第57話 殲滅作戦開始

「かなり人を殺すことに反対されている中よく魔法で要塞を攻撃するって選択出来たね」


 森の中を進みながら僕はそんな質問を一人の魔法使いへとしてみた。


「俺は魔物のオモチャにされた女性がどうなるか身をもって知ってるからな……」

「そうか、それでも選択出来たことは今後君の糧になるよ。謝罪はしないが感謝はさせてくれ」

「気にしないでいい。それよりもアンタの言うように今回の選択を糧にするためにもまずは魔物の殲滅を成功させないといけないからな」

「それもそうだね」


 彼の言い方や雰囲気は身内、またはそれに近しい人が犠牲になった者のそれだ。そして犠牲になった女性がどうなるのかさえも。


 人の世界に戻れたとしても人として扱われない人生が待っているのだ。結局相手が魔物から人に変わるだけの人生が。

 奇跡的に人として生きることが出来たとしても一生何かに怯え、迫害を受ける人生を送ることになる。

 そしてどちらに転んだにせよ、遠くない未来には自殺をする。


 それが魔物に犯され、魔物を孕み産まされ、オモチャになった女性の末路だ。

 かろうじて犯されただけであれば住む場所を変えて何とか残りの人生を人としてまともに送る女性もいるが、魔物を産んでしまった女性は大体が自殺を選ぶ。


 だからこそ、女性のことを考えるのであれば早急な救助は必至だ。必至ではあるのだが、ミイラ取りがミイラになっては意味が無く、ランクの高い冒険者ほど救助を遅らせる。

 今捕まり犯されているだろう女性よりも今後現れるかも知れない新たな被害者を出さないことの方が優先されるからだ。


 だから僕たちは危険だと判断した時点で撤収を決めて町へと戻り、仲間を増やすことにした。

 下手な正義感は死に近づく行為だからね。正義感がどれだけの冒険者を殺して来たか……。


 ルーキー時代に嫌と言うほど見て来た先輩冒険者の末路を思い出していると、魔物の巣窟近くまで辿り着いた。


「ホープ、行動阻害系のデバフ、スロウ系か麻痺や睡眠でも構わない。要塞周りの魔物たちも一度で全て範囲に入れられるか?」

「無茶を言わないでくれるかい? そこまで出来るデバッファーなんて僕は見たことも聞いたこともないよ」

「そうなのか? お前なら出来ると思ったんだが、今日は勘が冴えない日か」


 勘が冴えない? 冴えまくっているよ……。恐ろしい人だ。この人は勘だけで僕のことを自分たちと同等かそれ以上のレベルだと考えていた。


「はぁ、まあ連続で使えばいけない事もないからそれでいいかい?」

「十分だ。全員のバフが完了したらお前のタイミングで始めていい。開幕のデバフは全てお前に任せた」

「なら僕が3回<範囲鈍化エリアスロウ>を唱えたら攻撃開始で頼んだよ」

「3回でいいのか、了解だ。その後は要塞とその中を対象としたデバフを頼んだ」

「了解」


 3回の詠唱で要塞付近の魔物全体にデバフを行き渡らせることの出来るAランク冒険者はそこそこいるだろう。だから僕は元Aランクパーティーの冒険者として、不自然にならない程度の申告をしておいた。


 それにしても久しぶりに戦闘で超広範囲デバフを使うなぁ。発動場所と範囲を間違えないようにしないといけないね。


 少し息を吐いて集中する。開幕を任されたのだから、必ず全体に3回の詠唱でデバフをかけるためにも神経を研ぎ澄まし、全てのバフの詠唱が終わるのを待つ。


 この神経を研ぎ澄ませている時間は好きだ。やるべき事が一点に集約していて、程良い緊張感はまるでこの空間全てを僕が把握し、支配しているかのような全能感を感じさせてくれる。


「<範囲鈍化エリアスロウ><範囲鈍化エリアスロウ><範囲鈍化エリアスロウ>」


 全てのバフが終わったと感覚で理解した僕は、誰に言われるでも無く、最短最速で<範囲鈍化エリアスロウ>を3度唱えた。

 あまりの速さに魔法使いの人たちが反応出来なかったけれど、そこもしっかり計算にいれて新たに別の魔法を要塞とその中にいる魔物たちへ唱える。


「 <範囲耐性弱化エリアトレランス><範囲軟化エリアディフェンスダウン><範囲崩壊エリアコラプス><範囲無気力エリアレサージー>」


 ここまで僕が詠唱し終わると、やっと冒険者たちの攻撃が始まった。

 普段ならあり得ない程の力を得たCランク冒険者たちは、まるで的当てゲームでもしているのかと言いたくなるテンションの高さを見せている。


「単純な奴らだ」


 エリーはそう呟いたけれど、エリーにバフをかけるとよくテンション上げてる気がするんだよね。他人のこと言えないんじゃないかな?


