第四話 最後の理性
両手にどこからともなく取り出した武器を持ち、シルは破竜に突撃を開始する。
(槍と戦斧の二刀流なんてまともに扱えるわけがない……と普通なら思うんだけどね)
槍も戦斧も本来ならば、それなりの腕力を持つ者が扱う武器だ。それを同時に扱うなど、とても常人の選択ではない。
『なるほど。お前のでたらめな身体強化なら、そのでかい武器を棒切れみたいに振り回すことも簡単だよね』
しかし、常人にはできない所業であろうと、常人ならざる魔力を持つシルならば容易い事だ。
「お前の再生速度はさっきの攻防で大体わかった。素手で戦ればお前の再生速度がやや上だが、武器を持てば俺が削る速度の方が早い」
(なんて重さと速さ……‼ 全力で魔力を纏って応戦しているのに、段々こちらが押し負けている。再生が追い付かない……)
魔力で強化した腕力を最大に活かし、同時に振るう槍と戦斧でシルは破竜に着実にダメージを与えていく。その猛攻はまさに鬼神。
「すっげえ……動きが早すぎて何をやってるのか全くわからん」
ヒュースの目ではシルの動きを追えないが、それでもわかるのは破竜が徐々に追い詰められている事だ。
シルが素手で戦っていた時も圧倒すらしていたものの、致命傷を与えられてはいなかった。肉体が魔力で構成されている破竜は痛みをほとんど感じないため、打撃は効果が薄い。
しかし、武器による傷――特に戦斧による斬撃――は破竜でもそう簡単に再生はできない。
「まずは右腕」
『くっ……』
ついに破竜の防御に綻びが生じ、切り落とされた破竜の右腕が宙に舞った。
「次は右足を貰う」
破竜の再生能力ならば、右腕を繋げる事も新たに腕を生やすことも容易い。だが、当然シルは破竜にそんな暇は与えない。
間髪入れずに襲ってきたシルの追撃を防ぐべく、破竜は右足に魔力を集中させる。
(こいつの攻撃を完全に防ぐのはもう諦めよう。でも、これだけ魔力を集中させれば、一撃で足を切り落とされる無様は晒さないはずだ。攻撃を防ぎ、カウンターを決めてやる)
いくらシルの方が破竜より魔力が多いとはいえ、その差は桁違いというほどではない。全魔力を一点に集中して纏えば、シルの攻撃もある程度は防げるという破竜の考えは間違いではない。
間違いがあったのはもっと根本的な部分だ。
『くっそおお‼ 何が右足を貰うだ……この大噓つきが‼』
シルが追撃で振るった戦斧は、シルの狙い通り寸分違わず破竜の左腕を切り落とした。
「高潔な騎士様とでも戦ってるつもりか? 敵の言葉を鵜吞みにするとは、中々いい育ちしてるじゃないか」
『くっそがあああああ‼』
「やかましい」
破竜の冷静さに呼応して崩れた身体強化の隙をシルが見逃すはずはなく、わずかな隙間を縫ったシルの槍が破竜の胸の中心に直撃し、破竜を背後へと吹き飛ばした。
(駄目だ。このまま戦っても僕に勝ち目はない。それにこれだけの手練れだ。破竜の殺し方も知ってるだろうし……一応鎌をかけてみようか)
「さて、そろそろ終わりにしようか。まだ切ってない手札があるなら早めに切っておくことをおすすめしよう」
『そっちこその武器で本当に僕を殺しきれるのかな? このまま千日手が続けば、先に魔力が尽きるのはお前だよ?』
魔力を常時吸収する破竜の特性がある限り、破竜は半永久的に傷を再生し、シルの魔力は減り続ける。いくらシルでも魔力が切れて身体強化ができなくなれば、このシル有利の状況も容易に反転する。
そしてシルが破竜を倒しきる一手を打てなければ、その状況の反転は確実に訪れる未来だ。
「くだらない駆け引きは止めろ。お前達破竜が核を潰せば完全に消滅することはもちろん知ってる。そしてそうする手段を俺は持ってる」
魔力ある限り不老不死を維持することができる破竜に唯一存在する弱点、それは身体のどこかに存在する【竜核】だ。身体を構成する中心である竜核を破壊されれば、例外なく破竜は消滅する。
(やっぱり知ってるか。もう出し惜しみをしている余裕は無いね。できればこれは使いたくなかったけど……)
「もう何も無いのなら終わりにするぞ」
戦斧を顔の前に突き付けたシルに対し、破竜は物怖じせずに質問を投げかけた。
『破竜化の恩恵を知っているかい?』
「恩恵? まさかお前……」
『そのまさかだよ。破竜が共通して持つ再生能力や魔力吸収能力とは別の能力、恩恵と呼ばれる固有の能力を僕も持っているのさ』
「ここまで使わないから戦闘向けの恩恵じゃないのかと思ってたが、予想が外れたか」
破竜化によって得られる固有能力【恩恵】の事は当然シルも知っている。
