幸運のサインライター

ちびまるフォイ

患部へ直接届くサイン

「宅配便でーーす。ここにサインお願いします」


「ああ、はい、お疲れさま」


「あざざしたーー」


帰ろうとしたその時だった。

宅配車までの帰り道に1枚の紙切れが落ちている。

誰かが落とした宝くじの紙らしい。


「あ、当たってる!?」


そのバカでかい独り言に閉めかけていた玄関ドアを開けてしまった。

のぞくと大喜びしている宅配便の人が見えた。


「ああ、うらやましい……。俺が先に気づいていれば……!」


一瞬で宅配便のバイトから億万長者へとジャンプアップした人に嫉妬したが、

ひきこもりの自分が先に宝くじに気づく世界線はなかったなと思った。


数時間後、また別の宅配便がやってきた。

ひきこもりにとってネット通販は生命線。


「ここに……」


「サインね、はいはい」


「っざしたーー」


宅配便の人がまた戻るときだった。

道を曲がったときにいきなり横から高級車が突っ込んではねられてしまった。


「えっ!?」


救急車を呼ぼうとしたが、すぐに宅配便の人が立ち上がって無傷だったので一安心。

むしろ驚いたのは高級車から出てきた人だった。


「オー! 日本のヒト! スミマセーーン!!」


黒服のSPを横にしたがえ、頭にターバンを巻いた石油王が降りてきた。


「ケガはないデスカー? これは治療費にしてくだサーイ」


そういうとビカビカに光る金塊をプレゼントしていた。

またもや自分の目の前で億万長者が誕生するのを目の当たりにした。


「す、すげぇ……」


こんな場面を人生で二度も見ることはあるか。

まして同じ日。


これは何か不思議な力が働いているとしか思えない。

なんとかあの幸運を自分に引き寄せられないか。

その予兆がなかったか。




「あ」



予兆はあった。

自分のサインだった。


ふたりとも自分のサインを受け取った数秒後に幸運に巡り合っている。


「俺のサインは奇跡のサインなんだ! よーーし!!」


中学生が自分のサインを発明するかのごとく、

自分の部屋はサインで埋め尽くされた。



が、いまだに幸運は訪れない。



「……あれ、やっぱりサインじゃなかったのか……?」


次にくる宅配便にもサインを送ると、

その人は数秒後にやってきた現金輸送車の強盗と鉢合わせ。


偶然にも犯人をとっちめたことで莫大な現金と名声を得ていた。


どう考えても俺のサイン効果だった。


「なんで俺には効かないんだよーー!!」


やっぱり自分のサインには幸運をもたらすようだが、

自分に対してだけは効果を発揮しないらしい。理不尽。



やがて、最初の宅配便の人が自伝『どうして私が億万長者に?』を出すと

本の知名度とともに俺の知名度も上がっていった。


ファンにサインすると幸運が訪れるので、

いつしか本よりも俺のサイン目当てに多くの人が訪れていた。


「はーーい!! 〇〇先生のサイン会はこちらでーーす! 1列にならんでくださーーい!」


サイン会会場には人が入り切らず、人数制限が必要なほど。

芸能人も真っ青な人気ぶりだ。


「ここにサインしてください!」

「はいはい」


「私は背中に!」

「はいはい」


サインをされた人は遅かれ早かれ幸運が身に降り掛かった。例外はない。


幸運も体に近い部分ほど効果が高いようで、

サイン色紙よりも身に着けているスマホのほうが効果が高いし、

スマホよりも背中や手に書かれたサインのほうが効果は高い。


サイン会が終わるともうくったくただった。


「はぁ……疲れた……」


「先生、今日もお疲れ様でした」


「なぁ、教えてくれよ。たくさんの人を幸せにしてるのに

 どうして俺はこんなに幸せじゃないんだ……」


「そ、それは。ほら、先生がご自身の幸せを分け与えているからじゃないですか?」


「だったら俺はもうサインを書かずに幸運を自分のために貯蓄するよぉ……」


「まあまあそう言わず」


自分のサインの効果が世間に認められて、人気者としてチヤホヤされているものの。

やっていることは慈善事業に等しく生活は厳しい。


実家の両親からの仕送りがなければ余裕で生活は破綻する。


それもこれも自分のサインが自分に効果がないからだ。


「これだけ人にサインで奉仕しても見返りないんだもんなぁ……」


ぶつくさ文句を言いながらサイン会をあとにした。

家には置き配された荷物が届いている。


「あ、配達きてる……。配達?」


ふと自分の言葉であるアイデアが浮かぶ。


「そうだ。配達だよ。どうしてこのことに気づかなかったんだ!」


俺ははじめてネット通販をはじめた。

販売するのはもちろん自分のサイン色紙。


販売するやいなや、予想以上の大人気ぶりでサーバーが落ちた。


このことが成功の手応えを感じさせる。


