第11話:領主兼ヒーロー
獣人は、その身体能力に関しては人間よりも高いとは聞く。
騎士長の私でも、腕力ではおそらく一歩劣るだろう。
それにしても速い。斬りかかるのがまったく目に見えなかった。
バリアで防御されていなければ、恐らくまったく視認できなかっただろう速さだった。
「あっぶないなぁ。キミ、誰?」
神速の不意打ちを受けても、ダークハンドはあくまでも余裕の態度を崩さない。
正直、こちらとしては混乱を極めていたが。
「チッ、妙な術を……!」
少女はカタナを構えるものの、そのまま動けないでいた。
斬りかかっても、さっきのバリアで弾かれるとしたらどうしようもないのは明白だ。
無駄な攻撃をすることで致命的な隙を晒してしまうことにも繋がる。
ダークハンドの手に掴まれたらどうなるか?
戦槍を溶かしたり、ラザード卿を怪人化させたり……ろくなことにならないのは、さっき見た通りだ。
どうやってかは知らないが、この少女もダークハンドの事を知っているのかもしれない。
「じゅ、獣人だと?」
騎士たちがカタナ少女を見て指さしている。
ああ、そうか。そういえば、獣人は上級居住区には進入禁止だった。
しかし、今はそれどころではないだろう。
獣人に関しての規則うんぬんよりも、今は。
「忘れるなよ……!私は、お前がどこにいようが、必ず殺す!」
カタナ獣人少女は小さな玉を懐から取り出し、地面に叩きつけるように投げた。
地面に着弾した玉は弾け、白煙がまわりに立ち込める。
「なにっ!煙幕か……」
騎士たちはたじろいだ。
だが、ダークハンドは笑い声を上げていた。
「必ず殺すぅ?なるほど、それはこわぁ~いね」
もうもうと煙が漂い、周囲が見えない。
幸運にも一陣の風が吹いて、ようやく多少煙が晴れた時には、すでにあの少女の姿はなく、ダークハンドも忽然と消えていた。
「どこに……」
私がそう言いかけた時、頭上から声が響いた。
実に楽しそうに両手を広げ、ダークハンドはその漆黒に包まれた両腕を広げていた。
「今日はここまでだ、ヴァルブレイザー。いや、中々いい物を見せてもらったよ。また会おう」
ダークハンドはそう言うと、身を翻していずこかへ跳躍した。
「待て!」
そう言ったのは、『彼』だった。
彼もまた、信じがたい脚力で跳躍すると屋根に飛び移り、追いかけていく。
「い……一体……なんだったんだ?」
■
「ぜぇ、ぜぇ、はぁ……」
『変身』を解いた俺は、路地裏で一人、地面に這いつくばるように息を整えていた。
疲れた。
変身してたった数分で、とんでもなく疲れた。
待て!とか言って追いかけるフリをして聖騎士たちを置いていけたのは幸いだった。
もう変身時間が限界ギリギリだったのだ。
「くそ……変身している時は……大丈夫だったのになぁ……」
一人で毒づく。
息を整える間はヒマなので、それぐらいしかやれることがない。
変身時間は、6歳当時で約1分が限界だった。
12歳のいまは、3分ぐらいが限界だ。
変身中は特に疲労を感じないが、変身を解いた時の『ぶり返し』は、変身した時間によって決まる。
もしその限界時間を大幅に超えるような変身をしたら、数日はまともに動けなくなってしまう。
いま、そうなってはかなり困る。
領主として、いまはやることがあるのだ。
「これは……いかん。練習を続けないと……」
さっと怪人を倒して、さっと現場を離れる。
たぶん、いまの俺にできる最大限のヒーロー活動はこれだけだ。
それにしても、あのカタナ少女はなんだったんだ?
突然、「死ね!」とか言ってダークハンドに斬りかかっていた。
しかも怪人呼ばわりされて憤慨してるし普通に会話も出来るようだから、怪人ではないのだろう。
身体能力はめちゃくちゃありそうだった。
なんとかして仲間にできないだろうか?
しかし獣人なんだよなぁ……。
(……いやいや、待て待て。獣人だからこそ、引き込める材料はあるぞ)
そう。
この世界において、獣人は有難いことに人間から迫害されたり差別の対象となっている。
そこで、俺が獣人に対して和睦なり待遇改善なりの政策を打診してやれば、獣人を丸ごと囲い込めるのでは?
(でも時間は掛かるかな?それに、貴族からの反発はすごそうだな……)
こういう、良い人っぽいことを始めようとする君主とか領主が、既得権益を貪る連中から暗殺されやすいという歴史の教訓もある。
そして、現在アドラムの屋敷はガラガラであり、身を守るどころか、掃除しないとすぐに埃まみれになることを心配しなければならない始末。
(……とりあえず、使用人をどうするか決めないとなぁ……)
俺は領主だ。
今日からはヒーローでもある。
今は路地裏で寝転がって、今後について悩んでいるけれども。
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