば、姫様が戦うような事になならずにすんだでしょうに」

「気にしないで。私は、今の自分に満足しているもの」

「それは分かります。ですけどーー」

「本当に真面目ね。トーラスは」


 謝りに来た彼の額をつつく。


 緊張でこわばった彼を部屋の椅子に座らせて、お茶をいれて力を抜くように言った。


 こんな時間に姫の部屋を訪ねるのは良くない事だけど、彼は両親からの信頼も厚い。


 特別に見逃されているのだから、彼等の好意を十分に活かす事にしよう。


 私は、彼がそれからもあれこれ謝罪してくるのに、静かに耳をすませた。


 リラックス効果のあるハーブティーを口に入れたからだろうか、だんだんと落ち着いてきたようだ。


「これでは立場が逆ですね。あなたに甘えてしまっている」

「これくらいなんともないわ。あなたは私の一番の理解者だもの」


 自分の望みを肯定してくれた彼は、かけがえのない存在だ。


 周りに同じことをしてくれる人はいなかった。


 だからそんな彼が困っているのなら、できるだけ力になってやりたい。


 そう思うのはおかしな事ではないはずだ。


 私はこれからも、自分がしたいように生きていくだろし、きっと周りに心配をかけてしまう。


 そんな時に、理解者がいてくれる事が、どれだけ心強いか。


「これからも、よろしくね」

「はい。全力で貴方の支えにならせてもらいます」


 窓の外で夜の色が深まっていく。


 建物の外には、しんとした静けさが満ちているのだろう。


 それは、この世界に待ち受ける運命を示唆しているようにも思えていた。


 人々が倒れ、文明の破壊、静寂の時代がやってくるという。


 ここはゲームの世界。


 気に食わない世界だろうけど、元の世界とは違って危険がたくさんある。


 シナリオにはトラブルや障害がつきものだから。


 守られるばかりではなくなったとはいえ、果たして私はそれを乗り越えられるだろうか。


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