第8話:天空よりの炎
割って入ったのは、漆黒の鎧に身を包んだ隊長格の聖騎士だった。
鎧の細部には保護の魔力がある
背後には多数の、白銀の甲冑を身に着けた聖騎士を従えている。
この街で、聖騎士の隊長格といえば一人しかいない。
マルヴィナ騎士長。
15歳でこの地位まで昇りつめた天才と名高い史上最年少の聖騎士。
しかも美麗な女性ときては、神殿が広告塔として使わないはずはなかった。
「ああ、騎士長サマか。こんなところまでご苦労様」
驚くこともなく、仮面の女は言った。
「貴様が……
「ああ、そうだよぉ?ちょっとは話がわかるじゃない。そこのウスノロと違ってさぁ」
仮面の女はケラケラと笑いながら言った。
「たわけ!」
マルヴィナは、一瞬で踏み込み、戦槍でダークハンドの仮面のすぐ下――喉笛を突いた。
しかし事も無げにダークハンドはひらりと身を躱した。
が、ダークハンドは素手だ。槍とはリーチが違う。
マルヴィナはもう一歩を踏み込んで、豪快に薙ぎ払った。
しかし、ダークハンドは右手で槍を掴んだ。
洗礼を受けた銀槍だが、瘴気が漏れる右腕に触れられた途端、高熱で焼かれたように溶けていく。
マルヴィナの驚愕は一瞬だった。
ダークハンドの、華奢なはずの脚が振るわれたのが視界に映ったのだった。
「ふんっ!」
腹部を狙った、単なるキック。
どうという事も無いはずの攻撃だが、マルヴィナの直感が死を予感し、腕で防御した。
直感の正しさはすぐに証明された。
大男の放った一撃かのような衝撃が走り、重い甲冑ごと蹴り飛ばされる。
「うぐっ!」
背中から地面に倒れ、痛みに耐えながらなんとか上体を起こす。
ありえない。
どこにあんな力が?どんな魔法を使った?
「ふふん、ワタシとしては遊びたいところではあるんだけど……いまは別の用事があるんだよねぇ」
ダークハンドはそう言うと、無防備に背中を向けた。
さっきの一撃がなければ、油断したと思っていただろう。
だが違う。
実力が違うのだ。こいつと私では。
(それでも……)
私は聖騎士だ。
神殿騎士長としての矜持と、誇りがある。
市民と街を守る義務がある。
「逃がさんぞ……!」
己を奮起させ、立ち上がる。
槍は中ほどが溶け落ちて穂先と分断されてしまったため、剣を抜く。
「熱烈なのはウレシイけどねぇ。ワタシに構ってていいの?」
「何だと……?」
頭上から奇妙なうなり声が聞こえる。
漆黒のトカゲのような頭部をもつ怪人が、火を吹いている。
「くっ……」
そう、そもそもの通報は、火を噴くトカゲ怪人だ。
あの怪人も放置できない。
家屋に及ぼす被害は計り知れないだろう。
背後から絶叫が聞こえた。
投げ飛ばされたラザード卿の肌が変質していく。
黒く、黒く。ぬらぬらと濡れたような体表となり、その頭部は醜いサルのように変化していた。
「ラザード卿……!?」
マルヴィナと他の騎士達の驚愕をよそに、ダークハンドと呼ばれた仮面の女は虚空に話しかけた。
「さて、これでどうなるか……こんなヤツらに負けないでよね?〈ヴァルブレイザー〉」
「貴様、何を言って――――」
その時、マルヴィナの視界の隅――天上から一点の光が降るのが見えた。
光が収束していく。
やがて、それはマルヴィナの目にしっかり映った。
それは魔法の光弾などではなく、輝きを放った――人だ。
屋敷の屋根の上にいるトカゲ怪人、その直上から足を突き出す体勢で――キックを放つように、降下している。
天から降ってきたその人は、屋根に――いや、怪人に直撃した。
轟音と共に降り立ったその人は、黒を基調とした、赤いラインと模様の入った、燃えるようなデザインの、見たことも無い衣服を着ていた。
天空から着地した彼は屈んだ状態から、漆黒の外套を翻し、颯爽と立ち上がった。
トカゲ怪人は、跡形もなく四散していた。
「さて、あとはそこのザコだけか。キミも早く帰ったら?」
ダークハンドの言葉に反応も出来ないまま、マルヴィナは呆然としていた。
なんてことだ。
(あんな――美しい方がいるなんて!)
マルヴィナは、人知れず狂乱していた。
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