「なにも慈善事業でサイン書く必要なんてなかったんだ。

 俺のサインはみんなに求められている。

 だったら、それをお金に買えちゃ良いんだ!」


サイン色紙はまたたくまに売れに売れた。


もともと都市でしかやっていなかったサイン会だったので、

郊外や国内外からもアクセスがありサイン色紙の価値はますます高騰。


バカ高い値段をつけても、億万長者の夢を見てみんなこぞって買い漁った。


「あははは! ボロ儲けだ! やったーー!!」


預金通帳には見たことない金額が並ぶ。


家のお風呂はライオンの口から札束が出るように改築した。

体は洗えない。


もう親の仕送りで命をつなぎとめる貧乏生活ではない。

あらゆる移動を自前のジェット機にするセレブそのものだった。


むしろ自分からは無人島を親に仕送りしてやった。


「がっはっは! 幸運は手に入らなくても、

 金さえあれば幸せは手に入るのだ! わっはっはーー!」


空からお金の雨を降らせて遊んでいるときだった。


「プレジデント。ちょっとよろしいですか?」


「なんだよ。ちょうど今面白いところだったのに」


「プレジデントのお母様が倒れたと……」


「な、なんだって!?」


ジェット機をかっとばして母親が搬送された病院へ急いだ。

母親はすでに機械につながれており、まさに虫の息だった。


「ママンは無事なんですか!?」


医者に詰め寄ると、顔を曇らせた。


「その……なんというか……」


「はっきり言ってください!」


「非常にやっかいな病気で心臓の手術が必要です。

 それでも成功率は1%もないです……」


「そ、そんな……!」


俺は医者に金の延べ棒を押し付けた。


「金ならいくらでもあるんです!

 最高の名医、最高の医療施設、最高の器具。

 なんでも言ってください! 準備します!」


「そういう問題ではないんですよ!

 たとえそれらが用意できたとしても、

 現代医療では成功率が1%もないと言ってるんです!」


「それでも医者ですか!」

「だからこそ悔しいのです!!」


自分の豪遊生活に夢中で母親をないがしろにしていた。

その不運がいまになって襲いかかるとは。


「ご本人に意識がないのであなたに聞きますが……手術はしますか?」


「やっても成功率は……1%にも満たないんでしょう……?」


「ええ。手術をすれば体への負担も大きく、命を落とす可能性もあります。

 仮に手術をしても成功率は1%未満。

 

 手術をせず、このまま緩やかな死を待つというのも選択肢にはあります」


「……」


「どうしますか?

 低い確率ですが、成功を信じてリスクある手術か。

 このまま静かな死を迎えるか」


「そ、それは……」


ちら、と母親を見た。


機械に繋がれ、チューブでぐるぐる巻きにされ、

やっと命をつなぎとめているような状態。


心臓をなんとかしないと、このまま死んでしまうだろう。




「……決めました。手術してください」



俺の決断に医者は顔をうなづかせた。


「……いいんですね」


「そのかわり、医者は自分の指定した人にさせてください」


「わかりました……!」


母親の心臓手術を成功させるにはこれしかない。


どんな名医であっても1%しか成功率はない。

だったら、この方法しか思いつかなかった。



手術当日。


母親は集中治療室に運ばれた。

治療室は緊迫した空気につつまれる。


「先生が入られます!」


助手の声とともに手術室に執刀医がやってくる。


「今回の手術の執刀医です。

 みなさんもご存知のように非常に難しい手術です。

 

 施術にあたっては、私の指示にしたがってください」


「「 はい! 」」


「……そして、どんなにぶっ飛んだ指示であっても

 かならず従うように。命にかかわりますから」


「「 はい!! 」」


「よろしい。では手術をはじめましょう」


執刀医の言葉にますます現場は緊張感がました。

眠る母親の顔を見てから覚悟を決めた。


「手術開始。メス」

「はい」


患部である心臓を目で確認した。

白化したカビのような病気の細胞が見て取れる。


これを除去するなんて、どんなに名医であっても成功率は1%もないだろう。


そして、患部を見てから俺は助手に手を差し出した。



「サインペン」



「は?」


「サインペンを! はやく!」


「は、はい!!」



執刀医に扮した俺はサインペンで心臓にサインを書く。

すると、サインを書いたところから病気がみるみる引っ込んでいった。




かくして、幸運にも母親の病気は完治し元気に無人島で暮らしている。

なおこの手術を担当した医者はいまでも伝説の名医として語り継がれている。

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