2-11 恋人ごっこ、其の4
1月17日 土曜日
午前10時、佐野さんとデートへと向かう。
まずは街を少しぶらぶらすることに。佐野さんは走ったりできるほどではないため、ゆっくりと2人で肩を並べて歩く。
「茉莉花ちゃん、服でも見にいく?」
「良いですね、行きましょぉ」
「よかった。あそこの古着屋でも行こうか」
「はい!」
古着屋に入る。佐野さんのペースに合わせるのが今の私の仕事だ。
これ似合いそうとか、これかっこいいとか、そんなことをしていた。
前に優子とショッピングを度々していたことを思い出していた。
今でも優子と連絡はとるが、私が襲われてからは会っていない。
懐かしいなぁと思うと、少し涙がこぼれそうだった。
私はその感情を押し殺し、今は目の前の佐野さんに集中した。
好きでもない相手に合わせるのは疲れるが、今は篠宮茉莉花ではなく、氷上茉莉啞として生きている。だから私であって私ではないのだ。
そう思おうことで、今日を乗り切ろうとしていた。
いつの間にか、茉莉啞としての自分にもだいぶ慣れてきてしまった。
午後1時
「そろそろ、お昼にしよっか」
「そうですね、何食べたいですか?」
「なんでもいいよ。茉莉啞ちゃんが行きたいところに行こうよ」
「えー、ファミレスとかで良いですよぉ」
「本当にいいの?わかった。それじゃあ、ここでいいかな」
そういい、近くのファミレスに入った。
私は腹を満たせればそれで構わない。何ならご飯なんて食べなくてもよかった。
適当にメニューを見て、注文する。
佐野さんはドリンクを持ってくるというが、ここは私が持ってくる事にした。
何が好みかは知らないため、無難な緑茶を選んだ。コップに注ぎ溢さぬように注意を払いテーブルへと運ぶ。
いつくかオーダーしていたメニューがテーブルに並べられていた。
「ありがとう。注文来てるから食べようか」
「そうですね、いただきます」
私たちは食事を始めた。私は食べながら話をするタイプではないが、今の私はお喋りなキャラで行こうと考えていたため、実行に移す。
「具合はどうですか?」
「うん、だいぶよくなったよ。おかげさまでありがとう」
「いえいえ、こちらこそ。そういえばお友達がクリスマスの時に来ていましたが覚えてるんですか?」
「ああ、覚えてないよ。サークルの子達らしいね。茉莉啞ちゃんもサークルにいたの? みんなは茉莉啞ちゃん知らないみたいだったけど」
「私は違いますよぉ。どこであったか知りたいですか?」
「それはもちろん。バイト先とか? バイト先からも連絡あったんだよね」
「違います。秘密にしちゃおっかなぁ」
「もったいぶらないでよ」
「偶然ですよ。たまたまです」
「たまたまって?」
私はここで幸信仰会について説明をした。佐野さんが入れ込んでいたこと。
記憶を失い、幸か不幸か、佐野さんはあの団体からこのままなら手を引けるだろう。だが私は気に食わない。佐野さんを利用できないかと考え、それなりのポジションで精力的に活動していたんだと教えた。サークルが関係あることは少し伏せながらではあるが。
「え、それ本当なの? 俺がそんなことしてたなんて信じられないよ」
「でも、いいところみたいなんで説明会に行ってみたらどうですか?」
「え、怖いよ」
「大丈夫ですよぉ、それに佐野さんがエアローショップのドリンクや商品を誰かに売ればお金も稼げますよ。実際それなりに稼いでいたようですし」
「う、うん。少し考えさせて」
「はい。ごゆっくり」
そんな話をしていると、いつの間にか食べ終わっていた。
私はメイクが崩れていないか心配になりお手洗いに行き、自身の顔面をくまなくチェックする。問題なさそうだ。
この後も数時間は共に過ごすこと考えると、飽きてきたし疲労感も感じ始めていたが、我慢して席に戻った。
「お待たせしました。次はどこへ行きますか?」
「そうだな。観覧車でも乗る?」
観覧車、それは繁華街の外れにある水族館のそばにあった。
既視感を感じた。以前、私が騙して接触を図った時に訪れた場所だからだ。
数年の記憶を失っても、趣味趣向は変わらないものなのかと納得した。
私は笑顔で頷き、歩き出す。
「茉莉啞ちゃんは観覧車好き?」
「え、そんなに乗ったことないのでわからないです」
「そっか、俺はさ思い出があるんだ。よく小さい頃、連れてきてもらってたんだ。上から街を見下ろすと、その時の悩みとかがちっぽけに思えてくるんだ。その感覚が好きだったんだ」
「へえ、そんな思い出が。素敵ですね」
「茉莉啞ちゃんも乗ったらわかるよ」
佐野さんに私の悩みは分からないだろう。そんなことで解決したらこんな私になっていないし、こんな事もする必要ないだろう。
私たちは観覧車へ辿り着くと、今日は比較的、空いていた。
チケットを購入し2人で並び始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます