第38話 結婚の真意
「ユウ、大丈夫? 何があったの?」
心配して背中を摩ってくれてるシウだが、ダメだ……彼女に勘付かれることだけは避けなければならない。
「ごめん、シウ。大丈夫だよ。遅刻する前に送ってあげないといけないね」
「学校なんてどうでもいいよ。ユウのことが心配だよ……一体どうしたの?」
本当に自分という人間は、卑怯な人間だ。
自分だって
だが、できることならこんな方法ではなく、直接言って欲しかった。自分達の手で、ちゃんと終わらせたいと思っていたのは自分だけだったのだろうか?
「もしかしてさっきの人……お母さんの」
「シウ、学校に行こう。それが先だ」
彼女の言葉を遮り、ユウはシウの手を取った。何か言いたげなシウを黙らせて、そのまま駐車場へと向かい学校へ急いだ。
無言のままの車内で、二人はそれぞれのことを考えていた。
「ユウはきっと私に気遣ってるんだと思うけど、お母さんが浮気してることくらい気付いてたよ」
「………え?」
あんなに必死に守っていた秘密があっさりバレて、ユウは拍子抜けした。気付いていたって、いつから?
「もうだいぶ前からでしょ? いくら仕事が忙しいからって、あんな外食や外泊が増えるのはおかしいし」
気付いていなかったのは自分だけなのかと思うと、なんて鈍感なのだろうと情けない気持ちに襲われた。しかしシウはそれで傷ついてないのだろうか?
「むしろ私には好都合。早くユウに気付いてもらって、目が覚めて欲しいと思ってたもん」
でも、その一方で心配もしていたとも語り出した。ユウの病的なまでのイコへの献身ぶり。あんなに尽くして、裏切られたら相当なショックを受けるんじゃないかとシウは怖かったのだ。
だから自分がユウの側にいるんだと……少しでも一緒に過ごして、痛みを和らげたいと思っていたと。
「……下心もあったけど」
「その言葉は台無し。でもありがとう。まさか僕までシウに気遣われていたなんて知らなかったよ」
イコさんのことはショックだったが、シウの優しさに触れて意外と大丈夫な自分がいた。
「……そもそも僕は、大事な人を失くすのは二度目だから、人より鈍いのかもしれないね」
そんなユウの言葉にシウも胸を痛めた。
失うことに慣れる必要はない。ユウはもっと幸せになるべき人なのに……。
「ねぇ、何でユウはお母さんと結婚したの?」
それをシウが聞く?
苦笑を浮かべたが、そう言えば何でだろう。
イコさんに赤ちゃんが出来たと知って、自分なりに手助けをしたいと思っていたけど……。
当時のユウは10歳で、支えるにしても何も出来なくてたまに顔を見せるくらいしか出来なかったし、イコも学校に通い続けていたので何も出来なかったのが実状だ。おそらく中学、高校の時も顔こそ出したもの、たまに遊び相手になるくらいで……イコさんの為というよりもシウが寂しくないように会いに行っていたようなものだ。
イコさんのことは、相変わらず綺麗な人だと思ってはいたけど、忙しくて大変そうだ……けど自分で蒔いた種だから頑張るのが当たり前だしと考えるくらいで。
あれ、何でそう思うようになったんだ?
『ユウくん、イコは自業自得。あの子にはシウを育ててる義務があるから。子供が子供を産んだんだから、それ相応のハンディを背負わないといけないのよ。でも勝手に生まされてシウは可哀想でしょ? だからユウくん。あなたがイコとシウを支えてあげて』
———この言葉、誰に言われたんだっけ……?
『ユウくんは二人を見捨てるような薄情な人間じゃないでしょ? ほら、シウもこんなにユウくんに懐いてる。シウの悲しむところが見たいの?』
ずっと、こんな言葉を言われ続けていた気がする。
『ユウくんしかいないの。ユウくんがいないとイコもシウも不幸になる。ユウくんが二人を幸せにしてあげるのよ?』
そうだ、イコのお母さんだ。
ずっとずっと……会うたびにそんな言葉を言われ続けて、自分は二人を守らなければと思ったんだ。
そしてユウが高校卒業し、大学に通い始めた頃、悲劇が起きた。そう、大人になったユウに両親はいない。不慮の事故で二人とも命を失ったのだ。
その時、ポッカリと空いた心の穴につけ入るように仕掛けてきたのがイコの母親だった。
『ユウくん、可哀想。あなたのことを大事に思ってくれる家族はいなくなったね。でも大丈夫。私達が側にいてあげるから。ほら、寂しいならイコとシウと家族になればいいじゃない? そうしたら寂しくないわ!』
『待ってよ、お母さん……! そんな他人のユウに不幸を背負わせるようなことは出来ない! 私は反対だからね!』
『何を言ってるのよ! アンタみたいなコブ付きと結婚してくれる物好き、他にいないでしょう? アンタは黙ってお母さんの言うことを聞きなさい! そもそもアンタが勝手に妊娠したのがいけないのよ……シウさえいなければ、もっと違う人生を歩めたというのに……』
『シウのことをそんな言わないで! 私はあの子を大事に思っているから! 母さんに何で言われようとそんなことは絶対に思わない!』
『はいはい……そう思うなら、アンタは馬車馬のようにせっせと働きなさい。アンタにはそれしか出来ないんだから。子供の為に風俗で働く親もいるのよ? アンタはそんな覚悟もないくせに一人で育てるなんてほざくんじゃないわよ』
一方的な言葉を聞いて、ユウはイコに同情した。あの勝気な彼女が悔しそうに涙を流している姿を見て、いても立ってもいられなくなったんだ。
『……ねぇ、ユウ兄ちゃん。シウはいらない子なの? 私のせいでお母さんは苦労してるの? 私、生まれて来なかったら良かったのかな……?』
———両親の死、イコのお母さんの言葉、イコさんとシウの涙………。
ユウは自分の感情に蓋をして、シウの頭を撫でた。
『大丈夫、僕が二人を守るから』
そうだ、自分は……お母さんからの悪意から二人を守りたいと思って、結婚を決意したんだ。
『ユウくん……、そんなする必要ない。大丈夫よ、私だけでもシウを育てられるから! ユウくんはユウくんなりの幸せを見つければいいの!』
『そんなことを言わないで、イコさん。僕だって二人が苦しむ姿は見たくないし、僕に出来ることは何でもするから。出来ることは何でもさせてよ』
そもそも誰かに縋りたかったんだ……。
家族を欲していたのはユウの方で、寂しかったんだ。
そしてイコも、一人の限界を痛感していた最中だった為、結局折れてユウと結婚することにしたのだ。
全て、イコのお母さんの思惑どおりの結果となった。
・・・・・・・★
「………優しさにつけ込んでいたのは、僕の方だった」
いつもお読み頂き、ありがとうございます! 今回は結婚の真意が前半後半で分かれているのでもう一回公開します。
その為、次の更新は17時05分を予定しております。
続きが気になる方は、フォローをよろしくお願いいたします。
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