第43話

 クラゲのキーホルダーが付いた鍵を差し込んで回す。あたりはもう真っ暗である。

 時刻は22時、そりゃ夏とはいえ暗くもなるわな。旅行明けの月曜日から残業なんて本当についてない。今回は鈴谷君と春海さんのミスを回収していたらこんな時間になってしまった。


 後輩のミスをカバーするのも先輩の務めだが、小峰さんの分まで何とかするのは違う気がする…。先輩じゃん、小峰さん。

 そんなこんなで明日の朝には全部元通りにするためこんな時間になってしまった。俺は人間が眠った後に仕事する妖精さんか?


 何とか身体を動かして帰り道に食材を買って帰宅。0時まで開いているスーパーのなんとありがたいことか。腹いせにストロングなチューハイまで買い物カゴに入れたのは内緒だ。


 手早く着替えると相棒のフライパンと豚肉、そして冷蔵庫からキムチを取り出す。そう、今日の晩ごはんは豚キムチである。


 油を薄く敷くと塩コショウを振った豚肉をを投入。深夜とは思えない音と匂いが部屋に広がる。


 こう、まともに1人で料理するのも久しぶりな気がする。今のこの生活が気に入っていて、なかなかどうして変えたくなくなってしまうんだよな。


 豚肉を裏返すと綺麗な焼き目、麺つゆとキムチを入れて炒めていく。

 こんな疲れた日には簡単な料理すらも億劫である。


 麺つゆに火が入り香ばしい香りが鼻を抜ける。

 そろそろできるか、冷凍庫からご飯を取り出してレンジにシュート、同時にお湯も沸かす。


 野菜にも照りが出てきて豚キムチが完成する頃、電気ケトルのカチッという音とレンジのピーッという音。


 お茶碗にごはんを、深皿に豚キムチを盛る。リビングの机まで運びながら、ついついもう1人居ればなぁと思ってしまう。


 インスタント味噌汁まで準備すれば豚キムチ定食の完成だ。


「いただきます」


 小さく呟いた独り言が壁に反射する。昨日までは残業モンスターがずっと一緒だったからかやけに寂しい気がする。これが当たり前だったのにな。


 気を取り直して早速、赤く輝く白菜を箸で摘む。濃いめんつゆの匂いとキムチ特有のピリッとした味わいが広がる。

 堪らず手に取った銀色のそれをカシュッと開けた。


「ふぅ〜。」


 爽やかなレモンが口に残ったキムチ味を流していく。仕事終わりの一杯はたまらん。


 つやつやのご飯は一度冷凍したとは思えないほどほくほくで、濃い味の豚キムチや味噌汁とよく合う。やっぱり米は毎日食べたいな。

 

 今日はあいつ営業先から直帰だっけ。春頃に比べれば彼女のことを思い出す回数が増えた気がする。なんだか手のひらの上で転がされている気がするが、まぁ頭に出てくるのだから仕方ない。


 もぐもぐと口は動いていく。今日は昼抜きだったからもっとくれと胃が騒いでいる。


「はぁ……ごちそうさまでした」


 空になった皿たちを眺めながら感謝の意を込めて手を合わせる。

 今日のごはんも美味しかった、美味しかったのだがやはり食べるなら1人より2人で。


 相当あいつにやられてるか、なんて考えながら食器をシンクに運ぶ。

 皿の上で踊る箸はどこか楽しげだった。

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