第83話

 目が覚めると陽が高い位置にある。

 急いで時間を確認すると10時20分、寝坊か……!


『17時頃そっち行くから一緒に出よ』


 秋津からのチャットを見て力が抜ける。そうか有給か。

 明日の展覧会は朝から開催されるため、前日の晩から現地入りして一泊するのだ。


 ぴょこっと跳ねた寝癖を整えるべく洗面所へ向かう。そういえば昨日は終電逃してタクシーで帰ったんだっけ、目覚ましすらかけずに寝てしまうなんて体力も落ちたもんだ。


 それもこれも急に出張を決めた秋津が全部悪い。


 しゃこしゃこと歯を磨きながら、出張を伝えた時の小峰さんの反応を思い出す。

 「鹿見、お前秋津さんと2人でなんてずるいぞ!」って机をバシバシ叩くもんだから相澤さんにファイルではたかれてたな…南無。


 だが俺が休む分の仕事は誰かがやらなきゃいけないわけで、その負担を少しでも軽くする為に残業続きの毎日だった。


 というか相澤課長もどうして断らなかったんだ、こんな年度末の忙しい時期に…事務課は万年人不足だから、来年は人員補充されるとありがたいが。


 そろそろ企画と事務を部署分けしてもいいんだがなぁ、俺と小峰さんをどちらかに振り分けて欲しい。まぁ人事に関してはこんな平社員が関与することじゃない。


 口をゆすいで吐き出す。朝は顔を洗うより歯を磨いた方が目が覚めると思うんだが、一般的にはどうなんだろう。


 朝ごはんは……昼と一緒にでいいな。秋津が来るまで時間あるし掃除でもしながら展覧会のこと調べるかぁ。


 これあれだよな、来年度にやる展覧会の主担当ってことだよな……めちゃめちゃ面倒。

 せっかく今年はコンペから相手会社との調整までやったから来年度はゆっくりできると思ったのに。


 窓を開け放って埃取りシートでフローリングを撫でていく。

 綺麗になっていく床を見ると何とも心が落ち着くものだ。


 少しは部屋が片付いたところでソファに座ってスマホのホームボタンを押す。

 今回の展覧会は主に企業に向けたものだ。実際に触ったり座ったりできるうえに、その場で発注もかけられるそうなので楽しみだ。


 まぁ会社の人間として参加する以上、自分用に注文はできないが。


 あらかた調べたところでお腹が鳴る。そろそろ軽く食べるか。


 手の込んだものを作って残しでもしたら明日の晩まで帰って来れないので、出汁茶漬けもどきでもつくろう。


 電気ケトルに水を張ってスイッチをオン、同時に電子レンジにパックのご飯を入れる。


 取り出したのは顆粒だしと塩昆布、揚げ玉に焼き海苔だ。

 付け合せも集めれば立派なおかずになる。


 大きめのどんぶりに炊きたてのご飯、顆粒だしを入れてお湯を注ぐ。

 上に揚げ玉とちぎった焼き海苔、塩昆布を乗せれば完成だ。


 まだ肌寒い部屋に出汁の優しい香りが漂う。


 待ちきれない、お茶をコップに注いでテーブルに着くと、静かに手を合わせた。

 どうぞこの出張でなにごとも起こりませんように。


「いただきます」

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