03 少年と少女[前編]

 相変わらずガレキの上をひょこひょこと目的地へと進んでいくアユム。


 しかし、目的地に近づくにつれて、軽やかだった足取りが少しずつ重いものへと変わっていった。


「誰にも壊されてないと良いんだけどなぁ」

 ぽつりと呟き、ぜんまいの切れたからくり人形のように、足を止めた。


 その瞬間、

 何かが降って来た。


 天を仰いでみるが、他に落ちてくるものはなかった。

 続いて、何かの正体を知ろうと、地面へと視線を落とす。


 落ちた衝撃で原型を留めていないが何とかラムネの瓶だと分かる物が落ちていた。


「これって、さっきオレが飲んでたラムネ……? まさかな。こんなの誰でも飲むし。……いや、それ以前に何でこんな物が空から降って来るんだよ。って、考えても分かるわけないよな。どうでも良いか。それに、このままここで立ち止まってても仕方ないし、行くだけ行ってみよう」


 首を横に大きく振った後、アユムはまた歩き始めた。


 歩く速度を落としては立ち止まり、また首を横に振っては、また歩き出す。


 そうしている内にやがて目的地に辿り着いた。


 アユムの前方にはまだ家の形を保っている廃墟がガレキに囲まれてぽつんと建っていた。それを見てアユムはほっとする。先程からアユムが心配していたのはこれなのだ。退廃しきったこの街では、人が住んでいないのにも関わらず、誰にも打ち壊されないで残っている家は珍しい。


 扉のない入り口に一歩、踏み入れる。その表情には多少の警戒心が含まれている。というのも、こういう廃墟は既に誰かに使われているかもしれないからだ。その誰かが善良な人間だとは限らない。凶悪な殺人犯が潜んでいる場合だってある。


「誰も、いない、よな?」


 人の気配がないことを確信したアユムは警戒を解いたと同時にぷっと吹き出した。


「久しぶりだからって何でこんなに警戒してるんだよ。オレってバカみてぇ」


 家の中を見回してみる。前に来た時と比べて特に変わった所はない。再び安堵の息を落とす。


 部屋と部屋の間にあるはずの仕切りはない。大分前にここを溜まり場にしていた若者達によって壊されてしまったのだ。二つあった部屋は今では強引に一つの部屋にされてしまった。


「あの時はムカついたけど、こうやって見ると広くなった気がするし……前より良いかも」


 にっと笑みを浮かべ、部屋の隅に片膝を立てて座る。


 アユムはかつてこの家に住んでいた。ここにはアユムの幼い頃の思い出がたくさん詰まっている。


 たくさんとはいっても物心がついた直後に引っ越したので、覚えていることは数少ない。だが、その数少ない思い出がアユムの心に、望郷に似た思いを引き起こしていた。


 ここはアユムにとって、時々、無性に帰りたくなる故郷のようなもので。


 改めて部屋の中を見回してみると、あの場所には何があっただの、あっちにはあれがあっただの、またこういうことがあったなどという過去の記憶がぼんやりと浮かんでくる。


 そうやって記憶を辿っている内にうとうとと微睡み始めた。


 だがその浅い眠りは突然の来訪者によって、すぐに妨げられることとなる。

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