ANK

水野いつき

第1章

第1話


 アンクは町田の風俗だ。M客が多い。


 即日入寮可、体験入店していくかという店長の話に一も二もなく頷いた。帰る場所が無かった。


 正式な入店が前提だったので面接の後すぐにホームページ用の写真を何枚か撮られた。撮影用の衣装は沢山あったけど、店長の見立てで黒のオフショルダーのミニワンピースが選ばれた。あたしに信用を与える選択だ。


 ホームページのプロフィールを作ってもらう間に、内勤の男に寮まで案内されることになった。事務所の入っているビルの真横のアパートで、あまりの近さに苦笑いしていると内勤は察したように、皆すぐ慣れるっすから、と言って笑った。


 与えられた部屋は六畳くらいのワンルーム。外観の割に間取りが小さいと感じたけどその分多くの部屋があるのだろう。何でもいいけど屋根があるので大満足だ。


 絶対に窓を開けてはいけない事、出入りの際、共用部分をカツカツ音の鳴るヒールで歩いてはいけない事を注意された。エレベーターをなるべく使うなとも。

 部屋は四階だけど、守った方がよさそうだ。こういう場所に長くいたいなら、大人の言う事は最初から聞いておいた方がいい。


 内勤はこっちの準備が出来たら携帯鳴らすんでと言い残して鍵を置いて出て行った。


 あたしは改めて部屋を見渡す。

 前の入居者の持ち物だろうか、置き型の一口コンロがなんだか健気で可愛らしい。

 冷蔵庫も電子レンジも無いのにコンロだけ残されているのは、引っ越しで置いて行かれたか、ライター代わりの備え付けかもしれない。本当にいるのだ。コンロをライターだと勘違いしている人が。


 何はともあれ、一服する。

 もちろん普通のライターで。


 キャスターから、独特の匂いが広がった。新居で最初に煙草を吸うのは家が変わる度にする儀式みたいなものだ。ここが終の住処に成りますように、と。


 一本吸い終わると唯一の荷物であるボストンバッグの中でよれてしまった服をたたみ直し、携帯を充電した。フローリングに横になると眠ってしまい、着信音で目が覚めるともう夕方だった。


 電話は内勤からでこれから入店に向け研修すると言われた。つまり店の従業員を相手に仕事の流れを教わりながら、実際にプレイをシミュレーションをするのだ。

 着替えと道具を持って迎えに行くと言われて電話を終えた。説明なんて誰でもいいけど、研修は内勤より店長がいいな、なんて考えながら目を剥いてまつげの裏にマスカラを塗りつけた。ショーツだけ変えて髪を巻き直した。


 夜中に蹴り出され鼻の骨を折りかけた身としては好調の再スタートと言える。ここはきっと良い店だ。これからどんな生活が待っているか想像したら、ちょっとわくわくした気持ちになった。

 それはとても久しぶりの事で、あたしは少し、恥ずかしかった。

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