墓守少女と亡者の歌声

石田空

第1話

 月も見えない夜だった。星の瞬きは儚く、宵闇が濃い。

 私は鎌を持って、墓場を歩いていた。灯りはつけない。そろそろ亡者が起き上がる頃だから、灯りをつけたら気付かれてしまう。

 墓場で息を潜めて歩いていたら、やがてガタリと音がした。

 亡者が起き上がったのだ。私は鎌をきらめかせる。

 墓石が揺れたら、亡者の起きる音。

 すっかりと身が落ち、ツルリとした白骨になった亡者の首めがけて鎌を引っかけ、勢いを付けてぶん回す。そのまま墓石の下に強制的に叩き入れれば、再び亡者は眠りにつく。

 起きた亡者をもう一度眠らせる。墓守の仕事はいつも大変だ。


****


 朝になったら、私は重い体を引きずって、小屋へと帰る。

 小屋の前には兵士が置いていった食料があり、私はそれをもしゃもしゃと食べ、葡萄酒で飲み干した。


「……寝よう」


 ひと晩、墓場を歩き回ったら、もうくたくただ。夏は夜が短いから少しだけ楽だけれど、冬になったら夜が長い。この辺りは雪があまり降らないからまだマシだけれど、雪の中、外套もなしに歩き回ったら、歯がカタカタと鳴ってかなわない。外套を羽織ったら、鎌が振るえなくなってしまうから。

 食事を終えたら、昼まで眠る。

 昼に起きて、朝に眠る。これが私の一日だ。

 そのままベッドの薄い布団にくるまり、体を丸めて眠りについた。

 鳥の音も遠く、森のざわめきも聞こえず、私はグーグーと眠っているとき。大きな地鳴りで目が覚めた。


「え……?」


 ときどき、近くの山が崩れることがある。私の食事は、いつも王城の兵士が持ってきてくれるから、王城への道が閉鎖されたら困るなあ。

 いつもだったら、外の音も無視して眠っているけれど、今日はそんなことも言ってられないから、のそりと起き上がって身支度をすると、地鳴りの発生地まで歩いて行った。


****


 案の定、近くの山が崩れてしまった。幸い、王城への道は無事だから、私の食事は無事だけれど。

 安心した私は、小屋に戻って昼まで惰眠を貪ろうと思っていたけれど。


「困ります! 隣村まで移動したいのに!」

「そう言われてもねえ……ここの道は商人だって使うし、あちこちのギルドだって使うんだ。ここの道の安全が確保できるまでは封鎖しないと危ないよ」

「隣村まで行く方法は!?」

「……墓所を通過できたらいいけれど、あそこは王家の墓地だからねえ。墓守の許可がないことにはなんとも……おや、セプル?」


 安全確認が終わるまで、道の閉鎖を決めていた兵士は、私に声をかけてきた。

 兵士とやり合っていたのは、金髪の美しい男性だった。すらりとした体躯で、足も腕も長い。腰にレイピアを差しているけれど、細過ぎて実用というよりも護身用だろうなと察することができた。

 今まで、家族以外にはずんぐりむっくりとした兵士としか会ったことがなく、こんなに美しい人に、私は初めて出会った。

 思わず見とれていると、兵士に「困ったなあ」と言われ、私が問いかけた。


「どうしたんですか?」

「兄ちゃんがなあ、どうしても隣町に行きたいって言うけれど、今日中に行くとなったら、この道を使うか、王家の墓地を横切るしかないだろう? セプル。お前さん、この兄ちゃんを通過させてくれるかい?」

「うーんと……」


 困った。たしかに私はこの墓地の墓守だけれど、今まで民間人を通したことなんてない。お兄さんは私を不思議そうな顔で見た。


「墓守って、この子がかい? まだ小さな子じゃないか」

「そうは言っても兄ちゃん。この子は既に十六だぜ?」

「十六……それは失礼した」


 お兄さんは謝ってくる。それに私はきょとんとした。

 たしかに私は、母さんと違って胸も太股も肉がない。でも墓守として毎晩毎晩亡者と戦うのに、どちらもあまり必要がない。栄養失調ではないと思うけれど、あまり食べるほうでもないから、体にやっぱり肉は付かないのだと思う。

