第7話 双子まとめて……?

 人生初キスから二十分後、三人は『洋風ダイニング・カノン』という店に来ていた。

 ここは三年ほど前にできた店で、咲人もたまに叔母のみつみと訪れることがある。


 もともとここの店長は映画関係の仕事をやっていたそうで、店内を彩る洒落た電飾や小物は、なにかの映画で使われた物を使用しているらしい。

 もちろん、素敵な内装の雰囲気だけではない。料理やデザートも美味しいと評判で、リピーターはあとを絶たない。今日は平日だというのに、ほぼ満席だった。


 そんな雰囲気のいい店の一角——咲人はすっかり青ざめていた。


 双子の姉のほう——光莉は割と明るい様子でニコニコと笑顔だ。

 一方で、妹の千影はかなりキレている。目が合えばギロリと睨まれるので、咲人はなるべくそちらを見ないようにした。


「じゃ、改めまして。宇佐見光莉だよ。はい、ちーちゃんの番」

「宇佐見、千影です……は、じ、め、ま、し、て!」


 咲人は「うぐっ」と呻いた。


「高屋敷咲人です……本当に、なんて言ったらいいのか……二人とも、勘違いしていてすみませんでした……」


 咲人が深々と頭を下げると、光莉が「まあまあ」と明るく顔を上げるように言う。


「うちは、最初から高屋敷くんが勘違いしてるって気づいてたんだ」

「え? じゃあなんで言ってくれなかったの?」

「気づいてくれるかなぁっていう実験? ほら、YouTubeとかにもあるやつ」

「ああ……双子の入れ替わりドッキリ企画……」


 光莉は悪戯が見つかった子供のように笑う。

 が、残念なことに、ここまでくるとドッキリの枠を超えてしまっている。


「ひーちゃんとのキスのお味はどうでしたか……?」

「やめてくれっ……!」


 咲人が現実から逃れるようにガバっと耳を抑えると、千影は「はぁ〜」と怒りを放出するようなため息を吐いた。


「ひーちゃんもひーちゃんだよ! 私になりすますなんて!」

「なははは、いつ気づくかなぁって思ってたんだけど……——ごめんなさい」


 笑っていた光莉だが、千影の怒った顔を見て、笑い事では済まされないとすぐに理解したようだ。いや、本当に笑えない。この場で一番笑えないのは咲人だが。


「はぁ〜……ドッキリっていうことは、高屋敷くんのことは好きじゃないんだよね?」


「ううん、好き」


「「うえぇっ⁉」」


 咲人と千影は同時に驚いた。


「え? だって、最初から好きだもん。一目惚れってやつかな?」

「そ、それは、一時の気の迷いだよっ! ひーちゃん目を覚まして⁉」

「え〜? でもね、いっぱい触れてみて確認し終わったんだ。あ、うち、やっぱりこの人のことが好きなんだなぁって……。だからそろそろネタバラシしようと思ってたら、急にギュってされて、チューって……えへへへ〜」


 光莉は嬉しそうに思い出し、うっとりとしながら頬を押さえる。


 対照的に、千影は「触れてみて」「ギュって」「チューって」の部分を聞くたびに、咲人に視線を向けた。カッと見開いた「へ〜そうなんだ〜? へ〜」の目である。

 怖い。


 咲人はまた呻いた。そうして、これまでの事実を頭の中で整理していく。

 最初に告白してきたのは妹の千影。覚悟を決めてキスをしたのは姉の光莉。告白からキスまで済ませたわけだが同一人物ではない。


(なるほど、意味わからん……)


