第029話 保健室で

あけましておめでとうございます。

本年もよろしくお願いいたします。


■■■


 目を開けると、中学一年生の時の女友達が僕の顔を覗き込んでいる。


「ミュー?」


 なんでこんな所に?


 彼女は引っ越ししてどこかに行ってしまったはずなのに。


「え……」


 呆然とする声と共に、女友達の姿が消えた。


「え? なにこれ、どうなって?」


 休息に我に返った僕は今の状況を考える。


 確か飛んできたボールから如月さんを守ろうと必死に走って……。


 そうだ、ギリギリで間に合ったけど、防ぐことを考えてなくて顔面でボールを受けてしまったんだ。


 まさか現実で顔面ブロックをするとは思わなかったけど、如月さんを守れたのならそれでいい。


 幸い僕も無事だしな。


「ねぇ、大丈夫?」


 誰かの声が聞こえる。何故かすぐ近くから。


 視線の先には僕の顔を覗き込む如月さんの顔があった。


 え、あれ、さっきのは夢じゃ? なんで如月さんがここに? 体育の授業中じゃないのか?


 それに、なんで彼女の顔は逆さまなんだ? 逆さまでも可愛いことには違いないけど。


 ん? 後頭部になんだか物凄く柔らかい感触がある……こ、これってまさか、ひ・ざ・ま・く・ら!?


「ひょわああああああっ」

「動かないで」


 状況を理解した僕はその場から離れようとしたけど、如月さんに肩を抑えられて身動きが取れず失敗した。


 柔らか!! いい匂い!! 視界が可愛い!!


 僕を三つの幸せが包み込む。


 ま、まさか僕があの伝説のひざまくらという陽キャイベントを体感することになるなんて思わなかった。


 いつもの匂いに汗の匂いが混じってなんだか物凄く興奮する。


 いかんいかん。変なことを考えるな!! 如月さんに幻滅されるぞ!!


「えっと、足が痛いのでは?」

「いいの。そのまま寝ててよ」


 僕の質問には答えず、彼女は優し気な表情で僕の頭を撫でる。


 ひょぇええええ。き、きききき、如月さんが僕の頭を撫でてるぅ!?


「ど、どどどど、どうして膝枕を?」

「だって私を庇ってくれたでしょ? ちょっとくらいお礼したかったの」

「こ、これはちょっとではないような気がするのですが……」


 推しの膝枕してもらえる機会なんて一ファンには絶対にない。


 ちょっとなんて言葉では表しきれない程のご褒美だ。


「いいの。眞白君、倒れた後、凄かったんだからね」

「どういうことですか?」


 自分がどうなったのか知らないので、如月さんが言っていることが良く分からない。


「鼻血が止まらなくて、体操服とか血だらけになっちゃったんだから……」


 体操服が血で染まる場面を想像すると、かなりショッキングな映像だ。


 相当如月さんを心配させてしまったの違いない。


「それは申し訳ありません……」


 如月さんが助かったのは良かったけど、こんな顔をさせてしまうのなら、少し考えないといけないな。


「死んじゃうんじゃないかと思ったんだから」

「あはははっ。このくらいで死んだりしませんよ」

「そのくらい血が出てたんだよ」

「そ、そうですか」


 彼女が心配にしないように軽い調子で答えたつもりだったんだけど、強い苦笑で言われて慌てて口を閉じた。


「ありがとね。庇ってくれて」

「い、いえ、咄嗟に体が動いただけなので……」


 無意識にやったことなので、自分がやったという認識が薄い。

 だから礼を言われても少し困惑してしまう。


「それだけじゃなくて、柳君からも守ってくれてたでしょ?」

「柳君?」


 良く知らない名前を挙げられて首を捻る僕。


 誰だ? 僕の知っている人か?


「バスケで戦った相手チームで最初に私を止めようとしていた人」

「あぁ~、いや、気の精じゃないですかね」


 如月さんの答えを聞いてその人物が名前と一致する。

 でも、僕が気に喰わなくて邪魔しただけから、守ったというわけじゃない。

 僕は誤魔化すように視線を逸らした。


「ちゃんと見てたよ。だから、こうしてお礼してるんだよ?」

「そ、それはありがとうございます?」


 僕は頬を引く付かせながら疑問形で答えた。


 ばっちり見られていたとは本当に恥ずかしい。

 

「うふふっ。どういたしまして」


 彼女は僕の返事を聞いておかしそうに笑った。


「もう大丈夫そうだね」

「は、はい。多分」

「先生呼んでくるから待っててね」

「分かりました」

「頭、上げてくれる?」

「あ、す、すみません」


 僕は慌ててお腹に力を入れて頭を浮かせると、頭の下から気配が消えた。


 それがなんだか、せつないというか寂しいというか。


 もっと膝枕してもらいたかったな、なんてファンにはあるまじき感情を抱いてしまった。


「ゆっくり休んでてね」

「わ、分かりました」


 靴を履いた如月さんが振り向いて言うと、カーテンの外に行こうと。


 僕の後頭部、如月さんの太ももに挟まれてたんだよな……。


 つい、如月さんの太ももに視線が吸い寄せられてしまう。


「あっ」

「どうかしたましたか?」


 ハッとして尋ねると、如月さんがベッドに手をつけて僕の耳元で呟く。


「私の膝枕、きもちよかった?」

「//////////」


 如月さんは完全にお見通し。


 今日も僕の顔が沸騰したように熱くなった。


「うふふふっ。また後でね」


 彼女はひらひらと手を振って保健室を出ていった。


「はぁ……心臓何個あっても足らないぞ、これ」


 僕は大きくため息を吐いてガックリと肩を落とした。

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