第2話 鍋パ?なのだ


「アヒャヒャヒャヒャ!!!! 朝起きたら、女になったとか、はぁ、ウケる」


テーブルを挟んで目の前に座っている女は、相変わらず気持ち悪い笑い方で俺を嘲笑してくる。


「いやウケねぇよ」

「いやウケるだろ。友達が女体化したんやぞ。意味不明すぎて笑える」

「いやウケねぇよ。マジでこっちは困ってるんだ。意味不明すぎて。てか、鍋は?」

「いーやウケるね。こんな珍妙な事態を目の当たりにできるあたしはツイてる。神様あざす!」

「ウケねぇって。お前も突然男になったら困るやろ?あと鍋は?なぁおい鍋は?」

「ウケるって。第一、あたしは女しか恋愛対象として見てないから男になる方がかえって都合が良いね」


「いや、鍋ぇぇぇぇぇぇぇぇぇえええええええええ!!!!!!!!!」


「わっ」


先行きの見えない今後について頭を悩ませていた俺のもとへ届いたのは、目の前で豆鉄砲食らったような顔をしている女、二乃原にのはらつばさからの鍋パーティーの招待状だった。

あのまま部屋に1人でいるのは何だか心細かったし、心にまとわりついたモヤモヤしたものを、今最も気心の知れた友人であるこいつと話していればちょっとでも取り払えそうな気がしたので、俺は誘いに応じてこいつの家に来てみたのだが⋯⋯⋯



鍋がない。



にも関わらず二乃原は平然と何の問題も起こっていないかのように振る舞うので、思わず叫んでしまった。


「びっくりしたぁ⋯なんだよ。もしかして鍋とおナベを掛けてんのか?まぁまぁ上手いやんけ」

「違ぇわ!もつ鍋の方の鍋だわ。鍋パーティーするんだろ?なんで鍋ないの?」


「あー、鍋パーティーね。中止です」


「⋯⋯⋯は?」

嘘だろ⋯楽しみにしてたのに。

「なんで中止なんだよ」


「いやさぁ~あたし今カレー食いたい気分なんだよなぁ。てことでカレーパーティーに変更です」

「勝手すぎるやろ!」

もう口が鍋の口だったのよ。なのにカレーだと?


「それにうち鍋ないしな。よくよく考えたら」

「⋯⋯は?じゃあ元々どうやって鍋するつもりだったん?」

「えっとね⋯」

率直に疑問を投げかけると、二乃原はテレビが置いてある台の下から何かを取り出した。


「これっス」


「おま⋯⋯⋯⋯⋯正気か?」


キチガイが取り出したのは、「穴あきボウル」だった。


「それ野菜とか洗うのに使うヤツじゃねぇか」

「形状的に鍋っぽいから行けるかと」

「いやいや穴から汁がダボダボこぼれるわ!あと蓋もねぇし」

「やっぱ無理か!アヒャヒャヒャヒャ」


「⋯⋯⋯」


こいつの場合、これが冗談じゃないからタチが悪い。

二乃原は整った顔にスタイルも良く、「綺麗めな金髪ギャル」といったような容姿をしてはいるが、全くモテない。

それは、本人が同性愛者ということと関係しているのかもしれないが、俺はそれより、各所でこのような奇行をしているせいでそもそも寄り付こうとする人がいないせいじゃないかと睨んでいる。

大学でも1人でいるところしか見たことがないし。

それに実際、俺も「相変わらず今日も太ももがエロいな」とか思うぐらいにはこいつを性的な目で見ることはあるが、常軌を逸した数々の言動を目の当たりにしてきた今となっては、こいつと恋愛関係になりたいとかは一切思わない。もはや男友達に近い感覚で接している。


「てことで、カレー作るぞ~」


二乃原はキッチンで調理を開始するようだ。

てか、カレー確定かよ。ちょっとは俺の要望を聞くぐらいはして欲しいものだ。一応客なんだし。

まぁぶっちゃけカレーでも全然良いんだけど。


「あ」


「どうした?」


「カレーのルウがねぇわ。ルウの代わりコーラでも良いか?」


「良いわけねぇだろ!イカれてんのか!?いやイカれてんな!」


コーラをルウの代用にすることを許されるこいつん家のカレー、逆に食ってみたいわ。というかそれはもはやカレーじゃないだろ。


「そっか。んー、しゃあねぇ。ウーバーするか」

「もうそうしてくれ⋯」


よくよく考えるとこいつを調理場に立たせること自体がリスクでしかないわ。

いつの間にか家に火通してそう。


「『ここいち』で良いよな?」

「良いよ」

「何にする?」

「カツカレーでお願いします」

「りょ。⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯よし、頼んだ。30分ぐらいで着く」


二乃原は注文を完了し、元々座っていたところに座り込む。


「よっこいしょっと⋯テレビ着けるか」


そして、テーブルに乱雑に置かれていたリモコンを手に取り、テレビの電源を入れる。

画面には音楽番組でパフォーマンスをしている女性アイドルグループ・ABK46の姿が映し出されている。

ぶっちゃけ、ABKにしてもジャアーニーズにしても箱のブランドを抜きにして見たら一般人にしか見えない見た目だったり歌唱力の奴が一定数いるけど、やっぱセンターの秋田あきた綾音あやねは別格だよなぁ。恐ろしく煌めいたスターのオーラが見える。俺じゃなきゃ見逃しちゃうね。

