竜の傭兵と猫の騎士

たぬぐん

第一話 破竜

 その日は雨が降っていた。


「もういいよ。シル君」


 傷だらけで地面に倒れているシルの体を、激しい雨粒が打ち付ける。


「シューネ……?」


「まさか本当に私がシル君の事、好きだと思ってたの? そんな必死になって、馬鹿みたい」


 体中の傷に雨粒が沁み、激痛がシルを襲ったが、シルにとってそんなものは何の苦痛にも値しなかった。シルの心を深く傷つけた原因は、目の前の恋人、シューネだ。

 シューネが放った言葉が、ではない。

 シューネの言葉が本心からのものでないことは、その表情を見れば明らかだ。


「もう、無駄なあがきは止めたら? 見苦しいよ」


 シルを見下ろすシューネの頬を伝う水滴が、雨粒だけでないことをわからないほどシルとシューネの関係は浅くはない。

 何よりその歪んだ表情が物語っている。シルへの暴言がシューネ自身をも傷つけていることを。

 だから、シルが絶望したのはシューネの言葉にではなく、シューネにそんな顔をさせてしまった自身の無力にだ。


「二度と私の前に姿を現さないで。さあ、行きましょう」


 シルとおそろいの右耳のピアスを揺らし、振り返ってシューネは歩き出した。今しがた、シルを打ち倒した二人の男と共に。

 離れていく愛しい背中に、届くはずもないとわかっていながらも手を伸ばし、シルもまた涙を流した。


「くそ‼」


 宙を切った手をそのまま地面に叩きつけ、シルは行き場の無い怒りを吐き出す。


(何故だ……何故俺はこんなにも弱いんだ……‼)


 何も守れなかった。

 行き倒れていた自分を拾い、村の一員として迎えてくれた人達とその村を。まるで本当の親子の様に接してくれたシューネの両親を。

 そして今、シルは最も大切だったシューネすらも失った。


「――ごめんね」


「っ……!」


 シューネが去り際に呟いた言葉が、さらにシルに無力感を植え付ける。

 灰色の髪が泥で汚れることも気にせず、シルは頭を地面に打ち付けた。


 もはや言葉は出ない。溢れてくるのは涙だけ。

 どうしようもない絶望と無力感だけが心を支配し、雨が降り止もうとシルの心が晴れることは無かった。

 

 

◆◆◆



 炎は嫌いだ。

 あっという間に広がり、全てを一瞬のうちに奪い去っていく。


 八年前、火に包まれた家に取り残された俺を助けて、爺ちゃんが死んだ。

 小さい頃に両親を失った俺にとって、爺ちゃんは唯一の家族だった。

 爺ちゃんは火傷で死ぬ前に、俺に遺言を残した。


『ヒュース、勘違いするなよ? お前のせいで俺が死ぬんじゃない。俺は俺自身の命よりも、お前の命の方が圧倒的に大切だっただけの話だ。忘れるな。俺も、お前の両親も、ずっとお前の幸せを願ってる』


 体中にひどい火傷を負って、肺も焼けて苦しかったはずなのに、爺ちゃんは最後まで俺の事を想ってくれていた。

 だから、誰よりも幸せになろうと思った。

 ずっと好きだった村の幼馴染と結婚し、子供が生まれた。幸せの絶頂だった。


 それなのに、また炎は俺から全てを奪おうとしている。

 もう二度と奪わせはしないと誓った決意も、血のにじむ努力の果てに身に着けた力も、炎の前には全て無力だ。

 だから、俺は炎が嫌いだ。


◆◆◆


「――なんなんだよお前は。一体俺達が何をしたって言うんだ⁉」


 満月が空に輝く深夜、炎に包まれた村の中、剣を杖代わりにヒュースは片膝をついていた。


『しらを切るな! わかってるんだよ。お前達が僕を見下していたことくらい!』


 片膝をつくヒュースの質問に対し、激情あらわにしたのは、ヒュースの前に立つ竜。

 その身の丈は五メートルを優に超え、背には一対の両翼、頭には二本の角が生えていた。


 目の前で激怒をあらわにする竜は、数時間前には人の姿をしていた。

 人が竜へと姿を変えるという異常事態、しかし、ヒュースにはこの現象に思い当たるふしがあった。


(なんだあの化け物は。まさか破竜……? もしそうなら、あの男は竜人だったってことか)