 私は少しだけ考えて、思いついた。


「じゃあ。私の家に道の封鎖が解除するまで泊まるというのはどうでしょうか?」


 そう言った途端に、お兄さんは「自分のことは大事にしなさい!」と怒り、兵士も「セプル! いくら世間知らずだからって、それはよくない!」と怒ってきた。

 なんで? ここが通れないし、墓守として、民間人を通す訳にはいかないし、それが一番いいと思ったんだけれど。私はふたりが怒っているのに、ただ首を傾げた。


「もしかして、お兄さんは墓荒らしだったんですか? だとしたら、私は殺さないといけないんですけれど」


 私がコテン、と首を傾げて言ったら、お兄さんは私を指差して、兵士を睨み付けた。

 兵士は心底呆れたような声を上げる。


「すまねえなあ。墓守は十五を過ぎたら親元を離れるんだよ」

「でも! こんな! 非常識な!」

「すまねえなあ」


 なんで? 兵士が何故かお兄さんに怒られているのを、私はずっと不思議がって眺めていた。


****


 結局、泊まる泊まらないで話をした結果、私の住む小屋の物置を貸すということで妥協した。今は冬だし、物置なんか寒いよと教えたものの、お兄さんはやっぱり怒っている。


「君はもっと自分のことを大事にしたほうがいい! 私だったからよかったものの、迂闊に人を家に上げてはいけないよ?」

「ええっと……やっぱりお兄さんは墓荒らしだったんですか? だったら私、やっぱりお兄さんを殺さないといけないんですが……」

「違う! というより、君はなんでそこまで世間知らずなんだい? こんなに幼いのに墓守だなんていうのもおかしいし、十五になったら親元を離れると兵士が言っていたけれど」

「ああ。うちはそういう家系なんです」


 本当だったら今はまだ寝ている時間だけれど、今から寝たら夜に起きていられないので、私は苦いハーブティーを煎じて、眠気覚ましをつくることにした。

 ドライハーブの瓶詰めから、ちょいちょいとハーブを入れて、汲み置きの水で煮出すと、たちまちモスグリーンのハーブティーが出来上がり、苦々しい匂いが部屋一面を漂った。お兄さんは鼻を抑える。


「……これは、本当に飲み物かい?」

「夜になったら墓に行かないと駄目なんで。いつもはこの時間帯は寝ているんです。でも今から寝ていられないから、眠気覚ましです。お兄さんはどうしますか? すごく苦いですけれど」

「……はあ。いただくとしよう。こんな小さな子が、気の毒な」


 なんで?

 何度目かわからない疑問が浮かんだけれど、お兄さんはその疑問に答えてくれそうもなかったので、私はカップにお兄さんの分のハーブティーを入れ、ふたりで飲んだ。

 ひと口飲んだ瞬間、お兄さんは「これは、本当に毒ではないのか!?」と叫んだけれど、これは代々墓守が飲んでいるハーブティーなんだから、もしこれが毒だったら今頃一族は断絶だ。大丈夫。

 お兄さんは綺麗な顔なのに、なかなか愉快な人だ。そう思いながら、私はお茶を飲んだ。

 思えば、家族以外とこうしてハーブティーを飲むのは初めてだなと、今更ながらそう思った。


****


 物置はぴっちりと閉じられているから隙間風は入らないけれど、底冷えするような寒さだ。でもここには、冬の間過ごすためのハーブの備蓄があるから、下手に火を入れることもできず、お兄さんに毛布とお湯を入れた瓶を麻布でくるんで持っていくことにした。