 気づけなかったのは完全に自分のせいなのだが、企画や冗談では済まされないゆゆしき事態だ。こんなときの対処方法はYouTubeに上がっているのだろうか。


「でもさ、これからのことだけど、高屋敷くんはどうしたいのかな? キスした相手がうちってことは、このままうちと付き合うんだよね?」


 たまらずに千影が口を挟む。


「ちょっと待って。告白したのは私のほうが先! 付き合う権利は私にあるはず!」

「け、権利ってなにかなぁ?」

「だ、だって……そもそも高屋敷くんがひーちゃんに告白したのって、私と勘違いしたからだよね⁉ 告白もギューもチューも本来は私がしてもらう予定だったはず!」

「でも、ゲーセンで可愛いって……あと、好きだって言ってもらったよ?」


 途端に千影がクワッと目を見開いて咲人を見る。怖い怖い。


「あー違う違う……。笑顔が可愛いと言ったのはたしかだけど、好きっていうのは、何事も一生懸命な人は好きって意味で……」


 と、咲人が説明しているあいだ、光莉はにしししと笑っている。わざと都合の良い

言葉の切り抜きをやったみたいだ。


「でも、うちのほうはもういろいろ済ませちゃったわけだし……キセージジツ的な?」

「ま、まだ身体は許してないでしょ⁉」


 すると光莉は「へ?」と疑問の表情を浮かべる。


「え? さっき触れてって言ったはずだけど……?」

「え? ……嘘⁉ じゃあ、じゃあ、もう……! あわわわっ……⁉」

「なーんて、そういうことはまだしてないよ? まだ」

「ちょっとひーちゃんっ⁉ なにを言わせるのよぉーーーっ!」

「勝手にエッチな妄想をしたのはちーちゃんのほうだよね?」


 真っ赤になって怒り出す千影と、あはははと千影をからかって笑う光莉を見ながら、咲人は「うーーーん」と内心で唸っていた。


 なにを聞かされているのだろうか。いや、この状況をどうしたらいいのだろうか。答えはWEBで、とは済まされない。

 ——いよいよ頭の中が混乱してきたぞ。


「で、高屋敷くんはどっちと付き合いたい? うちなら……えへへへ♪」


 と、光莉は胸の谷間を寄せながら上目遣いで悪戯っぽく見つめてくる。


「わ、私だって当社比五倍で頑張ります……!」

「と、当社比……? 五倍ってどういうこと……?」

「だ、だから、その……高屋敷くんの好きにしていただけたらっ…‥!」


 などと、千影は真っ赤になって言い放つ。

 咲人は恐る恐る店内を見た。老若男女問わず、咲人に様々な視線が向けられている。


 嫉妬の目、憎悪の目、この鬼畜がと言わんばかりの目——様々な負のオーラが混じり合って、どんよりとした重たい空気が漂っていた。


「ふ、二人とも……お店に迷惑をかけるからその辺で……」

「じゃあ決めてよ?」

「そうです、決めてください!」


 これは——まいった。

 とりあえず伝えなければいけないことがある。


「あの、これは、自分でもどうかと思うんだけど……」


 双子はそろってきょとんと首を傾げたが——



「二人とも好きだ」



 と、咲人はまとめて告白をした。当然二人は——


「「えええぇーーーーーーっ⁉︎」」


 と、驚いた。この反応はわかりきっていたが、事実、結論なので仕方がない。

 なるべく冷静さを保ちつつ、咲人は双子それぞれに気持ちを伝えていくことにした。


「まず千影さんのほうなんだけど……中学時代からずっと俺のことが好きだったって聞いたのもあるけど、じつは前から意識はしていたんだ」

「え⁉ そ、そうだったんですね……⁉」


 咲人は照れ臭そうに頷いた。


「同じ塾で知っていたし、真面目で、努力家で、そういう面を見ていたから、最初から仲良くなりたいと思ってたんだ。憧れに近いものがあって、尊敬もしている。あと、綺麗だと思うし、可愛いと思うよ——」


「あの、ちょっと高屋敷くん、ストップ、私の心臓がっ……!」


「——で、実際に話してみて、面白い人だなって思ったし、もっと仲良くなりたいって思った。告白してもらえて本当に嬉しかったよ」


「う、嬉しいです……! そういう風に思ってもらっていたなんて……」


 と、千影は頭からプシューと湯気が出そうになるくらい真っ赤になって俯いた。


「光莉さんについては——」

「あ、光莉でいいよ」

「あ、うん。じゃあ光莉。光莉については、一緒にいて楽しいだけじゃなく、奥深いというか……俺の気持ちを理解してくれる人だと思って。短いあいだなんだけど、印象に残ることばかりだったんだ」


 光莉はニコニコと頷きながら話を聞いている。


「だからというか、光莉といろいろ話してみて、惹かれる部分があったんだ。元気ももらえるし、俺を変えてくれた。自由奔放に見えて真面目だし、たぶんすごくいろいろ考えているんだと思う。だから、もっと君のことを知りたいって思ったんだ」

「えへへへ〜、嬉しい……うちも好きになったのが高屋敷くんで良かったよ。それに、キスも素敵だったし……」


 咲人は二人に向けてもう一度言う。


「だから、二人とも好きになった事実は変わりない。その上で、これが一番大事なことなんだけど、俺が二人を好きになったのは、双子だからとか、二人セットってことじゃなく、千影さん、光莉、それぞれなんだ」


