第21話 花月の茶
翌朝から数日、暁の宮廷は俄かに活気づいた。もとより、今般の都を上げた祭りで宮廷の官吏達も盛り上がっていたのだが、朝になって、
花月は、鬼羅の厚意を受けて後宮の一室に身を置いている。昨日玻璃殿での公演を終えた楽団は、あと二日は、都で庶民のために幾度かの公演を開く予定だ。公演の合間を狙い、花月は座長に密かに別れの挨拶を告げに行った。もう壮年に差し掛かろうと言う大男は、花月の報告に『これでやっと、天国の慈円国王にご恩返しが出来ますや! どうか、女王陛下、瑞の国に安寧を』と言って、涙を流して喜んでくれた。
夕方、一人で部屋にいた花月の元に、鬼羅がやって来た。扉が叩かれる音に「どうぞ」と声を掛けると、金の縁取りのある黒い上衣を羽織った彼が、「邪魔するぞ」と言って、部屋に入って来た。
「居心地はどうだ、花月。あいにく、後宮の解体と共に大半の女官は解雇してしまったからな。行き届かないところも多いだろうが」
「いいえ、とんでもないわ。私は国を追われて逃亡生活を送っていた身。贅沢過ぎるくらいのお部屋よ。貴方には本当に感謝しているの……ありがとう、鬼羅」
「礼には及ばない。この貸しは、いずれきっちり返してもらうからな」
鬼羅はそう言って笑い、花月の手に白い麻袋を載せた。ほんのり温かい。
「これは?」
「今王都で流行っている、サクラ饅頭だ。甘いものは好きか」
「ええ! 嬉しいわ、一度食べてみたかったの。暁の王都の名物なんでしょう」
土産を持って訪ねてくれたのだから、一緒にお茶でもと勧めたいところだが、生憎、後宮付きの女官は既に退出させてしまった。鬼羅は、花月からの誘いを待つように、その場でじっと立っている。花月は気まずい思いながらも、勇気を出して誘ってみた。
「あの……お茶でもいかがかしら。と言っても、女官は下がらせてしまったので、私が淹れたもので良ければ……だけれど」
「頂こう」
鬼羅は真顔で頷き、窓辺の椅子に腰かけた。花月は内心動揺しながらも、飾り棚へ行き、茶の準備を始める。
(待って……お湯はこれで沸かすのだったかしら……確か、茶葉はここへ……)
慣れない手つきで茶を淹れ、茶器を落とさないよう、慎重に鬼羅の元へと運ぶ。なんだか異様に色が薄い液体に見えるが、仕方がない。鬼羅の前に置いた茶器に、その薄い液体を、こぼさないように慎重に注ぐ。だが、茶瓶の傾け加減が分からずに、熱い液体が勢いよく流れ出てしまった。幸い鬼羅にはかからなかったのでほっとするが、注がれた液体は、今にも茶器から溢れ出そうだ。自分の茶器にも注いだが、こちらはこちらで、必死に加減して注いだので、中身が茶器の半分以下しか入っていない。
「どうぞ」
どうにか茶を提供し終わってほっとした花月は、そう言うと、涼しい顔で飲み始めた。そして一口飲んで、眉を寄せ呟く。
「……味がしないわ」
そこでふと前を見ると、俯いていた鬼羅の肩が震えていた。やがて、腹を抱えて笑い始める。
「あの……どうしたのかしら」
彼は「いや……」と呟いてひとしきり笑ったのち、楽しそうに言った。
「花月はやはり、王族なのだな。貴女はこれまでの人生で、茶など淹れたことがないのだろう。これは茶とは言えないだろうな。入れた茶葉が少なすぎる。だがまあいいさ。折角女王が自ら淹れてくれた貴重な茶だ、有難く頂こうじゃないか」
花月は恥ずかしさのあまり頬が赤くなるのを感じながらも、胸を張って言った。
「ええ、そうね。少し味が薄かったみたい。ごめんなさい。けれど、次はもっと美味しく出来るわ。……期待していて」
鬼羅は笑いながら頷いた。そして、二人は饅頭と花月の薄い茶を楽しみながら、暫く他愛もない話をする。やがて、鬼羅が姿勢を正して言った。
「さて。瑞への進軍だが、あと数日後には出られそうだ。というよりも、数日内に出た方がいい、と言うべきだな。民政寮の官吏の話によると、どうも西の方から大きな嵐が近づいているらしい。海が荒れると船は出せん。嵐が来るまでに決着をつけたい。各方面からの密偵の報告と兵部寮の見立てでは、そうだな、女王の前でこう言っていいかは分からんが……瑞の平定に、それほど時間はかからないと見ている」
さすがは強国と恐れられる暁である。他国とはいえ、頼もしい存在だ。花月は深々と頭を下げて、言った。
「分かったわ。本当にありがとう、鬼羅。貴方がたの助力、恩に着るわ。このご恩、必ず近いうちに、暁にお返し致します」
「楽しみにしているぞ。ところで、花月。昨日も聞いたが、貴女は一体どうやってここまで来た? 焔に潜ませている密偵の情報でも、花月が追放されてからの足取りは全く掴めなかったのだが」
花月は頷き、暫く頭の中で情報を整理してから話し始める。
「私は……」
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