「お兄さん、そういえばお名前は?」

「そういえば言ってなかったね。私はイーオン。旅人だよ」

「どうして隣町まで急いでたんですか?」

「そうだね。私は考古学を研究している」

「こうこがくですか?」


 こうこがく。いまいちピンと来ていない私に、お兄さん改めイーオンさんは優しく教えてくれた。


「大昔のことを調べる仕事だよ。旅をしながら、滅んでしまった国がどんな国だったのかを調べるのさ」

「無くなってしまったものを調べて、どうするんですか?」


 調べても、その国が復活するわけでもないのに。私は不思議に思って聞いてみると、お兄さんは苦笑した。


「ああ、たしかに滅んでしまった国が蘇ることはないよ。でもね、成功するのは時の運だけれど、失敗には必ず原因があるんだ。私は国が滅んだことを調べて、それを今の国に報告し、教訓にしたいんだよ」

「なるほどぉ……」

「そういえば、君は王家の墓守だって言っていたけれど……言ったら悪いけれど、こんな辺鄙な地に、たったひとりで墓守を務めているのかい?」


 それに私は少しだけ目を丸くした。

 私は今まで、王家の墓の大きさに、疑問を持ったことがないから。少なくとも、封鎖された道と同じほどの距離の大きさの墓ならば、それなりに広いと思っていたのだけれど。私は不思議に思って口を開いた。


「墓は一カ所じゃないから」

「……ちょっと待ってくれないか。墓は、一カ所じゃない?」

「私の父さんと母さんが守っているところは、今は兄さんとお嫁さんが守っている。私たち弟妹は、それぞれ小さな墓を与えられて、そこを守っている。ここも、前は父さんの弟……亡くなった叔父さんが守っていたって聞いた」

「……待ってくれないか。王家の墓がそんなにポコポコ……それに、こんな森の中に?」


 不思議な人。私はイーオンさんが、長い金色の髪が額に垂れ下がるのを抑え込んでいるのが、本当に不思議に思えた。

 知らないことを知ろうとする人。わからないことを解き明かそうとすること。私は毎日毎日、亡者との戦いでクタクタになってしまっていて、そんなことをする人が世の中にいることなんて、知ることもなかった。


「そんなに珍しいと思うんだったら」

「ん、なんだい?」

「見に来ますか? 私が亡者と戦っているのを」


 イーオンさんは大きく目を見開いた。

 私はうきうきしながら、日が落ちるのを待った。

 父さんや兄さんに鎌の使い方を習って、私たちは懸命に亡者と戦った。父さんは勇ましく、兄さんは流麗に鎌を使うのを真似しながら、私や弟たちは一生懸命に墓守の仕事を覚えた。

 墓守以外の人と一緒に、一夜を過ごすのは、生まれて初めてだった。

 こんなに楽しいことが世の中にはないんじゃと思うくらいに、私は楽しく思いながら、夜を待ったのだ。

 だから、イーオンさんが複雑な、悲しそうな顔をして私を見ていることに、ちっとも気付かなかったんだ。


****


 夜が更け、今晩は細い月が浮かんでいるのを確認した。


「灯りはつけないで。暗くしてないと、亡者に見つかってしまうから」

「暗くって……君はこんなに真っ暗なのに、道が見えるのかい?」

「イーオンさんは見えないんですか? 私たちは小さい頃から、細い月や星明かりさえあれば、なにも付けなくっても目がはっきりと見えるんですけれど」

「君は……いや、君たちは、ずいぶん過酷な生活を送っていたんだね」

「そうなんですか?」


 どうしてそんなに気を遣う言葉を言うんだろう。考古学者って不思議。

 私はそう思いながら、王家の墓まで案内した。

 道幅はほぼ一本道だけれど、あちこちに墓石が置いてある。


「……王家の墓だと聞いていたけれど、墓石がずいぶん多いね?」

「王家の墓だからですよ。王が死ぬたびに、追従して死ぬ人たちがいたんです。王が死んだら王を墓に入れ、追従する人たちを生き埋めにしたんです。王は死んだからなにも言わないけれど、生贄になった人たちは今でも死にたくない死にたくないって、起き上がって暴れるんです。あんまり暴れると、ひとりの墓守ではどうにもならなくって、結果的に隣町まで出て暴れてしまうことだってあるんです」