 双子は無言のままお互いの顔を見合わせて、もう一度咲人を見る。


「でも、じゃあ……これからのことを決めないとね?」

「そうそう、好きになったのが二人なのは仕方がないので……」


 咲人は真剣に頷く。二人の期待の目が咲人を見つめている。

 こうなっては、咲人がとる道は一つしかない——



「だから俺は……二人とは付き合わない! ごめん!」



「「えぇえええーーーーーーっ⁉︎」」


 綺麗に頭を下げる咲人を見て、双子は驚愕した。


「え? 俺、なんか間違えた……?」

「なんでそうなっちゃうのかな⁉︎ 好きなんだよねっ⁉︎」

「そうですよっ! だからの使い方が間違ってます! せめてどっちか選ぶでしょうにっ!」

「って言われてもなぁ〜……」


 咲人は困ったように首の後ろを掻く。


「俺なりに二人のことを考えた結論なんだ……」

「どういうことかな?」

「まあ、どちらかを選ぶということもできるかもしれない。そうしたら、もう片方の気持ちはどうなる?」


「やだ」「無理」


 と、双子はギロリとお互いを睨み合う。


「ほ、ほらな? こういうこと……」

「「あ……」」

「選ばれなかったもう一人は辛い思いをするだろ? 赤の他人ならまだしも、双子だし、家族だし、一緒に暮らすのも大変じゃないか?」


 二人は咲人の思いを汲み取って、気まずそうに俯いた。


「だったら、恋人はダメでも、友人くらいの関係ならいいのかと思って」


 冷静に考えてみて、それくらいの関係で収めておくのがいいという妥協案だった。

 もちろん、それなりにしこりは残るだろう。けれど、それもそのうち時間が解決してくれるだろうと咲人は思った。


「でも、告白しちゃったし……」

「うちはキスもしちゃったし……」

「うん、ちょっと待たれよ。……え? そういえば私、まだキスしてもらってない⁉︎」

「あ……うちも告白は、ちゃんとしたのはまだかなぁ……」


 雲行きが怪しくなってきた。というか、話が元に戻っている。

 咲人は嫌な雰囲気を察して少しだけ身を引く。


「キスは本来私が先のはず⁉︎ 告白したし! というか、中学から好きだったもん!」

「ん〜? でも、うちのほうがお姉ちゃんだし?」

「そういう問題じゃないのっ! だいたい十五分差でしょっ!」

「それと、駅の構内でギュッと抱きしめられて……ふふっ、思い出したらニヤニヤしちゃうなぁ……」

「ムガァーーーーーーッ!」


 と、姉妹喧嘩? を始めた二人を尻目に、咲人はやれやれと頭を抱えた。同時に、こうなるから片方は絶対に選べないという結論に至った。


「その唇寄越しなさい!」

「ど、どうするのかな……⁉︎」

「ひーちゃんとチューすれば私が高屋敷くんとチューしたことになるよねっ⁉︎」

「ならないよっ! なにその間接キス⁉︎ わわっ、やめて! 上書きしないでーっ!」


 目の前にいる本人に直接頼めばいいのでは? と咲人は一瞬思ったが、それはさすがに道義に反する。それはそれで最低な考えだ。いや、もうすでにこの状況は最悪だ。


 咲人はまたやれやれと頭を抱えたのだが——


「わかった! じゃあこうしよっ⁉︎ 高屋敷くん——」


 そこで光莉が妙案を思いつき、咲人のほうを向いた。

 おそらく千影のキスを拒むための口実かもしれないが、とりあえず聞いてみよう——



「双子まとめてカノジョにしない?」



 なるほど、その手があったか——とはならない。

 その提案に、咲人と千影は閉口したが、光莉が丁寧にお辞儀をする。


「というわけで、この度は最終的に二人とも選んでくれてありがとう。ちーちゃんと一緒にこれからもどうぞよろしくね?」

「うん、ちょっと待とうか光莉……最終と判断するのはまだ早いよ……」


 咲人は、右の手の平を前に出してストップをかけた。


「もう彼女だし、うちも咲人くんって呼ぶね、ダーリン?」

「あ、うん……なんで最後ダーリンって言った? じゃなくて、そんなのは千影のほうが嫌だろ? ——ね?」


 咲人が同意を求めると、千影はなにかを我慢しているように「うぅ」と唸っている。


「私も……気持ちは……まあ、他の子ならダメでも、ひーちゃんだから、ひーちゃんだから〜……ううぅ……無し寄りの有りといいますか……」