 かつて竜と人が交わった結果生まれたとされる竜人。伝聞によると、竜人の中でも選ばれた一部の者は、異形へと姿を変えることがあるらしい。その姿を破竜と呼ぶ。


(破竜化のトリガーになるのは感情の高まり。ここまで判断材料が揃ってる以上、これが爺ちゃんの昔話に出てきた破竜なんだろうな)


 目の前の破竜が今の姿になる寸前、理由はわからないが、彼は何かに怒り、憎悪すらしているようであった。

 その後に彼は竜となった。しかし、彼の怒りの理由がヒュースにはわからない。


『なぜお前達は竜人というだけで僕を見下すんだ⁉ 僕だって好きで竜人に生まれたわけじゃない! それなのにどうしてこんな扱いを受けなければならない?』


「言いがかりだ! 俺達はあんたが竜人だってことも知らなかった!」


 ヒュースの言葉に偽りは無い。

 そもそもの事の始まりは、三日前に村の前で倒れていた男を、村の子供が発見した事だった。

 村人達はその男を助け、この三日間食事と寝床を与えてかわりがわり看病をしていた。


「やっと昨晩目覚めたかと思えば、夜中になって急に暴れ始めやがって……! 数時間も話してないのに、あんたを竜人だと見抜けるはずがないだろう⁉」


 ようやく男が話せる程度に回復したのは昨夜の事、今から約六時間前だ。

 ほとんどの竜人は見た目では人間と判別しづらく、短時間で見分ける事は困難を極める。更に村人からも男を竜人と疑う声は全く出ていない。


「見下していたという発言も全く意味がわからない。行き倒れていた人間を見下す人間がどこにいるって言うんだ⁉」


『黙れ‼ お前がなんと言い訳しようが、僕にはわかる。口では甘い言葉を囁きながら、腹の中では僕を憐れんでいたんだろう? 僕を自分達より下等だと決めつけ、施しを与えることで自己肯定感を満たす時間はさぞ楽しかっただろうな』


「――なんだそれ……そんな被害妄想であの夫婦を殺したのか⁉」


 見ず知らずの男の介抱を申し出たのは、村に進む一組の夫婦だった。

 とにかく穏やかで優しい二人で、ヒュースの妻の妊娠がわかった時には、自分たちの事の様に喜んでくれた。


 数年前に幼い我が子を喪ってなお、何を恨むでもなく他者の幸せを心から祝福できる善性にヒュースは憧れていた。彼らのその在り方は、死の間際まで孫の幸せを願っていたヒュースの祖父に通じるところがあったから。

 その夫婦を、男は破竜化した直後に殺したのだ。


『被害妄想じゃない。奴らの言動から僕を家畜以下の畜生と見ていたのは確実だ。何の罪も犯していない僕をそんな目で見たんだから、殺されても文句は言えないだろう?』


「仮に彼らがあんたを見下していたとして、他の村人まで殺したのは何故だ? あんたは村人とまともに話してもいないだろう?」


『人間は同調する生き物だからさ。誰かが罪人に一投目の石を投げれば、それを皮切りに次々と石を投げるようになる。罪人への制裁を大義名分に。だから殺した。僕を蔑み、否定する前に』