「ま、まさか、君はそんな目に……」

「遭ったことはないですね。兄さんから聞きました」

「そうか……よかった」


 イーオンさんは心底ほっとした顔で、墓を見た。

 それにしても。

 ペタペタと歩き回っていても、今晩はやけに静かだ。普段だったら私が通りかかるたびに、墓石がカタカタと鳴って亡者が起き、亡者が暴れ回るから、さっさと鎌で捌いて墓に押し戻さないといけないのに、今日はちっとも起きないから、鎌を振るう必要がない。

 イーオンさんにも見せたかったのに。亡者を捌くところを。

 私が少しだけがっかりしていると、イーオンさんが言った。


「今晩はもう、戻ったほうがよくないかい? ほら。君は今日はちっとも眠っていないだろう? なら、眠らなかったら体に悪い」

「私、いつも朝まで起きて、墓守をしていますよ? 起き上がるのは亡者だけだけれど、墓荒らしがやって来たら殺さないといけないんで」

「そうか、墓荒らしがあったか。だとしたら、私も目が冴えてきたから、私が墓荒らしと戦うというのはどうだろうか?」


 その提案に私は目をパチパチさせた。

 今日初めて会った人が、墓荒らしじゃない保証はどこにもないのに。この人はいったいなにを考えているのだろうと、ちっともわからなかったから。


「困ります」


 私がそう答えると、イーオンさんは悲しそうに眉を垂れ下げた。


「そうか、なら忘れてほしい……可哀想に」


 可哀想? 私が?

 ますます意味がわからないまま、私たちは一夜を共にした。

 その夜、とうとう亡者が現れることはなかった。こんな日は、本当に初めてだった。


****


 朝になり、私たちは小屋へと戻った。

 寒いし、さすがに物置は毛布があるからと言って寒いんじゃないだろうか。私はイーオンさんに言ってみる。


「ふたりでくっついて眠ればあったかいと思いますよ。どうですか?」

「君は……だからそういうのはよくないって言っているだろう?」

「ですけど。物置は寒いですよ。風邪を引いてしまったら、道の閉鎖が解けても隣町まで行けないじゃないですか」


 私が言うと、イーオンさんはようやく観念したように、私のベッドに入った。

 そういえば、人肌をくっつけて眠るのは本当に久し振りで、眠たいはずなのに、少しだけうきうきした。


「そういえば、眠る前に確認なのだけれど、君たち兄妹は、全然会わないのかい?」

「会いませんね。私たち墓守は、頭首以外は家族をつくることを禁じられていますし、会って嫉妬してはいけないってことで、独立してそれぞれの墓を守るようになったら、もう会いません。こんな辺鄙な地でしたら、墓荒らし以外でしたら兵士くらいしか来ませんし、本当に兵士以外の会うのは久し振りです」

