第021話 体力テスト
「今日は前回話したように体力テストを行うぞ~」
『えぇ~』
ゴールデンウィークが明けて早々体力テスト。ツイてない。
僕は運動が苦手なので体力テストは嫌いだ。
特に一番嫌なのは千五百メートル持久走。ゴールデンウィークに帰った時もそうだったけど、日々の運動不足で僕は走るのが遅いし、長距離を走るのは辛い。
でも、避けては通れない。
「それじゃあ、始めるぞぉ。位置に着いて、ヨーイ、ドンッ」
パァンッと言う破裂音と共に僕たちは一斉にグラウンドを走り出した。
やはり中学時代から運動部だったクラスメイトは早い。特に陸上部、野球部、バスケ部の連中だ。
僕はと言えば、最初から最底辺付近をうろうろしている。
「はぁ……はぁ……」
最初の一週目は良かったものの、二週目には息が大きく上がり、足も重くて必死に走っていた。
ま、まだあと四周もある……。
僕はその事実に戦慄した。
辛い、痛い、歩きたい。
一歩踏み出すたびに僕の心の中に辛い気持ちが溢れる。でも、どうにか走り続けていた。
三週目に差し掛かり、僕の精神は限界を迎えそうになっていた。
そんな時、甘酸っぱい良い香りがフワリと僕の横を通り抜ける。
「眞白君、ファイト」
それと同時に聞き慣れた、それでいてずっと聞いていたくなるような耳障りの良い声が耳もとで聞こえた。
それは僕の推しの如月さんの声だった。
「え?」
僕が声のした方を向くと、すぐ隣を如月さんが走っている。
如月さんはすでに三周目に差し掛かり、僕を追い抜く際にこっそり応援してくれたらしい。
彼女は僕にニッコリと笑いかけると、颯爽と僕を追い越していった。
あぁ……あんな顔で応援されたら頑張るしかないだろ!!
「最後まで……走り切る!!」
僕は歯を食いしばって痛みをこらえ、一歩、また一歩と足を踏み出す。
如月さんにガッカリされたくない!!
その一心で足を動かし続けた。
「眞白~、ほら、あともう少しだ。頑張れ!!」
先生の声が聞こえ、どうにか僕は最後まで走り切ることができた。
それもこれも如月さんの応援のおかげだ。
「よーし、お疲れ様」
「はぁ……はぁ……はぁ……」
僕は地面に座り込む。
徐々に呼吸が落ち着いてきて、顔を上げた。
視線の先には如月さんがいて、以前の朝の挨拶と同じように口だけ動かして「お疲れ様」と言っているのが分かった。
もうほんと可愛すぎて心臓に悪い……。
ただでさえシンドイ僕の心肺が、さらにしんどくなって辛い。
僕は暫くその場から動くことができなかった。
「今日は体力テスト大変だったね」
「本当ですね。走るのはとても辛かったです」
放課後、久しぶりの下校。話題はやっぱり体力テストの話になる。
「でも、最後までちゃんと走ってたよね」
「如月さんが応援してくれたおかげです。ありがとうございました」
僕は隣を歩く如月さんに頭を下げる。
如月さんの応援がなかったら絶対に最後まで走ることはできなかった。彼女の応援が僕に力をくれた。
「うふふっ。私は何もしてないよ。眞白君が頑張っただけだよ」
「そんなことないです。誰かに応援されるってこんなに力が湧いてくるんだなって思いました」
「そ、そうかな? 眞白君の役に立てたならよかったよ。それじゃあ、この話はおしまい!! 昨日のアレすもは見た?」
返事を聞いた如月さんは、はにかんで顔と話題を逸らす。
恥ずかしがっている如月さんの顔をもっと見ていたかったけど、あまり困らせたくはないので、話題に乗っかった。
「あ、はい。良かったですよね」
「うんうん、仲間の窮地に駆けつけるベガリス君は胸熱だった」
「分かります。あのシーンは感動しました」
それから、僕たちは昨日見たアニメの話をしながら帰った。
「あっ、眞白君」
眞白さんの家の前に到着すると、如月さんが僕の名前を呼んだ。
「なんですか?」
「最後まで一生懸命でカッコよかったよ?」
如月さんは僕の耳元に顔を近づけ、手を添えてこっそりそんなことを呟いた。
いい匂いと囁き声のコンボと、如月さんの顔が僕と触れるか触れないかくらいの所にあるという事実で、僕の体はカーッと熱くなる。
「!?」
「それじゃあ、また明日ね」
如月さんが僕の体から距離を取ると、いたずらっ子のような笑みを浮かべて家の中に去っていった。
今の僕の顔は多分茹でだこのように真っ赤になっていると思う。
動けるようになったのは、それから数分ほど経った後のことだった。
「よし、今日から体を鍛えて、明日の朝からジョギングを始めるぞ!!」
如月さんにあんな風に言われてしまったら、やるしかないだろ。
僕は単純だった。
如月さんに関わる人間として恥ずかしくないように運動を始めた。
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