「――はぁ?」


 多くの国では、破竜は害獣ではなく災害として認識される。

 上位の個体になれば、単体で国すら落とせる破竜も存在するくらいである。

 これまでヒュースは破竜が災害として認識されるのは、その破壊規模が理由だと思い込んでいた。しかし、それはとんだ思い違いだったとヒュースは気がついた。


「そこに一切の理由は無いんだな。ただ、この世の全てが憎くて、だから破壊する」


『そうだ。僕は僕に関わる全てが憎い。己の偏見で僕を排斥全てが。そして、僕に関わらない全てもまた憎い。苦しむ僕に目をくれず、自身の幸せを享受する全てが』


 同じ言葉を話しているのに、全く理解の及ばない思考と行動原理。理解が出来ないということがここまでの恐怖を生むのだと、この破竜との問答でヒュースは実感するに至った。


「そりゃ災害扱いされるはずだ。地震や山の噴火とまともに会話できるわけがないな」


『ほら、やっぱりだ。お前も僕を否定する。だから殺す。僕は何も間違えていない』


 自らを棚に上げ、完全に破綻した論理を言い放つ破竜との会話を諦め、ヒュースは手に持つ剣を破竜に向けて構えた。


(なんとか話し合いで解決できないかと思ったけど、これはそれ以前の問題だったな……もう覚悟を決めるしかない)


 戦闘を行わずにこの場を切り抜けられるかもしれない可能性を捨て、ヒュースは戦闘体制に移行する。大切なものを守るために。


「アン! こいつは俺が食い止める。その子を連れて逃げろ!」


 破竜から一瞬たりとも目を離さないまま、ヒュースは息子を抱く背後の妻に向かって叫んだ。

 もうこの村の生き残りは自分達のみで、誰かが助けてくれる可能性はほぼ無い。もはや家族三人揃って逃げる選択肢は存在しない。


「そんなことできるわけないでしょ! これからじゃない……私達の幸せは!」


「わかってる」


「それなら一緒に……」


「それはできない。それは君も重々承知だろ? この怪物から三人で逃げるのは不可能だ。だから俺は戦うよ。大切なものを守るために」


 親になってまもないヒュースであるが、一つだけわかっていることがある。

 それは、子の幸せは親の幸せであるということ。ならば、息子のために戦うことは、ヒュース自身の幸せを守るための戦いと同義だ。


「そんな……それじゃあおじいちゃんの最後の言葉はどうなるの⁉︎」


 ヒュースの祖父が死に際に願ったヒュースの幸せ、その願いは常に道標としてヒュースの心の内にあった。

 だが、今のヒュースには祖父の遺言よりも優先すべきものがある。


「じいちゃんの遺言優先して妻と子を見捨てなんてしたら、それこそじいちゃんに顔向けできない」


「ヒュース……わかった。ありがとう」


 あらゆる言葉を飲み込み、最後にヒュースへ一瞥を向けて、アンは走り出した。

 夫の命懸けの覚悟を決して無駄にしないために。


「すまない。待たせたな」


 逃げる二人の背を見送り、これで思い残すことは無いと、ヒュースは破竜へと意識を向けた。


『気にすることはない。お前達と違って僕は心が広い。今生の別れに水は差さないさ』


「それはありがたい。こういう時は……そうだな、ここから先に進みたければ、俺を倒してからにしろ……かな?」


 抜いた剣を破竜に向かって構え、ヒュースは慣れない啖呵を切る。


「それじゃあ遠慮なく」


 ヒュースの言葉に応じて破竜が動くより速く、ヒュースは勢いよく破竜に斬りかかった。

 破竜との戦闘において後の手などありはしない。体の頑丈さと魔力量、そのどちらにおいても人間では破竜には勝てない。


(目的を見失うな。アン達が逃げる時間を稼げればいい。主導権を握られたら瞬殺される。命尽きるまで攻めの手を緩めるな……!)


 こう見えてヒュースの戦闘力は村一番。破竜を倒すことはできずとも、多少の善戦はできるはずとヒュースは考えていた。


「まずは脚を貰う‼」


 初めにヒュースが狙うのは、破竜の機動力の削減。そのためにヒュースは、破竜の脚と次点で翼を攻撃目標に定めた。


「うおおおおぉぉぉ‼」


『こ、この力は……⁉』


(未来の事なんて考えるな。今はこの数秒があればいい。これまでの努力と、今ある全ての魔力を出し切れ‼)