「いや無し寄りの無しだって! 姉だからってそこを妥協しちゃダメだ! 迷うな! 君はそういう子じゃないだろう!」

「で、ですよね……ダーリンがそう仰るのなら……」

「ダーリンって言ったっ⁉」


 もはやカオスだった。千影まで三人で付き合う気があるらしい。

 というより、どちらも折れる気がない。これはどうしたものだろうか。

 というより、千影は大丈夫なのか。状況がおかしくなりすぎて壊れてなければいいが。


「ちょっとストップ、展開が早すぎて追いつけない……整理させてくれないか?」


 咲人は頭をフル回転させる。ただ、いつもと逆回りだ。

 なるほど、意味わからん——いや、わかっちゃいけないのだ。常識的に。


「ひ、光莉の提案は非常に魅力的な提案だと思う……。ただ、常識的にはマズいと思うんだ……千影さんもそう思わないか?」

「私のことはハニーと」

「うん、呼ばない。……大丈夫か、千影さん?」


 状況がおかしくなりすぎて、さっきから壊れかけているのではないかと心配しつつ、千影の様子を窺う。ふと彼女は平静に戻った。


「でも……高屋敷くんに彼女が二人いることになるし、私たちも同じ人を彼氏にしちゃうんですよね? それはやっぱり常識的にマズいんじゃ……」

「そうだ! いいぞ、千影さん……!」


 咲人はグッと拳を握った。


「この非常識な事態に常識を持ち出されてもなぁ〜って思うけどなぁ?」

「ダメだダメだ! なに言ってんだ、光莉! 千影さんを惑わすなっ!」

「え〜?」

「え〜? じゃない! 非常識と非常識を足しても非常識にしかならないぞっ!」

「ん〜? じゃあ掛けてみたらいいんじゃないかな? あるいは〜……二乗にする?」

「どうやって⁉︎ その計算式を教えてくれ!」


 なんとしても、このラインだけは突破されてはいけない。


「ちーちゃんは周りのことを気にしちゃう? それで咲人くんのことを諦められる?」

「もちろん諦め……きれないっ! それはヤダ!」


 光莉がニコッと笑う。


「じゃ、民主主義的に多数決をとってみようよ?」

「なんですと……?」

「三人で付き合うことに賛成の人。はーい」


 光莉が手を上げると、そろそろと千影も手を上げる。

 二対一——可決された。

 いやいやいやいや、上手く丸め込まれるわけにはいかない。無理が通れば道理が引っ込んでしまう。ここは一人でも反対し続けるべきだ。


「か……数の暴力じゃないかっ⁉」

「民主主義だよ?」

「マイノリティの意見を反映させるべきだ! この場合は俺!」

「うち的にはスッキリと合意してもらって、楽しくて明るい未来ができたらいいなぁ」

「俺の意志は⁉」


 すると光莉はうっとりとした表情で、小指で自分の唇をなぞった。


「咲人くんのキス、素敵だったなぁ……もっかいしたいなぁ……」

「うぐっ⁉」

「ちーちゃんもしたいよね?」

「う、うん……し、したい、です……あと、ギュッてされたい……」

「っーーーーーーーーー⁉」


 今ので完全に咲人の意志が揺らいだ。マジで弱いなと自分でも思った。


「い、いやしかし、常識的に、考えてみてですねぇ……」

「バレなきゃ大丈夫だよ?」

「いや、そういう問題でもない……それも問題になりそうだけど、俺からすると二人と同時に付き合うことになるんだ。そこに差が生まれたら嫌だろ……?」

「なんだ。それなら、簡単だよ」


 光莉はピンと人差し指を立てた。


「咲人くんが二人とも平等に愛してくれたらいいの」

「神かっ⁉︎ 人を平等に愛するなんて神様しかできない!」

「うーん……いわゆる神対応?」

「まったく違う! 塩対応より、なお悪いわっ!」


 咲人は頭をフル回転させるが、自分より倍の速さで光莉のほうがキレている。なんとかしてこの流れを止めたい。

 そのあとも押し問答が続いたが、いよいよ光莉が悩む顔をした。


「ん〜……うち的にはナイスアイディアだと思うんだけどなぁ……」

「まあ、たしかに高屋敷くんの言うとおり不誠実だよね……」


 と、ようやく千影もいつもの様子に戻った。

 ふりだしに戻ったことで、咲人は少しほっとする。


「うちら二人に対して誠実ならいいじゃないかな? もちろん、うちらも誠実に向き合えば問題ないと思うけど?」