そんなことを考えていると、二乃原がテレビに視線を向けながらポツリと呟く。


「⋯⋯⋯気にしすぎんなよ」

「ん?」

「いやさ、あんま気にしすぎんなよ。女になったこと。いや、まぁ、気にすんなって方が無理あるだろうけどよ。気にしすぎてもしょうがないっていうか⋯」

「あー⋯うん。ありがとな」


普段から頭のおかしい二乃原でも、俺が女になったことについては思うところがあったようで、二乃原なりに真剣に励ましてくれているようだった。

一緒にいるとストレス溜まることの方が多いけど、こいうところがあるから憎めんないんだよな、こいつ。


「⋯それに、見方によっては女になった方が良いってこともあるしな」


あ、なんか嫌な予感がする話の切り出し方してきたぞ~?

二乃原は俺と正面から向かい合う形に居直り、テーブルに肘をついてどこぞの特務機関の司令官のようなポーズを取る。


「⋯⋯⋯⋯例えば?」



「合法的に、女湯に、入れるっ!!!!!!」



「⋯⋯⋯⋯⋯」


うん、知ってた。


「入ってみたいだろ?女湯エデン


全く興味がないと言ったら嘘にはなるが⋯、


「いやー、気まずいわ。罪悪感がエグいだろ絶対」


「はぁバカなっ!はぁ、無償で無法で女の裸体を見られるんだぞ?お前、去勢でもしてんのか?」


二乃原は女湯の光景を脳内で想像しているのか興奮しながら俺に詰め寄ってくる。

こいつ、外見は女だけど中身ぜってースケベなおっさんやろ。


「ちゃんとあるわ。いや、今はないけど。興味無い女の裸見たってしょうがないだろ」


「ぐっ、まぁそれは一理なくはない⋯が、しかし!それでも一度に何人もの女の裸を生で見れるのは女湯ぐらいだぜ?最高だろ!なぁ!」


気持ち悪いなぁ。

その時、俺の脳裏に稲妻のような衝撃が走った。が繋がる感覚。

ちょっと待て⋯こいつそういえば⋯、


「てかお前さ、前にスパ銭巡りにハマってるって言ってたけど、まさか⋯⋯⋯⋯」


「⋯ああ、そのまさかさ」


二乃原は「ニチャア」という擬音が今にも聞こえてきそうな邪悪な笑みを浮かべる。


「ッ!!!!!!!!」


残念ながら、この世には捕まえられぬ「悪」もいるっ!


「昨日も行ってきたよ。をしに、ね」

「うわぁ⋯」

「勘違いすんな。観てるだけだぞ?手は出してないぞ!」

「いや、観賞が目的の時点でアウトだわ!」


マジで捕まれよこいつ。


きました」


しみじみと言ってんじゃねぇよ。


「「整う」がこんなにエロく聞こえる日が来ようとは⋯」


「アヒャヒャヒャ⋯まぁ、何かあったらすぐに言えよ。フォローしてやっから。生理用品とか、新品の下着とか服とかやるぞ?ずっとその体操着着てるわけにもいかねぇだろ」

「お、おう、助かるわ」

「うん」


急に猥談にブレーキをかけて俺の肩に優しく手を置きながら心強い言葉をくれる二乃原。

キチガイになったり真面目になったり本当に忙しい奴だ。

しかし、思った通り、こいつと話してるだけでだいぶ気が軽くなっている。

いくら友達とはいえ急に女体化して目の前に現れたら戸惑ったり引いたりしそうなもんだが、こいつは事情を話したらすぐに信用して俺のことをおもんばかってくれた。

今だからこそ本当にこいつと友達になれて良かったと思う。


「あとさ、あたし良いこと思いついたんだけどさ」

「ん?」


「これを機に大学休学して前から行きたいって言ってた専門学校に入れば?」


こいつはまた随分と唐突な⋯。


「なんでだよ」

「いや、女体化してるって大学の奴らに知られたらめんどそうやん。なら元から女って体で専門学校入って環境変えて一からってのもありじゃね」

「あのなぁ、それはそれで戸籍上は男なんだから入学する時にややこしいことになるだろ」

「あ、そっか」


二乃原はこういう思いつきでテキトーに喋ることがよくある。


「まぁ今後は、両親に話して、病院で検査してもらうって流れになると思う⋯」

「まぁそうか。気が進まなそうだな」

「まぁな⋯」


弟は警察にご厄介になるような不良、妹は受験失敗⋯それで迷惑なことにそれなりに厳格な両親は俺の将来にやけに期待をしているような節がある。

そんな両親が今の俺の姿を見たら何を思うだろうか、どんな言葉を吐き出すだろうか⋯と考えて少し不安になってしまう自分がいる。

思えば、こいつの家に来た理由の一つとして、両親の反応を見ることになるであろうその時を極力引き延ばそうとしていたのはあるかもしれない。


「まぁ、何とかなるやろ。ならんかったらそん時はまたうちに来な。餌ぐらいは与えてやるよ」


二乃原はニカっと太陽のように明るい笑みを見せながらサムズアップする。


「マジでありがと⋯って俺はペットじゃねぇよ!」

「アヒャヒャヒャヒャ」



それからも、俺たちは到着したカレーを食いながら、他愛のない雑談に花を咲かせるのであった。








to be continue...

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