第63話
12月28日、世間一般でいうところの仕事納めである。愛しき我が社も多分に漏れず、本日が最終出勤日。
他社様はどうしているか存じ上げないが、うちは昼ごはんの際に経費でちょっといいお弁当や寿司を食べて、晩はこれまた経費で豪勢に忘年会を開催する。
それはそれ、仕事が無くなるわけではない。事務部屋はいつもの如く修羅場がくり広げられていた。
本日付でどうしても処理したい案件が営業課から送られてくる。
こめかみに青筋を浮かべた相澤さんはいつものことだが、珍しく小峰さんも怒っている。
「おい、こんな分かりきってる案件当日に投げてくんな」
「ほんとですよね。少なくとも月初めには分かってるはずなのに」
うんうん頷きながら、俺もキーボードを打つ手は止めない。
「春海さん、ちょっと来れる?」
今度は相澤さんが春海さんをご指名だ。今の課長、雰囲気が怖いから春海さんもビクビクと課長席に近づく。
鈴谷君がほっとしているけど、今からの話は多分君も関係あるぞ。
「今から営業課行くから着いてきなさい。あ、鈴谷君もね」
先程の春海さんと同じ表情を浮かべた鈴谷君も肩を揺らす。
さて、毎年恒例のアレが始まる。そういや2人は去年留守番だったっけか。
アレとは相澤課長の挨拶回りである。挨拶回りと礼儀正しそうな名前をしているが、その実叱責回りである。特に営業課には今から悲劇が訪れる。
書類不備や期限を守らなかった人間と営業課長には、相澤課長からそれはそれはもうきっつい雷が落とされる。
この行事があるにも関わらず不備は減らないのだから不思議なもんだ。それと同時にこれが社長公認な理由も頷けるというもの。
春海さんと鈴谷君を近くに呼んで耳打ちする。
(営業課の誰かがもし泣き始めたら課長止めてね)
(え、この状態の相澤さんを僕たちが…?)
(2人ならできるよ)
去年まで何とか課長を止めていた自分を思い出して遠い目をしてしまう。
初めはすぐ止めていたが、あまりに事務仕事が杜撰な営業マンたちに怒りを覚えてからは、しっかりお灸を据えてもらうまで放置するようになった。
小峰さんと2人して笑顔で子鹿のようにぷるぷるした後輩ズを見送る。
俺達も3人が帰ってくるまでにある程度仕事を終わらせなければ。あ、あとはあれの注文か。
小峰さんとアイコンタクト。そうですよね、俺ですよね注文。
「鹿見、頼んだ」
「まぁそうですよね、了解です」
PCから別のタブでブラウザを開き、該当ページへ。まぁ会社の経費で落ちるってことだしいいやつ頼むか。
数十分後、相澤さんを先頭に3人が事務部屋に戻ってくる。あれ?ちょっと早すぎるな。1時間は戻らないと思ったのに。
後輩たち2人はぽかんとしていた。手には大量のお菓子を持ちながら。
「今年はちょっと趣向を変えてみたわ。鹿見君には申し訳ないことをしたけど。」
「え、ちょっと何言ったんですか…」
「まぁ忘年会の時にでもわかるわ」
ぽんぽんと俺の肩を叩いた課長はどことなく上機嫌で席に戻る。
怖すぎる。ほんとに営業課で何してきたんだ相澤さん。後輩たちを見ても、先程のように怖がっている様子はない。
席に戻ろうとすると、鈴谷君が先回りして俺の机に手に持っていたお菓子を並べていく。
営業課には年末の挨拶ということで大量のお菓子が集まる。それをぶんどってくるのも楽しみの一つだが…。
お菓子と言ってもスーパーやコンビニのお菓子コーナーにあるものではなく、百貨店の地下とかで買えるちょっといい洋菓子やら和菓子である。
今度は春海さんがこちらに近付き、選りすぐりの1つを渡してくれる。
「あれ、こんなに多かったっけ?普段」
「相澤課長曰く、去年の倍以上だそうです。ほくほくした顔でおっしゃられていました」
「え、ほんとに営業課で何してきたの」
「いや凄かったですよ…開口一番、一言だけで効果てきめんでした」
相澤さんに寄せる為か少しキリッとした顔で春海さんが口を開く。
「「今年はうちの鹿見が相当怒ってるので私からは何も言わない。ここで長時間説教するかもしれないから置いてきたけど、後で覚悟するように」と。その一言で営業課はどたばたと大慌てでした…。気付けば貢物というかお菓子が大量に」
ふっと目線を手元に下げて彼女は微笑む。
こめかみに手を当てて数瞬。やられた、ダシに使われた。
忘年会で絡まれるだろうなぁ。
さて何と弁明しようか、そんなことを考えながらも書類を処理していく。おい印鑑切れてるじゃねぇか再提出だ。
既に山盛りの再提出ボックスに新たな紙が追加される。
時間も経ってお昼時、エレベーターがこの階に止まる音。タイミングは完璧だ。
この後のご褒美に思いを馳せて口角が上がる。
受け取りと精算のために財布を持って、俺は事務部屋の入口へ向かった。
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