「問題は私たちじゃなくて状況。周りの人は変だなー、おかしいなーって思うでしょ?」

「……稲川さん?」

「いや、そんな言い方してないでしょ? でも、淳二さんもぞっとするでしょうね……」

「ん〜……ちーちゃんが問題にしてるのって、うちらの関係じゃなくて、周りの人?」

「え……まあ、そういうこと」


 それを聞いて、光莉はなにかアイディアを思いついたらしい。

 これまでの流れでいくとロクでもなさそうだが、いちおう聞いておこうか——


「ねえ、ちーちゃん。仮に私たちが咲人くんと付き合ったとして……彼氏いますかって訊かれたらなんて答えるかな?」

「え? それは……いちおういるって答えると思う。嘘はつきたくないし……」


 すると今度は咲人に訊ねる。


「ねえ、咲人くん。仮にうちらと付き合ったとして彼女いるって訊かれたら?」

「えっと、いるって答えるけど……」

「彼女何人いますかって訊く人はいるかなぁ?」


 咲人ははっとした。


「いや、いないな……常識的には彼女の人数まで訊かれない、か……」

「そう。つまりこういうこと。普通の人は、ちーちゃんの言うように一対一の関係が普通だって思ってるから、人数までは訊かない。もし三人で仲良く歩いていても、付き合ってるなんて思わないよ。双子と仲が良いんだな〜ってくらいじゃないかな?」


 なるほどと咲人は納得したが——


「つまり周りにはバレないと? でも、もしどんな子かって訊かれたりしたら、俺の場合なんて答えるんだ?」

「それはね——言わない。つまり、秘密にするっていうこと」

「え? いや、だからそれは……」


 言いたいことが伝わっていなかったのか、咲人はもう一度常識とはなにか、誠実さとはなにかの説明をしようとした。

 しかし、光莉は呆気にとられている咲人と千影、双方の顔を見て口を開く。


「嘘には、大きく分けて二種類あるんだよ。——嘘と、言わない嘘」

「それ、どう違うんだ?」

「嘘は相手を傷つける行為。優しい嘘もあるけど、他人、外の人に影響を与えるということかな? たとえば、付き合ってるのにパートナーはいませんって周りに言ったら、嘘になるし、あとあとバレたら相手を怒らせたり悲しませてしまうかもしれないね?」


 それについては咲人と千影はすぐに納得した。


「ひーちゃん、もう一つの、言わない嘘って?」

「簡単に言えば秘密のこと。外ではなく内……抱えるのは自分自身ってこと。つまり、外の人に影響を与えないってことかな?」


 そこで咲人が口を挟んだ。


「いやしかし、秘密にされたら傷つく人もいるんじゃないか?」

「それは前提の話だよ。善いことなのか、悪いことなのか。うちらは三人で付き合うだけ。それって、なにか悪いこと?」

「悪い……いや、悪くはない、のか……」


 光莉の言い分には十分すぎるほどの説得力があった。


 悪いことを秘密にすれば当然迷惑をかける人もいる。しかし、善いこと、あるいはそのどちらでもないことを秘密にしたとして迷惑をかける人はいない。

 そして、男女が付き合うことは悪いことではない。複数になると「二股」「浮気」などの道義的な問題は発生する。


 しかし、それを問題だと意見するのは、けっきょく他人だ。

 当人たちが同意と納得をしていれば、他人が首を突っ込むことではない。


 秘密は自分たちの内輪だけで共有され、誰かに秘密にして心苦しいと感じるのは自分たち自身。そもそも、心苦しいと感じるようなことでもなさそうだ。


 不誠実だという咲人と千影の主張はすでに論破されている。


 べつに、付き合っている人がいますと公表してまわる必要もない。訊ねられたら「秘密」「言いたくない」で構わないのだ。


 重要なことは当人同士の関係性。


 三人で付き合っても、互いに不誠実にならないようにすること。

 すなわち、うまくバランスをとって付き合うことだ。


 平等という概念は一番難しいが、誠実に向き合えるよう努力していけばいい。


 そうすれば咲人の立場からすれば「二股」にはなるかもしれないが、「浮気」には当てはまらない。そもそも二股という言葉自体、この二人の同意と納得さえあれば問題にはならないのだ。つまり——