その能力の種類は多種多様。破竜の数ほど能力は存在すると言われている。
『戦闘向けではあるんだけどね。ただ、僕の恩恵は発動するための代償が大きいんだ。だからできれば使いたくなかったのさ』
「ふむ、文字通り最後の切り札ってやつか。いいぜ、かかってこい。お前の全てを真正面から粉砕し、俺が勝つ」
『ああ、見せてやる。正真正銘これが僕の全力だ。
◆◆◆
「理性の有無が人と獣の違いだと俺は思ってたが、少し考えが変わったよ。理性を無くして本能がままに暴れ狂うお前は、不思議と人間らしかった」
『――ソウカ……』
破竜の恩恵【
理性を代償に得た破竜の力はすさまじく、身体能力だけでなく魔力まで大幅に上昇していた。
その動きはシルに弄ばれていた時とはまさに別物。シルに傾いていた勝利の天秤は、再び平行に戻ったかと思われた。
「欲望を剥き出しにしたからこそ垣間見える本性とでも言うのかね。実際危ないところだった。今回は俺が勝ったが、どちらが勝ってもおかしくない勝負だったな」
『負ケタノカ……僕ハ……』
体中に無数に突き刺さった武器を見て、破竜はようやく己の敗北を悟った。
「七等級の破竜との戦いでここまで血を流したのは初めてだ。強かったよ。お前は」
口元の血を拭い、嘘偽りの無い称賛をシルは口にした。
『口カラデマカセヲ』
「本心だとも。予定じゃ身体強化だけで勝つつもりだった。それなのに俺の切り札まで切らせたんだ。間違いなくお前は強いよ」
ボロボロの満身創痍の状態で地に伏す破竜に対し、シルは節々に傷を負いながらも重傷は見受けられない。
(初メカラ勝チメハ無カッタカ……)
「勝敗を分けたのは最後の一分間だ。お前、一瞬心が折れかけただろ?」
『アア……見エテシマッタカラナ。オマエトノ決定的ナ差ガ』
シルの指摘は正しかった。
恩恵を発動し、大幅に強化された力を振るっても、シルとの差が埋まることは無かった。むしろ破竜の実力の解放に呼応するように、シルもまた真の実力を開放し、元からあった力の差は開いていくばかり。
『文字通リ全テヲ代償ニシテモ、僕ハオマエニ勝テナカッタ』
理性を失っていても本能が理解した。自分は何をしても目の前の人間には勝てないのだと。
『コノ惨メサハワカラナイサ。オマエノヨウナ全テヲ持ッテイル天才ニハ』
「寝言は寝て言え。俺が本当にお前の言う通りの天才で、全てを護れていたのなら、俺は今ここに立っていないさ」
『ナルホド、オマエモ同ジカ……』
「俺とお前の違いはそう多くない。強いて言うなら、俺の方が少し出会いに恵まれていた。俺は基本的に運が悪いが、縁には恵まれてるんだ」
『ソレガ僕トオマエノ決定的ナ差ダッタカ……』
「そういう事だ。あの時あと一分、お前が諦めていなければお前の魔力量は俺を上回っていた。そうなっていれば、少なくとも今より俺は深手を負っていただろうさ」
破竜は気づいていなかったが、シルの魔力も身体と武器の強化と、破竜の吸収能力によってかなり消費されていた。シルは攻撃の手数と気迫で破竜に魔力の消費を悟らせなかったが、もし破竜の心が折れるのがもう少し遅ければ、破竜とシルの魔力量の上下関係は逆転していた。
「今回は俺に余力があるうちにお前が諦めてくれたから、俺は押し切ることができた。俺には負けられない理由がある。絶対に勝って生き残るという覚悟、それがお前には無かった」
破竜が破壊を望むのは、それが当たり前の事だから。人が息をするように、虫が火に集まるようにそれが本能に刻まれた行動だからだ。そこに誇りや意志は存在しない。
命ある限り破壊を楽しみ、命尽きればただ死ぬだけ。その空虚さが破竜の敗北を自ら引き寄せてしまった。
「破竜であるが故にお前は俺に勝利しかけて、破竜であるが故に負けたのさ。そういうわけでこの一対一の勝負は俺の勝ちだ。同情ぐらいはしてやるが、必要か?」
『モチロンオ断リダトモ。殺スナラサッサトシロ』
「言われずとも。その前に俺はあっちの人の怪我を診てくるから、遺言でも考えて待ってるんだな」
そう言うと、シルは無数の武器で地に縫い付けられた破竜に背を向け、ヒュースの下に歩き始めた。
(――ドウヤラ、僕ニモ運ガ回ッテキタヨウダネ)
恐らくシルは今の破竜ならば身動き一つも取れないだろうと考えて、破竜の竜核を砕くよりも人命救助を優先した。その推測は正しい。
しかし、シルは致命的な見落としをしていた。
(破竜トシテ、タダデ死ヌワケニハイカナイ。コレヲ使エバ僕ハ死ヌガ、サスガノオマエモ無傷トハイカナイダロウ……?)