 剣と全身に魔力を纏う事で剣の硬度及び身体能力を大幅に強化し、ヒュースは正真正銘、現状繰り出せる最高の斬撃を破竜の脚へと放った。

 ヒュースがその胸に抱くのは、自らの命を顧みない確固たる覚悟。その覚悟は、本来のヒュースの力を大幅に引き上げていた。


 しかし、現実は非情である。


「あ……」


 ヒュースが放った斬撃により、ヒュースの剣は軽い音を立てて半ばからへし折れた。


『フハハハハハ‼ できるわけないないだろ? お前みたいな下等生物が、この僕の体を傷付けるなんて』


「そんな……」


『感じないかなぁ。お前みたいなちっぽけな魔力じゃなくて、僕の体から溢れ出る圧倒的な魔力を。逆にどんな頭してたら、その程度の身体強化で僕を倒せると思えるのかな?』


 折れた剣を見つめて動かないヒュースを見下ろし、破竜は得意げな顔で語り始めた。


『魔力を纏わせて身体能力や武器の硬度を強化する。誰もが当たり前にやっている事だけど、だからこそ差は生まれやすい。その差を最も大きく生み出す要素は何かわかるかい?』


「――魔力量だ」


『わかっているじゃないか』


 ヒュースと破竜の間にあったのは、純粋に保有する魔力量の差。

 少なくともヒュースの推測では、破竜の魔力量はヒュースの十倍以上は確実だ。


『お前如きの魔力量じゃ木の枝を鉄ぐらいの硬度にするのがやっとかな? だが僕ならば木の枝ですらダイヤモンドと同等レベルに強化できる。おこがましいんだよ。時間稼ぎ程度なら可能と思う事すらね』


「そうか……それもそうだな」


 わかりやすく目の前に突き付けられた格の違い、それはヒュースの心を折るには十分だった。

 誰しも一番大切なのは自身の命。全く勝ち目の無いことがわかりきっている戦いに身を投じる者など滅多にいない。


『ようやくわかったかな? そうだな……跪いて命乞いをするなら命だけは助けてやらないこともないけど?』


「何のつもりだ?」


『自身の身の程を理解した君の知性、そして僕に一度は立ち向かったその勇気を讃えての褒美さ』


「――代わりにあの二人を助けてもらう事は……」


『当然却下だ。僕は破竜、平和と対極に位置する存在。その僕が平和の象徴である女子供を見過ごすなんてあってはならない』


「そりゃそうだよな……」


 ダメもとの提案を予想通り却下され、仕方なくヒュースは地面に膝をついた。


『それでいい』


「お願いします破竜様、どうか……今すぐくたばりやがれ下さい‼」


 破竜の要求通り膝をついたヒュースの口から命乞いの言葉が発されることは無かった。

 しゃがんだ体勢から思い切り飛び上がったヒュースが繰り出した拳による一撃が、完全に油断していた破竜の顔面に深く突き刺さった。


『お、お前ええええええええ‼』


「わかっていないのはお前だ、破竜。俺は初めから己の命を惜しんではいない。命を賭してでも大切な者を守り切る。俺にとってこの戦いはそういう戦いだ! お前には一生わかるまいがな」


 勝ち目の無い戦いに挑む者がいるとすれば、それは命より大切な者を持っている者。たとえ戦いの先に待っているのが逃れられぬ死であったとしても、そんなことは今のヒュースには関係無い。

