第62話 打開策

 俺はまず自分の心をきちんと整理しなければならないと思った。


「春百合ちゃん、これから二日ほど時間をもらえないか?」


「二日?」


 泣き続けていた春百合ちゃんは、驚いて、俺の方を向く。


「俺、今は、前世で春百合ちゃんが寝取られたということが、心に大きな打撃になっていて。痛んでしまっている。でも、それは、俺たちの今後の関係をどうするか、というところで、絶対に避けて通れないことだと思うんだ。俺は春百合ちゃんとの関係を、今までのような幼馴染から、どういう形であっても、変化させていかなければいけないと思っている。ただ、それは、今すぐには構築できない。それで、二日ほど時間がほしいと思ったんだ」


 寝取られのことがあるので、どうしても語気を荒げようという気持ちもあるのだが、俺はなんとかその気持ちを抑え込んで、春百合ちゃんになるべくやさしく言うように心がけた。


 春百合ちゃんは涙を拭くと、


「ありがとう、浜海ちゃん。こんなに酷い仕打ちをしたわたしにそういうやさしい言葉をかけてくれて……」


 春百合ちゃんはそう言った後、心を整える。


 そして、


「わたしは、浜海ちゃんがこの二日間で、わたしともう関係を切ることを決断したのなら。それに従うつもり。でもわたしは浜海ちゃんのことが好き。幼馴染としてではなく、恋の対象として好き。できればこの気持ち受け取ってほしい」


 春百合ちゃんはそう言うと、また涙を流し始めた。


 今世では、俺の方をずっと見てきた彼女。


 その気持ちはわからないわけじゃない。


 でも心の整理はそう簡単にはつくものではない。


 俺はしばらくの間黙っていた。


 しかし、やはり今結論は出せない。


「春百合ちゃん、とにかく俺は二日間ほしい。その間は、あいさつ以外は、お互いに話をすることを自重したいと思う。申し訳ないが、お願いをさせてほしい」


 俺がそう言うと、


「わかったわ」


 と春百合ちゃんは小さな声で言った。




 俺はその夜、ずっと春百合ちゃんのことで悩み続けていた。


 春百合ちゃんは、前世で浮気をしていたものの、今世では別の人間で生まれ変わっている。


 そして、今世では、幼い頃からずっと。俺に『好き』という気持ちを伝え続けていた。


 イケメンの甘い言葉も、受け付けることはなかった。


 俺はどうして春百合ちゃんのことを嫌がっていたのか?


 それなのに春百合ちゃんがなぜそこまで俺のことを好きでいてくれたのか?


 今まではその理由が全くわからなかったが、今日の前世の話でそれをだいたい理解することができた。


 俺が春百合ちゃんを嫌がっていたのは、前世の春百合ちゃんが俺に対して浮気をしていて、その思いが、今世まで持ち越されたから。


 春百合ちゃんが俺に好意を向け続けたのは。そのことを申し訳なく思い、来世では俺に尽くそうという思いが、今世に持ち越されたから。


 いずれも、前世からの思いが今世に持ち越されていると言えるだろう。


 前世で寝取られていたということは、打撃が大きすぎて、この夜遅くの時間になっても心は痛んだままだ。


 しかし、その一方で、今世の春百合ちゃんは、俺のことを好きでいてくれた。


 今までは、前世の浮気による嫌な思いによって、春百合ちゃんの対する好意を持つと気持ちは妨げられてきた。


 しかし、それでも今世での春百合ちゃんの俺への好意の積み重ねによって、心の奥底では、春百合ちゃんに対する好意が、次第に芽生えてきていた。


 俺は今まで、春百合ちゃんの想いに応えることはしてこなかった。


 前世のことが影響しているとはいうものの、もうそれは前世のこととして割り切って、今持ってきている春百合ちゃんへの好意をもっと育てるべきではないだろうか?


 そして、春百合ちゃんの想いにそろそろ応えるべきではないだろうか?


 俺がそのことで悩み始めた時、ルインが入ってきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る