「ホープ、お前のコラプスで要塞が悲鳴をあげているが攻撃させる意味あるのか?」

「確実に壊して中にいる魔物を殲滅するなら攻撃するべきだよ」

「そうか? 自重で崩壊しそうだが、お前がそう言うのなら攻撃させよう。魔法使いは自分の持つ最大威力の魔法を要塞に叩き込め!」


 ギチギチ、ミシミシと何かが擦れあったり重さに辛うじて耐え抜く音が要塞から聞こえて来た事で、ブス専が呆れたように聞いてきたけれど、確実に殲滅するなら攻撃は必要不可欠だ。だから攻撃をしないと言う選択肢は取ってほしくない。


 そして魔法が数発要塞に当たった事で要塞は自重を支えることが出来なくなり、一気に崩壊した。


 まるで城を落としたような光景に、その場にいる全員が声を上げて喜ぶ。


「第二陣に備えろ!」


 別に要塞だけに魔物が居るわけでは無い。それに要塞が崩れただけで中にいる魔物全てが死んだとは言い切れない状況での油断は禁物だ。

 そこまで理解して声を上げたブス専は流石Aランク冒険者と言ったところだね。絶対の自信を持っていながらも油断は見せない、これが強者の正しい姿だ。


 かなりの魔物を殲滅した事を確認した【憧憬無頼アウアビジョン】と【黒鉄飛龍アイアンドラゴン】は、この場を僕たち【捕食者プレデター】へ任せて本陣へと突っ切って行った。

 道中襲ってくる魔物は全て【黒鉄飛龍アイアンドラゴン】が倒して【憧憬無頼アウアビジョン】に極力無駄な戦闘をさせないようにしている。


「それじゃあ最後まで油断せずにやろう! 必ずトドメを刺すのを徹底するように!」

『おおっ!』

「A班は向かって右側、B班は左側、C班とD班は【憧憬無頼アウアビジョン】たちを追いかける魔物の殲滅! E班は要塞から出てくる魔物の殲滅! 残りは外からの攻撃に備えて防衛だ! 作戦開始!」


 事前にある程度決めていたことではあるが、僕は改めて全体へ指示を出す。この指示があると無いとでは作戦の成功率がかなり変わってくるからね。

 自分たちのやるべき事を再確認すればそれに集中することが出来て余計なことを考えなくてすむのだ。


 僕の号令でCランク冒険者たちが動き出し、一匹ずつ確実に命を奪って行く。

 これなら僕はあまり手を出さなくて大丈夫そうだな。逆にラシャドは空から魔物を殲滅してくれている。かなりのスピードで倒して回っているので、この場で一番活躍しているんじゃないか?


「ジェネラルが3匹外から来ているな」

「それどっちの? オーク? それともオーガ?」

「オーガだ。3方向からそれぞれ来ているがどうする?」


 外からオーガジェネラルが3匹ってCランク冒険者じゃほぼ負ける相手だ。束になっても勝てない可能性が高い。

 3方向ってなると、僕が1匹、エリーとラシャドで1匹、ベンとアデラインで1匹かな? ベンを隠して戦うならアデラインと共闘させるのが最善だしね。


「1匹を僕が、他の1匹をエリーとラシャドが、残りの1匹はアデラインが時間を稼いで。出来るかい?」

「任せておけ」

「ホッホッ!」

「アウ!」


 僕の指示にそれぞれ任せろと答えてくれる。ベンも影からバレないように軽く僕の足を叩いていた。


「それじゃ行くよ」


 それだけでエリーたちはすぐにオーガジェネラルの元へと駆け出して行き、僕も1匹だけど討伐するために駆け出した。


「これはこれは、エリーたち大丈夫かな?」


 オーガジェネラルと対峙すると、明らかにダンジョンで戦った奴よりレベルが高いと直感で分かった。

 そして手には大人の男と変わらぬサイズのバスタードソードを持っている。あれは恐らく冒険者を倒して手に入れた物だろうね。


「<脱力ウィークネスズ>、じゃあバイバイ、<停止ストップ>」


 脱力させたことでバスタードソードを振り回すことが出来なくなったオーガジェネラルは、辛うじて腕を振って僕へ攻撃をしようとするが、振り始めの時点で停止させられ攻撃も防御も出来なくなり、僕に首を飛ばされる。


「さてと、エリーはどうせギリギリまで僕の力を借りたく無いだろうしアデラインの方に行くか」


 僕はそれだけを言い、周りでオーガジェネラルとの戦いを心配そうに見ていたが呆気なく終わった戦闘に驚き、士気を上げた冒険者たちに見送られながらベンとアデラインの下へと走るのだった。

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