「ああ……本当に、すまないね」

「どうしてイーオンさんが謝るんですか?」

「どうしてだろうね」


 イーオンさんは私の頭を撫でてきた。それは、母さんが弟たちにしていた仕草によく似ていた。

 この人が苦しそうな顔をすると、こっちも胸が苦しくなる。

 イーオンさんが来てからというもの、私はほんの少しだけおかしくなってしまったようだ。

 しばらくの間、ドキドキして眠れなかったけれど、それでも昨日は眠れなかったから、二日も続けて起きていたら、亡者と戦えない。

 頑張って寝ないと。寝ないと。ねないと……。


「すまないね」


 意識が途切れる直前、イーオンさんの謝る声が聞こえたような気がした。


****


 私たち墓守は、昔は大きな家に住んでいた。

 父さんに母さん、兄さん、弟たち。私は家族で母さん以外だと唯一の女の子だった。

 夜になったら墓に出て、亡者と一生懸命戦う。

 鎌を振るうタイミング、亡者の骨に鎌を引っかけるタイミング。それがひとつでもずれてしまったら大惨事だ。

 腕が痛くなり、走り回って足も痛くなるけれど、頑張って亡者を墓に押し戻さなかったら大変なことになる。

 亡者に腕を掴まれて、足を掴まれて、墓石でガンガンと叩き付けられて死んでしまった弟たちもいた。

 なんでこんなことをするんだろう。亡者はなんでこんな意地悪をするんだろう。

 弟が死んだときは悲しくって膝を抱えて涙を流していたけれど、そんなとき母さんは私の頭を撫でて慰めてくれた。


「亡者は寂しかったから、弟たちを連れて行ってしまったのよ」

「やだ、さびしいならひとりでないて……おとうとをかえして」

「そんな意地悪を言っちゃ駄目よ」


 お母さんはぎゅっと私を抱き締めた。


「……亡者は本当に寂しいのだから」


 そう言った母さんの顔。

 ふと気付いた。そういえば、母さんの顔と、イーオンさんの顔は、よく似ているな。


****


 目が覚めたとき、昼下がりだった。私の隣で丸くなっているイーオンさんを起こそうとする。


「イーオンさん、イーオンさん。もう昼ですよ。閉鎖が解けたかどうか、兵士に聞きに行きましょう」


 そう言って起こしたとき、気付いた。

 昨日は外套を羽織っていたから気付かなかったけれど、イーオンさんの肩がひどくなだらかなことに。思わずペタペタと触っていたとき、手首を掴まれた。


「……寝ている人に乱暴はよくないよ? 私も君と同衾したのだから、人のことは言えないけどね」

「ええっと。もしかしてイーオンさんは、女の人ですか?」

「旅するとき、女の姿をしているとなにかと大変なんだよ。だから、男ということで通しているのさ」


 そうか、知らなかった。考古学者って大変なんだな。

 私はそう思って、頷いた。

 玄関に出れば、兵士がイーオンさんが来ていることに気遣ってか、食事を多めに持ってきてくれた。

 葡萄酒で干し肉を戻して干し野菜と一緒にシチューにし、固いパンを浸しながら食べる。


「そういえば、守っている王家のことを、君は知っているのかな?」

「ええ? 知らないです」


 あそこには、生き埋めにされた人と、王様が眠っていること以外、私は知らない。

 兵士から「あそこを守っているように」としか言われていないのだから。

 それにイーオンさんは「やっぱり……」と漏らした。


「イーオンさん?」

「……君があまりにもなにも知らないのにね。いや、知らせないほうがいいと思ったのかもしれないね。私の見解でよかったら、教えようか?」

「うーんと、それは、私が知っていたほうがいいことなんでしょうか?」


 もしそれが原因で、墓守の仕事ができなくなったら悲しいなと、少しだけ思った。

 イーオンさんは深く頷く。


「きっと、それは君のご家族も言いたくても言えないから、君を強くたくましく育てたのだろうしね。君が……逃げ切れるように」

「ええ……?」


 誰から? どこから?

 そう思っていたら、イーオンさんは口を開いた。


「あそこの王家はね。今のこの国の王族が滅ぼした少数民族だったんだよ。王は惨殺され、国民も一緒に埋められた。それはそれは、無念だっただろうさ」

「はい……」

「でもあの王家は、ある力を持っていた。死霊使いって言葉を、君は知っているかい?」


 私は首を振った。

 それにイーオンさんは「だろうね」と言ってから続けた。


「表立って王家と名乗っていたのは影武者で、実は王家は別にいた。彼らの血に反応して、死者は目覚めてしまう。死霊使いの力は強力だ。なんといってももう既に死んでいる亡者はこれ以上死ぬことはないからね。もし王家の墓で眠る者たちを皆起こして、兵にされてしまっては、今度はこの国が滅ぼされてしまうかもしれない。だから、男だけを殺し、女は墓守に妻として宛がったのさ」

「あれ……それって……」

「死霊使いの力を、亡者をもう一度眠らせる墓守の血を使って、少しずつ薄めていこうとしたんだろうね。でも墓守は元々死者を眠らせるのが仕事であり、生者をいたぶるのは仕事じゃない。憐れに思い、長兄はこの国の王の人質として残すにしても、他の子たちは力を蓄えていつでも逃げ出せるように、小さな墓だけを宛がったのさ」