 己の命の使いどころは、息子が生まれたあの日に既に定めた。


「無知なあんたに一つ教えてやる。子と妻のために戦う父親って奴はこの世界で一番しぶとい。俺を殺したいのなら最後まで念入りに殺しきるんだな‼」


 圧倒的な実力差を見せつけられながらも、折れた剣を破竜に向けて一歩も引かない姿勢を取るヒュースを見て、破竜は大きなため息をつく。


『はぁ……やめたやめた。お前の言う通り、お前を殺すのは骨が折れそうだ』


「本当か……?」


『お前みたいに死ぬ覚悟決めた人間を殺しても、何だか勝った気がしないんだよ。だからやめた。お前を殺すのはね』


 一瞬表情に光が見えかけたヒュースであったが、意味深な表情を浮かべた破竜を見て、すぐに最悪の予感がヒュースの脳裏をよぎった。


「待て……今俺を殺すのはって言ったよな? あんた、まさか……‼」


『勘がいいじゃないか。お前の予想通りだよ、お前を殺すのはやめる。だから次は逃げたお前の妻と子を殺すことにしよう』


 ヒュースが十二分に理解したと思っていた破竜の持つ悪辣さ、しかしそれはほんの一端に過ぎなかったとヒュースは思い知らされた。


「ふざけるな‼ そんなことさせるか‼」


『遅い』


 とにかく破竜の凶行を阻止するべく、再び破竜へ攻撃を仕掛けようとしたヒュースが動くより速く、思い切り振り回された破竜の尻尾がヒュースの体の側面を直撃した。


「がはっ……!」


 咄嗟に体を魔力で強化したにも関わらず、ヒュースの体は真横に吹き飛び、瓦礫の山に衝突することでようやく停止する。


(何を……された? 体が動かない……)


『止めておけよ。明らかに体中の骨が折れてる。それ以上動いても死期が早まるだけさ』


 もはや自力で立つことすらままならないダメージを負いながら、それでもまだ立ち上がろうと、ヒュースは地面に剣を突き立てている。

 そのヒュースの姿に目もくれず、破竜はヒュースに背を向けて、背中の両翼を羽ばたかせた。


『そこで自分の無力を噛み締めてなよ。すぐに二人の首を持ってきてやるからさ』


「待て……‼ ぐっ……」


 やはりヒュースの受けた傷は重く、再びヒュースは地面に倒れこんだ。


「くそっ……くそっ……‼ 俺は……また……‼」


 破竜が言った通り、際限の無い無力感と己への怒りがヒュースの心の内を支配した。

 一体これまでの努力は何だったのだろうか。

 家族を養うために農作業に励み、合間に剣の鍛錬を行う。祖父に胸が張れるように、幸せになるための努力をヒュースは常に怠らなかった。

 

「その努力の果てが、これか……?」


 所詮凡人の人生などこの程度。どれだけ望む未来のために血のにじむ努力を重ねたところで、絶対的強者の気まぐれ一つで努力は全て無に帰す。

 強者に怯えながら、自分の生活が脅かされないよう祈って日々を生きる。それが弱者の生きる道だ。

 だが、それが何だと言うのか。


「動け……動け……‼ 俺の体……‼ 自分が凡人だなんてとっくの昔に自覚してる。それでも強くなりたいと願ったのは、今この時のためだろうが!」


 村の中で一番魔力量が多く、戦いでは誰にも負けたことがないヒュースであるが、これまで自身を強者だと思ったことなど一度も無い。

 それは稀に村に立ち寄る傭兵や、定期的に巡回に訪れる騎士団を見れば一目瞭然。真の強者とヒュースでは、既に纏うオーラからしてレベルが違うと嫌でも自覚してしまう。

 それでも相手が自分より強いからといって、それは全てを諦める理由にはならない。たとえその相手が破竜であったとしても。


「動っけえええええええぇぇぇぇぇ‼」


『ぬあああああああああぁぁぁぁぁ‼』


 無理にでも体を動かそうと声を張り上げたヒュースの目の前に落ちてきたのは、羽が生えた大きな二足歩行のトカゲのような生物。その姿はどこからどう見ても、今しがた飛び立ったばかりの破竜であった。


「な、何が起こったんだ……」


「――おっと、よかった。まだ生存者がいましたか」


 状況を理解できないヒュースに声をかけたのは、背中から落ちてきた破竜の腹に乗っていた人物だった。


「あんたは?」


「これは失礼。名乗り遅れました」


 名を聞いたヒュースの質問に、破竜の腹の上の人物は被っていた外套のフードを脱いでヒュースの目を真っ直ぐ見据える。

 夜空に輝く月光を反射した銀色の髪を持つ青年は、破竜の腹の上で仰々しく名を名乗った。


「傭兵団『竜と猫』団長、シル・ノースと申します。以後お見知りおきを」


 災害と同一視される破竜を足蹴にしながら、男はあくまで余裕のある態度を崩さなかった。

 その異常事態を目にしたことでヒュースの脳の容量は完全にオーバーし、何も言葉を返すことはできなかった。

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