2-10 恋人ごっこ、其の3
2026年、1月7日、水曜日
カフェ“テリア“は5日から営業を開始していた。
正月明けということもあり少し忙しかった。
私は午後2時からの勤務ということもあり、その前、午前中に佐野さんに面会に来ていた。
「あけましておめでとうございます。佐野さん」
「おめでとう。今年も、というのか分からないけど、よろしく。クリスマスの時、ケーキありがとう。それからもメールしてくれて嬉しかったよ」
「いえいえ、こちらこそよろしくですよぉ。たくさんお喋りしたかったので、また来れて嬉しいです。リハビリは順調そうですね」
「そうだね。そうだ茉莉啞ちゃんに報告なんだけど、来週、退院できる事になったんだ。一つ問題があるんだけどね」
「問題って?」
「ほら、いまだに俺は、俺の中では大学1年生なんだけど、実際は4年生な訳なんだ。だから本来であればもうすぐで就職っていうわけなんだけど、もう一度、大学に通うお金もなくてね。一応、卒論がある程度は形になっていたから卒業はできると思うんだけど、就職浪人になってしまうのが問題かな」
「そ、それは大変ですね。茉莉啞、一緒に大学に行きたかったです」
「そうだよね。でも流石に1年生から通い始めるというわけにも行かなくてね」
「そうですか。でも卒業できそうならよかったですよ」
「ありがとう。ねえ茉莉啞ちゃん、よかったら退院した後さ出かけようよ」
「いいですよぉ。どこ行きますか?」
「茉莉啞ちゃんの行きたいところは?色々とお世話になったし付き合わせてよ」
「それってどういう意味ですかぁ?」
少し惑わせるような素振りを見せると、頬を赤らめさせ硬直していた。
「いや、一緒にどこかへ行こうって事ね」
「そ、そうですよねぇ。それではどこへ行くか考えておきますね」
「あ、ありがとう。楽しみにしておきます」
「それならよかった」
私は今日はアルバイトもあるため、早めに切り上げた。
少し揺さぶってはみたが、これで佐野さんは振り向いてくれるのだろうか?
私の目的は果たされたと言えるけど、満たされない。
こいつをいいように使いたい。とりあえずそれが今の私の願望だ。
私はまた退院の時に来ようと約束をしてきたので、それまで次の作戦でも練ろうと思いながら一回、帰宅しメイクをしなおしテリアへと向かった。
ー午後2時半頃、テリアー
今日は仕事始めの時期ということもあり、そこまで混雑はしていなかった。
勝己さんとバーバラさんが2人で話し込んでいた。
私はコーヒーをオーダーされたので持っていくことに。
「こちらブレンド2つです。ごゆっくりどうぞ」
「ありがとう茉莉花ちゃん。そういえば今年初めてだね。あけおめことよろ」
勝己さんは言うつもりがあるのかないのか、適当な略称で挨拶してきた。
「ノー、勝己さ、ちゃんと言わなきゃダメよ。茉莉花ちゃん、あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」
「はい、2人ともよろしくお願いします」
バーバラさんは相変わらず、優しい様子だった。
「そういえば、お二人は仲がいいんですね。あまり2人でお話ししているところ見ないので。」
「実はバーバラとは色々あった仲でね」
「オー、勝己さん、含みのある言い方しないでください。なんでもないですよ」
「そ、そうなんですか」
2人は過去に何かあるみたいだったが、マイナスなことではないようだ。
絵里さんと接する時よりもバーバラさんも勝己さんに対して心を開いているように感じた。
午後4時頃、お客さんは、ほぼいなくなってしまった。
勝己さんは潜入捜査と称して
私は花さんに言われ、休憩に入った。
事務所へ行くと店長さんが売り上げの計上などをしているみたいであった。
「茉莉花ちゃん、お疲れ」
「お疲れ様です。休憩いただきます」
「どうぞごゆっくり、俺は厨房に戻るよ」
店長さんは気を遣ったのか、椅子から立ち上がる。
事務所のドアに手をかけると、こちらを振り返る。
「そうだ茉莉花ちゃん、一つ聞いてもいいかな?」
「はい、なんでしょうか?」
「踏み込んだ話であればすまない。無理に答えなくてもいいんだが、君は華美な服装で何かしているのか?
人目につかないように警戒してはいたが、奥井夫妻のマンションと私の住むアパートは近いし、昼間でも出歩いているため、目についていたようだ。
店長さんは基本、この店にいるし問題ないと思っていたのだけれど。
「そ、それは、彼氏の趣味で」
そう言う事にしておいた。店長さんは顔色も変えず頷いた。
「そうか、怪しいことでなければ良い。聞いてすまなかったね」
店長さんは納得したのか厨房へ向かっていった。
店長さんには隠し事はなかなか出来そうにない。
だが、これからのことを考えると少々やりにくいが、プライベートは突っ込んでくるタイプではないのが店長さんの良いところだとも思った。
私のドリンクについては突っ込まれたわけだけれども。
1月17日、土曜日
佐野さんは昨日、退院した。親御さんがきていたみたいだったので、次の日である今日に出かけようと約束をしていた。
佐野さんは私とは違い、怪我の具合はかなり回復していたようだ。
午前10時、私たちは都内の繁華街で落ち合った。
偽物のデートが始まった。
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