 唐突に、疑問に思った。

 どうして私がいるとき、いつも亡者は暴れたのだろう。

 どうしてイーオンさんがいるとき、亡者は起き上がることがなかったのだろう。

 この人は、本当にただの考古学者なんだろうか。

 イーオンさんが続けた。


「私は、あなたがたをずっと探していました……姫君」

「あなたは……誰?」

「私はイーオン……王家の影武者であり、亡者を眠らせる一族の者です。本来の王家が亡者を起こし、我ら影武者が亡者を眠らせる……そういう役割をしておりました」


 突然にいろんなことを言われても、私も困ってしまう。

 姫、と言われても私はそんなに偉かったことなんてないし、イーオンさんだって、きっと王家を復古させたいなんて願ってないだろう。

 だとしたら、私たちが出会ってどうなるというんだろう。


「私を探して、どうするんですか?」

「もちろん、私はあなたと共に、国に復讐し、新たに王国を再建……なんて大それたことは考えていません」

「なら、どうして……」

「ここに来て、確信しました……あなたは墓の周り以外のことはあまりに疎く、情報規制されているのだと。国を再建させたいとは願いませんが、あなたの自由をこそ、私は望んでおります」


 自由。自由ってなに。私はたしかに、いろんなことを知らないけれど。それで困ったことなんて、一度もないのに。

 私が混乱していると、イーオンさんは私の手を取って、包み込んでくれた。


「……外はたしかに、男の身なりをしてないと危なくて、怖いところかもしれません。でも、冬でも暖かい場所はいくらでもあるし、優しくしてくれる人もたくさんおります。どうか、外を怖がらないで」

「私は……でも、墓守の仕事は……王家の……ううん、イーオンさんのご先祖様は……」


 それに、イーオンさんは笑った。


「昨日、あなたが会わせてくれたじゃありませんか。墓参りは済みました。きっと、先祖もあなたのご家族も、誰かが外に出ることを望んでいます。だからこそ、あなたをきたえたのでしょうから」


 イーオンさんは、笑顔を向けた。

 初めて見たときのように、ずっと見ていたくなるような、透き通る笑顔を。


「外に、参りましょう」


 私はたしかに、墓守以外のことを知らない。教えられてない。わからない。

 墓以外の場所がどんなところなのかは知らないけれど、でも、墓を越えたら辿り着ける。それに、もうすぐ夜なのだ。

 兵士はいない。今だったら、墓を越えられる。


「……行きましょう」


 私は、イーオンさんの手を取っていた。


****


 初めて、墓以外の場所へと向かう私は、どきどきそわそわしていた。

 墓を越えれば、たしかに隣町のはずだ。そのあとは、いったいどうすればいいのかわからないけれど。

 ふたりで墓地を通り過ぎるとき。

 今まで、聞いたことのない声が聞こえることに気が付いた。


「これは?」

「亡くなった皆が、歌っているのです」

「今まで、亡者が歌っているのなんて聞いたことがない」

「そうでしょうね。ですが、表の王家と影の王家が、ふたり伴って歌っているのですから。きっと、私たちがここを抜け出すのを祈っているのでしょう」


 その歌は、聞いたこともない歌だったけれど、不思議と懐かしい。

 母さんの母さん、そのまた母さんが、歌っていたのかもしれない。

 私は鎌を持ち、イーオンさんはレイピアを下げ、気付いたら走っていた。

 外にはなにがあるのかはわからない。

 もしかしたらもっと悲しいことがあるのかもしれないし、もっとひどいことになるのかもしれないけれど。

 私はもう知ってしまったから。

 墓以外にも、世界は広がっているということを。

 星はツルンと泣いてきらめいた。月は細く、今日は絶好の旅日和だ。


<了>

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墓守少女と亡者の歌声 石田空 @soraisida

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