破竜が共通して持つ特性は、周囲の魔力吸収以外にももう一つ存在する。
それは己の魔力を全て攻撃として放出する、破竜の正真正銘最後の切り札、その名は【咆哮】。
たとえ破竜の中でも最低ランクである七等級クラスであろうと、容易に山一つを吹き飛ばすほどの威力を有する、それが【咆哮】だ。
しかし、その脅威的な破壊力の代償として、体を構成する魔力すら放出するため咆哮を使用した破竜は、竜核を砕くまでも無く例外なく消滅する。
『最後ノ最後デ奢リガ出タナ! 僕ガ死ヲ恐レテ、咆哮ヲ使ワナイト思ッタカ⁉』
既に発射体勢に入った咆哮であったが、シルならば回避は容易だ。が、破竜も何も考えずに咆哮を放とうとしているわけではない。
『サア! ドウスル? オマエナラバ回避ハ簡単ダロウ? ダガ、オマエガ避ケレバ、咆哮はアノ人間二当タル‼』
破竜の狙いは初めからシルではない。
破竜は己の敗北を悟った時から待っていた。シルとヒュースの位置関係が直線上に並ぶこの時を。
シルが咆哮を回避すれば咆哮はヒュースを飲み込み、シルがヒュースを庇えば咆哮はシルに直撃する。
『サア選ベ‼ ドチラガ死ヌノカ‼』
さすがのシルにも咆哮を防ぐ余力は無い。どちらに転んでも確実に一人は道連れにできる一手。
「待ってたよ。お前の竜核周囲の魔力が減少するこの時を」
破竜の策には致命的な見落としがあった。
それは、そもそもこの策を思いついたのは、破竜が自身の恩恵を使用し、理性を失った後であった事。
追い詰めた破竜に対して背を向けたシルの行動は明らかな罠だと、普通なら気付くことができたはずだ。しかし、理性を失った破竜は考えるまでもなく咆哮を放ってしまった。
全てがシルの掌の上だと想定すらせずに。
『――エッ……?』
破竜が咆哮を放とうとした直後、少し離れた木の上で閃光が迸り、雷が落ちたような音が轟いた。
そして、その轟音が破竜の耳に届くより速く、閃光が破竜の胸の中心を背後から貫き、堅牢な肉体と魔力で護られていた竜核が露になった。
『一人ジャナカッタンダネ……ヒキョウモノ』
これまでシルが見せた戦い方は魔力による強化と、竜の紋章という能力を使った手数によるごり押し。この強襲は少なくとも現状判明しているシルの能力では不可能な攻撃方法だ。
ならばまず想定できる可能性は、シルに仲間がいたことだろう。そもそもシルが初めに傭兵団団長と名乗った時点で、仲間がいる可能性を常に頭に置いておくべきだったのだが。
「人聞きが悪い。俺はちゃんと一対一の勝負は俺の勝ちだと言っただろ。そしてここからは俺達【竜と猫】とお前との勝負だとも」
『後半ハ言ッテナイダロ……』
「そうだっけ。まあ細かいことは気にするな。さてと、それじゃあ貰うぞ。お前の竜核」
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