サレ妻時間差転生 -不倫当事者のあなたたちに、スローライフなんて送らせないっ-

椒央スミカ

第一章 転生、そして再会

第01話 修羅場の吊り橋

 ──山中の吊り橋の中央で、浮気を尋問。

 足場の板の隙間からは、はるか下にゴツゴツした岩と、細い急流が見える。

 辺りはすべて、新緑の森林。

 そんなサスペンスドラマの一幕みたいな状況。

 まさか自分の人生で、起こってしまうなんて。

 詰問しているのはわたし、

 浮気と言う名の罪を犯したのは、夫のあおしまこう

 そしてその相手、わたしと興貴の共通の知人、みや

 もっともわたしにとって華穂は、スマホの連絡先リストにも入ってない、過去の人だったけれど──。


「……華穂!? これはいったいどういうことなのって、さっきから聞いてるんだけどっ!?」


 朝、興貴が家を出て駅へ向かったあと、わたしは速攻タクシー拾って先回り。

 聞いていた山の名前をネットで調べてからの、この吊り橋で待ち伏せ。

 嘘の行き先聞かされてたらアウトだったけれど、そこは登山好きの興貴。

 嘘はなかった。

 タクシーに万単位のお金払ったの初めてだったけれど、その甲斐はあった──。


「ご、ごめんなさい……。いまさん……」


「はあっ!? 旧姓で呼ばないでくれるっ!? 華穂の脳内じゃあもう、わたしたち破局してる設定なのっ!?」


「あっ……そ、そういうつもりじゃあ……。長く会っていなかったもので……すっ、すみませんっ! ごめんなさいっ!」


 華穂がブンブンと頭を下げるたびに、吊り橋がゆらゆらと揺れる。

 幅一メートルほどの吊り橋の上に、男女が一列に三人。

 華穂を挟んで、わたしと興貴。

 自分じゃわからないけれど、たぶんわたしいま、鬼のような形相してる。

 そんな顔で腕を組んで仁王立ちし、小柄な華穂を見下ろしてる。

 華穂はわたしの顔をいっさい見ようとせず、登山帽を胸元でぎゅっと握り締めて、黒いボブカットのつむじを向けるだけ。

 その背後で興貴は、気まずそうに遠くを見たり、橋の下を見たり──。

 興貴が、ここで逃げ出すような器が小さい男じゃないのは、三年の結婚生活でわかってる。

 だからわざと、華穂を真ん中に置いた。

 この女は気が弱くて、普通に詰問すれば恥も外聞もなく逃げ出してしまう。

 ゆえにこうして、逃げ道を塞いだ。


「……少し前から、興貴が登山を始めた。高校大学山岳部だった興貴が、生活が安定したいま、山登りを再開したのは不思議じゃない。けれど──」


 華穂がびくっと大きく震える。

 この反応が見たくて、言葉を一度切った。

 溜めを長めに作ってからの……詰問再開。


「──いつも日帰りだった。キャンパーの興貴が、連休の登山で日帰りなんてありえないのよ。低い山登って満足して帰ってくるなんて、絶対ないの。そして同じころ、興貴のスマホにロックがかかった。いつもリビングに放りっぱなしだったスマホを、こまめにポケットへ入れるようになった」


 言いながら、の自覚を抱え続けた日々のイライラが、一気に噴き出しそう。

 でも我慢。

 だって怒りに任せたら、最近気味なのもブチまけそうだから。

 落ち着け、わたし。


「つまり、日帰りでなきゃいけない事情の女と、同行してる。だから最初は、相手が家庭持ち……外泊できない既婚者を疑った。でも、ただ……一人だけ、未婚でその条件を満たす女がいた。それが華穂よ」


 びくびくっと痙攣気味に震える、華穂の全身。

 この小心で小動物的なところが、刺さる男がそれなりにいるらしい。

 父性を刺激される、庇護欲を満たす、だとか。

 そして興貴も、その刺さる一人。

 結婚後に、わたしと華穂で迷ったと聞かされたとき、わたしは声を殺して憤慨。

 「あんな地味女と、天秤にかけられるなんてありえない!」……って。


「華穂が未婚でいまだ実家暮らしの、いわゆる『子ども部屋おばさん』っていうのは、人づてに聞いてた。親が心配するから、あるいは親の世話があるからで、外泊できない。でしょ?」


「……はい。そうです……ぐすっ」


 六、七年ぶりに見た華穂は、相変わらずだった。

 小さくて、童顔で、化粧っけがない。

 それがいまは、年を取らない妖怪の類にも思える──。


「わたしもあなたも大学の、低山トラベルの合コンで興貴と知り合った。けれどわたしは、それ以前から興貴に目をつけてた。合コンは自分を売り込むきっかけ作り。山なんて疲れるだけだし虫もいるしで、本当は行きたくなかった。ところがあなたは、子どものように純粋に自然を楽しんでた。あのときの華穂を……ふっと思い出したの。浮気の相手は、きっとあの女だ……って!」


「すみません、すみませんっ。申し訳ないです……ううっ……ひっぐ……」


 手の甲でごしごし涙拭って、鼻水交じりの嗚咽。

 まるで親に叱られてる子どものような泣きかた!

 ああいやだ、子ども部屋おばさんは!


「……すまん亜依莉。俺も悪かった」


 ……なに、興貴?

 まさか、助け舟を出す気?


「会社の人間関係にイライラしてて、純粋に山へ登りたい気持ちはあったんだ。実際、最初のうちは単独行だった。けれど学生時代のようにはもう、リフレッシュできなくなってた。いまやスマホの電波は山奥まで来るから、意識が常に職場と繋がってる。顧客からの問い合わせや苦情の電話も来る。目の前の景色は頭に入ってこず、次の出勤日のことばかり考えてしまう。ああ……一人じゃダメだ、仕事を忘れさせてくれるだれかと一緒がいい……って、なって……」


「……それで浮気、かぁ。まあ、わたしは山へ誘われても断っちゃうし、華穂は癒し系だし……。そのへんは、情状酌量の余地があるかな。でも……当然、シてるわよね?」


「えっ……?」


「わたしも死ぬほど聞きたくないんだけれど、大事なことだから聞くの。セックスは……した? ちゃんと避妊は……してた?」


「あ、亜依莉……。いま、そんなことは……」


「いまだから、はっきり聞かなきゃいけないんじゃないっ! 男女二人っきりで、人けのないところへ何度も行って……なにもないわけないっ! それにこの女が、避妊具なんて持ち歩いてるわけないっ! 最初の一回くらいは……流れでナマでヤったんじゃないのっ!? 答えて、正直にっ!」


 ……目尻が熱い。

 言いながら、熱い涙がボロボロと頬を伝う。

 だけどそれ以上の量の涙を、俯いてる華穂が吊り橋の足場へ落としてる。

 …………ふざけないでっ!

 加害者のくせに、わたしより泣かないでよっ!


「あっ……あの……亜依莉さん、すみませんでしたっ! ぐすっ……あ、あたし……死にますっ!」


「……えっ!?」


「死んでお詫びしますっ!」


 ──ダッ!


 衝動的に吊り橋の手すり……ロープをよじ登る華穂──。


「ちょっ、やめてよっ! そんなの望んでないっ! しっかり謝罪して…………って、キャアアァアアーッ!」


 華穂を引き留めようとした、わたしと興貴。

 橋が大きく揺れ、三人の体を宙へと放りだす。

 わたしたちは一塊になって、谷底へと落ちていった────。

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