「なるほど……俺次第ってことか……」


 咲人はやれやれと苦笑いを浮かべた。


「そういうこと。咲人くんがうちとちーちゃんを平等に好きでいてくれるか。あとは、咲人くんとちーちゃんが納得してくれればこの話はまとまるかな」


 千影も論破された気分なのか、諦めたような表情を浮かべている。


「千影さん……君もある意味すごいけど、君のお姉さん、とんでもないな?」

「ひーちゃんは天才なので……ん? ある意味ってなにかね?」

「あ、いや、なんでもない……。でも、千影さんはそれでいいの? 俺、最低な彼氏になっちゃうけど……」


 千影はコクンと頷いた。


「最も低いなら、これから高めていけばいいんです。そもそも最低だとも思っていません。高屋敷くんと付き合えるなら、私は最高の気分です!」

 強くそう言われると、なんだか面映ゆい。光莉のほうを向くと、

「ブイ!」


 嬉しそうにVサインをしていた。

 そうして、双子姉妹は、改めて咲人に問うた——


「そういうことですので、高屋敷くん……」

「うちとちーちゃん、双子まとめて愛してくれる?」


 咲人は大きく息を吐いた。


「自信はないけど……それじゃあやってみようか」


 こうして三人の中で同意と納得があり——


《三人で付き合っていることは秘密にすること》


 というルールが決まったのだった。


       * * *


 洋風ダイニング・カノンを出ると、すっかり夜になっていた。三人は咲人を真ん中にして並んで駅に向かっていた。


「うち、お腹ペコペコ〜……」


 光莉がお腹をさすりながら歩くと、千影がクスッと笑う。


「今日はママが夕飯を作ってくれてるから」

「うん、おうちまで頑張るー……」


 咲人が苦笑いで光莉を見ていると、反対の腕を引っ張られた。


「あの、高屋敷くん……」

「なに?」

「私のことは千影と呼んでください」

「ああ、じゃあ俺のことは咲人で……」

「じゃあ、咲人くん……——咲人くん……」


 千影は急に顔を赤くして、クスッと可笑しそうに笑った。


「まさか三人で付き合うことになるなんて……思っていたのと違いました。でも、楽しみだったりもします」

「俺もびっくりで……あ、そうだ——」


 咲人はポケットから千影のリボンを取り出した。


「これ、落としてたから返すよ。ゲーセンの前で落ちてたから」

「あ……良かった! とても大事なリボンだったんです! ありがとうございます!」


 千影は受け取ったリボンを大事そうに頬に寄せた。

 すると、光莉が急に二人の前に出た。笑顔のままで正面から二人を抱きしめる。


「うち、咲人くんもちーちゃんも大好き!」

「急にどうしたんだ?」

「どうしたの、ひーちゃん?」

「理由は特にないんだけど、幸せのハグかな?」


 と、光莉が無邪気に抱きついてくる。さっきまで理路整然と三人で付き合うことを説いていた人とは思えない甘えぶりだ。


「あ、そうだ——」


 光莉がゴニョゴニョと咲人と千影に耳打ちする。


「いや、それはちょっと恥ずかしい……」

「ほ、本当に言わなきゃダメなの?」

「えへへへ、決意表明的な?」


 恥ずかしい思いで咲人と千影は見つめ合うが、光莉には敵わないと諦めた。


「わ、我ら、天に誓う……!」

「私たち、う、生まれた日は違えど……あれ? 私とひーちゃんは一緒じゃ……」

「いいから続ける!」

「あ、うん……えっと……だから、三人でこれからもずっとずーっと……!」

「楽しくラブラブでいることを願わん! ……て、感じかな?」


 道端でなにをやらされたのか——恥ずかしくて敵わないが、これが三人にとっての「桃園の誓い」といったところだろうか。


 三人は夜空を仰いだ。


 できればその言葉通り——三人でこれからもずっと一緒にいられますようにと、ビルの谷間から覗く幾千の星に願った。


(ツイントーーク!③ に続く!)


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「じつは義妹でした。/双子まとめて『カノジョ』にしない?」

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次回更新は ……11月5日(日)!


咲人、千影、光莉。3人で付き合うことになって、いったん双子の作戦会議。

まずは奥手な千影が一皮むけるために、デートをすることに!

そこで光莉が、色々と積極的になる方法を企んで……



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