呪術心中

市丸あや

第1話

…今日も依頼が来た。


呪術師の俺に呪詛をかけて欲しいと金を積んできたのは、1人の身なりのいい老爺だった。


相手は、大病で床に臥した…己の妻だと言う。


理由は聞かない主義だ。報酬も充分。


まあ大方、若いおんなでもできて、邪魔になったんだろ。


よくある話。


だからちょっとだけ、脅してやった。


「人を呪わば穴二つ」、その覚悟はあるかい?


と。


老爺は黙って頷いた。


サスガ。


妻を呪い殺したいって思ってる人間だな。


イカれてやがる。


鼻で嗤ってOKと言うと、老爺は俺の住処を後にしようとする。


と。


「どうか出来るだけ楽に死なせてやってくれ。」


ハァ…


カケラほどの良心が痛んだのかねー


殊勝なこった。


それとも…脅しにビビったか?


まあ、偶に呪って欲しいと言った奴も巻き込まれて命落としてるから、満更脅しじゃねーけど、敢えて深く話さず、俺は呪いを実行した。





…数日後、件の老夫婦は死んだ。


妻は呪殺。夫は…自殺だった。


何故知ってるかって?


手紙が来たんだ。依頼主の老爺から。


短く、


「安らかに死なせてくれてありがとう。これで心置きなく、地獄に逝けます。」


と。




…その後風の噂で、件の老夫婦はだれもが羨むおしどり夫婦で、妻が床に臥しても、老爺は甲斐甲斐しく看病をしていたと言う。


しかし、苦しみ苦痛に歪む妻の顔を見るのが辛いと周囲に溢していた為、老老介護疲れの末の無理心中だったのかねぇ…と。




…それを聞いて、俺は何となく腑に落ちた。


老爺は妻を誰よりも愛していたのだ。


その愛故に、殺せなかった。


病で苦しむ妻に、更に縊り殺す苦痛を与える事が、あの老爺には出来なかったのだ。


だから、俺のところに来た。


苦しみの少ない呪殺を願ったのも、最期に痛みから解放された妻の顔を見たかったのだろう。




………



まあ、


全ては俺の妄想で、真相は旅立った老爺しか知らない。


ただ、一つだけ、俺は初めて死神あいぼうを呪った。


何故、死神はこの老爺に、人を呪わばのまじないをかけなかったのか。


何故、共に安らかに、眠らせてやらなかったのか。


せめてもの償いに、俺は老爺の遺した報酬で柄にもなく花を買い、使い魔から聞き出した夫婦の墓地へ赴き、それを手向けた。


いつか老爺が、天から伸びる蜘蛛の糸を掴み、妻の待つ天上に行けますようにと、柄にもない…神への祈りと共に…







  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

呪術心中 市丸あや @nekoneko_2556

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