第10話:ロケットスタート・ユアハート
終末のような暗黒。
絶望の中で、その声は明朗に響いた。
「ロケットスタートでケリをつけてやる!」
右の拳を固く握りしめると同時に、拳からは炎が立ち上ってきた。
燃える右手を後ろに、左手は軽く前に。
まるで投石の狙いを定めるように、右拳を肩の高さまで持ってくる。
「〈ヴァルカン・ブラスト〉!」
跳躍し、拳を放つ。
その動きは一切の無駄がなく。
そして、一切の恐れもなかった。
放たれた拳はサル怪人の横っ面に命中すると、爆ぜた。
「え――――」
今のは、なんだろう?
魔法だろうか?
しかし、拳を爆発させる魔法なんて聞いたことが無い。
眩い閃光が視界いっぱいに広がり、爆発音と共に熱が顔を打った。
怪人は大口を開けた。絶叫と共に、黒い飛沫をまき散らす。
その飛沫も、空中で閃光と共に消えていく。
爆風にあおられ、私は目を閉じた。
ゆっくりと目を開ける。
あとに残ったのは、なにも無かった。
私の眼には、漆黒の外套がはためき、炎の意匠が施されたあのスーツの後ろ姿だけが映っていた。
それは、さっき屋根の怪人を倒した『あの方』だった。
「大丈夫か?」
肩越しに『彼』はそう言った。
これまた見たことも無い兜のような防具で頭をすっぽりと覆っており、その顔は分からない。
バイザーに相当するところから、青みのある緑色の光が発光していた。
優しげにも見えるその『光』に見据えられ、私の身体を凍り付かせていた恐怖が溶解していくのを感じる。
誰もが言葉を失う中、いまは彼だけが、私のすべてだった。
「あははっ、すごいすごい!」
異質なまでにうれしそうな、女の声がした。
その声は私の背後からだった。
『彼』も私も、その声の主に向き直る。
それは、すっかり忘れていたもう一人の怪人「ダークハンド」だった。
はしゃぎ騒ぐ子供のように、飛び跳ねている。
なにしろ声は普通の女性のものだ。
かわいいと思えるのかもしれない。
三日月のように笑った口が描かれた、その奇妙な仮面さえなければ。
「お前は……」
一撃で怪人を屠った彼――『炎の君』が言った。
「ダークハンド。ワタシはいま、そう呼ばれている」
彼の言葉を遮り、ダークハンドが言った。
慇懃に、芝居がかった礼まで取っている。
「ダークハンドだと?お前……」
彼が、ダークハンドになにかを問い質そうとした。
その時だった。
「死ねぇ!!」
怒声と共に、なにか黒い影ががダークハンドの横合いから突進し――バリアのようなものが空間に現れ、その突進を阻んだ。
突進した黒い影は、異国から伝来した武器『カタナ』を持った少女だった。
身長はやや低いが、その動きには一切の無駄が無く、鋭い殺気を持っている。
その少女は、何から何まで、異国のものを身に着けていた。
キモノと呼ばれる服と、カタナと呼ばれる武器。
さらに、カタナを持った少女は、キツネをかたどった仮面を被っている。
この仮面はそれほど不気味ではなく、行商人か装飾品を取り扱う店で取り扱っていそうな、普通の物に見える。
そして――獣人だった。
長い尻尾と、頭の上にある犬種の耳。
「な……なんだ?怪人か?」
騎士の一人が言った。
「誰が怪人だ、誰が!」
カタナ少女はそう言って、騎士にツッコミを入れていた。
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