推しにそっくりなクラスメイトが僕を落としに来る理由
ミポリオン
第001話 夢
運動部の声や校内の喧騒が遠くで聞こえる中、二人の中学生の男女が、紙とインクが混じった匂いの漂う図書室の受付に座っていた。
まだ電灯を付けていない室内は少し薄暗い。
「ねぇ……ヒロって……どんなヒロインが一番好き?」
「なんでいきなりそんな話を?」
「べ、別にいいでしょ……」
「んー、そうだなぁ……」
唐突な質問に驚きつつも少年は考える。
思い浮かぶのは、自身が一番好きな作品に出てくるヒロイン。
「やっぱり、ひくいどり先生の『陰キャン』のヒロイン、柊真琴かなぁ」
「うん……分かる。可愛いよね……」
「お、分かるか?」
少年は少女の反応に気をよくして笑みが深くなる。
誰でも好きなものに共感されるのは嬉しいものだ。
「うん……あのイラストレーターさんのキャラデザ凄く好き……」
「そうなんだよ。日陰もずく先生のキャラクターデザインは本当に良い。男装の麗人ってほど女子にモテそうな感じではないけど、肩口くらいまでの黒髪で、凛とした雰囲気を持っていて、それでいて可愛いらしいあの容姿を生み出した先生は本当に神」
二人して目を瞑り、腕を組んで納得顔で何度も頷いた。
脳内には同じキャラクター像が浮かんでいることだろう。
「だね……あの外見から分かるように……表ではクラス委員とかしちゃうような真面目なしっかり者。だけど……実は人の顔を窺って生きていて……臆病で傷つきやすくて甘えん坊。いじらしくて……とってもキュンとする」
「そうそう。そうなんだよ。やっぱり分かってるなぁ。あの性格最高だよな。主人公と徐々に仲良くなっていって、主人公が少しでも他の女の子と仲良くすると、すぐ嫉妬して拗ねちゃったり、メッセージで構ってアピールしたり、裏では女の子していて凄く可愛いんだよ。それに主人公と趣味や嗜好が似てるってのもやっぱりポイント高いよなぁ。その方が断然仲良くなりやすいし」
楽しくなると口が軽くなる。
「そうだね……趣味も嗜好も違うと仲良くなるって中々難しいし。一緒だったら……会話や一緒に遊ぶのも……ハードル低くなる。私たちみたいに」
話題が少しズレた所で少女は少年に視線を向け、少年も釣られて視線を送る。
少女は仄かに頬を朱色に染めているが、部屋の暗さで少年は気付いていない。
「確かに僕たち趣味嗜好似てるもんな。やっぱ読む側としてはヒロインが主人公の趣味に理解があったり、同じ趣味を持っていたりするのは、憧れがあるというか、自分が肯定されている気がして好きなんだよな」
少年は少女の変化に気付かないままウンウンと頷きながら話を続ける。
「……ヒロってオタクだもんね」
「悪かったな、オタクで。でもそれはお互い様だろ?」
少女は少しだけ不満そうに呟き、少年もムッとした顔で肩を竦めた。
「まぁね……私もラノベやアニメ好き……キャピキャピしてるのは眩しくて無理……」
「現実なんてそんなもんだよな。陽キャがオタク趣味をするのって周りに理解者がいなきゃ中々難しい」
服や化粧品の話で盛り上がる女子たちを思い浮かべて眉をひそめる少女を見て、少年はため息を吐いて少し遠くを見る。
「学校は閉鎖された世界で周りの目があるから……それに今はSNSがあって……簡単にあることないこと発信されたり……グループに招待されずに仲間外れにされたりする……本当に生きづらい」
「そうだよなぁ……あっ、逆にミューが好きな主人公は誰かいるのか?」
「私? 私も……」
――ヴヴヴヴ、ヴヴヴヴッ
少年が尋ねた直後、少女のポケットのスマホが震えた。
そのスマホを手に取って通話に出た少女。二、三話した後で電話を切ったその顔は、真っ青になっていた。
「ごめん……家の用事が入っちゃった……先に帰ってもいい?」
「あ、ああ。勿論構わないけど。大丈夫か? 顔色悪いぞ?」
少女のただならぬ状態が心配で、少年は少女に尋ねる。
「うん……大丈夫だよ。それじゃあ帰るね。今度埋め合わせするから」
少女は悲し気な笑みを浮かべながらできるだけ元気を装って返事をした。
「気にすんなって。またな」
「またね……」
お互いに挨拶を交わし、少女は慌てて部屋を飛び出していく。
「あいつ、なんかあったのか……?」
少年は少女の慌てぶりにどうにも心配になる。
でも、自分にできることは何もないし、次会った時に話を聞くことにして最後まで図書委員の仕事を続けた。
しかし、少年の願いも、少女の埋め合わせも叶わなかった。
なぜなら、少女が何も言わないまま転校してしまったから。
少年はもう会えなくなったことを知り、隣の席が空白なのと同じように、心にもぽっかりと穴が開いたような気分になった。
そして、世界が揺らぎ、形を失った。
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