08 アユミ
「ねぇ。じーさん。じーさん、何で泣いてるの?」
「思い出したんだよ。大切なことを」
「大切なこと?」
じーさん。永田和彦。
じーさんには息子夫婦がいた。
じーさんには孫娘がいた。
でも事故で三人を一度に失った。
だから私は今ここにいるんだよ、と話してくれたことがあった。
「息子夫婦も、あの子も、自分が住んでいる街が好きだと言っていた」
「そうなんだ?」
「そうだよ。それを今までずっと忘れていたんだ」
「それが大切なことなの?」
「ああ。とても大切なことだ」
じーさんはここで言ったんだ。
「アユミ。私はもうすぐ天国に行かなくちゃならない」
「天国?」
「そうだ。天国だ。……私のような人間がそこに行けるかは分からないが。そこにはな。息子夫婦と孫娘がいるんだ」
「じゃあ、もうすぐ会えるんだね。大丈夫。じーさんならきっと行けるよ」
「ありがとうな、アユミ」
そこで一度、静かに目を閉じたあと。
じーさんはあたしの両肩に手を置いて、
あたしを真っ直ぐ見据えて言った。
「――アユミ。お前はここから逃げなさい」
「逃げてどうするの?」
「逃げて友だちを見つけなさい」
「友だち?」
「アユミがこの人なら信じられると思った人のことだ」
「友だちを見つけてどうするの?」
じーさんはここでは答えなかった。
そして言った。
「アユミ。人間の心は硝子のようなものなんだ」
「硝子? 人間は人間でしょ。あたし、じーさんの言ってる意味、よく分からない」
「今は分からなくてもいつか分かる時が来る。アユミならばきっと」
そしてじーさんは言ったんだ。
泣きながら、泣きながら、言ったんだ。
『アユミ。友だちを見つけたら――』
じーさん。あたしね。今なら少しね。じーさんの気持ち、分かる気がするよ。
じーさんが思い出した大切なこと。アユムと同じなんだよね。
あたしがこのガレキの街が好きって思ったこと。これと同じなんだよね。
だから、あたし、決めたよ。じーさんが言ったこと、守る。
「おい、アユミ! どうしたんだよ! ほら、早く行くぞ」
「ちょっとね。考えてたの」
「何をだよ」
「秘密だよ」
「そうかよ」
「うん」
気が付いた時にはアユムはあたしの二、三歩、先にいた。
ふと足下を見ると硝子の破片が落ちていて、
あたしはなんとなくアユムに言いたくなった。
「人間の心は、硝子みたいなものなんだってさ。じーさんが言ってた」
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