【2023年12月6日】Web小説『キクナの怨』の第四話

 前の話で、苗字のことを書いていて思い出しましたが、そういえば家族の話をしていませんでしたね。

 ちょうどいいので、思いの丈も含めて書いておくことにします。といっても、

 私が家族に抱いている思いなど、怨みしかありません。

 父のことも、母のことも、兄のことも、姉のことも、恨んでいます。全員、醜く、貧しく、薄汚く、低能で品の無い人間でしたから。

 仕事以外にまるで興味が無く、暇さえあれば車の整備工場で機械油まみれの擦り切れた薄汚い作業着で働き、下手糞なテトリスのようにガタガタの歯を煙草の脂で黄色く染めていた父も。

 そんな父を選んだというのに後先も考えず狭苦しい団地の一室に居を構え、子供を三人も産んで貧困に喘ぎ、そのくせブクブクと肥え太ってうちには金が無い金が無いとしょっちゅう愚痴を零していた母も。

 高校生になった途端に髪を汚い金色に染めて顔にケバケバしい厚化粧を施し、母と同じようにブクブクと肥え太って、似たような種類の下品な男と下品な交流を繰り返していた姉も。

 いつも染みだらけの刺繍入りジャージを着て、ギトギトした脂と汗と烏賊が混じったような臭いを漂わせながら、延々とパチンコ屋とコンビニの往復をしては、負け犬の癖に勝った勝ったと汚い顔で連呼していた兄も。

 とても、気高き、誇り高き、清白な菊のような人間とは言えない、下品で、低能で、薄汚い人間でした。

 ですから、私の家族も、私を虐げてきた薄汚い連中と同じです。だから、家族に学校でいじめられているからどうにかして助けて、なんて相談をすることもありませんでした。

 言ったところで無駄だったでしょう。

 私は家族からも虐げられていたのですから。

 いえ、そう言うと語弊があります。父と母は、私には無関心なだけでした。きっと、姉や兄と違ってハキハキとものを言わず、暗い性格をしていた私のことを、自分の子供として愛する気にはなれなかったのでしょう。特別、可愛がられた記憶も、虐げられた記憶もありません。

 でも、姉や兄は明確に私のことを虐げていました。他人に末っ子だと明かすと、「なら、ずっと甘やかされてきたんでしょう」と言われることがありますが、そんなものは幻想です。姉も兄も、幼い頃から圧倒的な力で私を蹂躙していました。覚えたての悪口を、私に投げつけてきました。兄妹愛、姉妹愛など、皆無でした。

 その理由も、きっと私が自分たちと違って暗い性格をしていたからでしょう。それか、私が本ばかり読んでいたのが、気に喰わなかったのかもしれません。姉も兄も、ろくに活字を読むことのできない低能な人間でしたから、本に没頭していた私のことが許せなかったのかもしれません。少ないお小遣いで買った古本を取り上げられて破かれたり、落書きだらけにされたり、水浸しにされたりしました。

 といっても、私は特別、頭が良かったわけではありません。学力テストの成績は平均的なものでした。唯一、国語——現国や古典は得意科目でしたが、それ以外の科目は人並みでした。

 まあ、私の家族は人並み以下の低能な人たちでしたから、その中では私は頭が良い方だと思われたのでしょう。

 たかだか本を読んでいるくらいで。

 目の前で自分たちが理解のできないものを読んでいるくらいで、馬鹿にされた気にでもなったのでしょうか。

 そんな風でしたから、東京の大学に行きたいと言った時も、随分と酷いことを言われました。

 「女が行ったところで無駄だ」、「学の無いお前には無理だ」、「大学なんか行く価値が無い」。

 このご時世にハの字タイヤに改造したクラウンを乗り回している彼氏の子供を身篭ってより一層ブクブクと腹を膨らませていた姉と、もう既に将来に到達しているというのに将来はパチプロになりたいが口癖の兄から、そんな言葉を吐かれて反対されました。普段は私に無関心だったはずの父と母も、お金が絡むとなると途端に顔色を変え、姉と兄に加勢して、反対してきました。

 でも、私は頑として譲りませんでした。

 家族には打ち明けませんでしたが、私には夢があったのです。

 小説家になりたいという、夢が。

 幼い頃から、私を受け入れてくれるのは本だけでした。本を読んでいる間だけは、幸せでした。生きている心地がしました。本のおかげで、辛いことを乗り越えて来れたのです。本があるから、私は命を繋ぐことができたのです。

 だから、私も本を作る人になろうと思いました。

 だから、私は小説家を目指そうと思いました。

 それまでの人生では、ありとあらゆることを諦めてきましたが、

 それだけは、その目標だけは、その夢だけは、誰から何を言われようと、諦めることができませんでした。

 だから、東京の大学に行きたいと思いました。東京の大学に行けば、その夢は叶えられるのではないかと思ったからです。




 後にも先にも、家族に流されずに自分の意思を貫いたのは、あの時だけだったように思います。

 結果として、仕送りや将来的な奨学金返済等の金銭的援助は一切しないという条件で、家族は大学に行くことを許可してくれました。

 家を出て行く最後の日まで罵詈雑言は浴びせられ続けましたが、私はずっと、晴れやかな気分でいました。

 やっと、ここから出ていける。この狭苦しい家から、不毛の田舎から、低能な人間の輪の中から、何の可能性も感じられない場所から、抜け出せる。

 そう思うと、何も気になりませんでした。多少の不安はありましたが、

 孤独と絶望には慣れているから大丈夫。

 低能な連中とは違って色々なことが分かっている私なら大丈夫。

 私は可能性に溢れているから大丈夫。

 そう思っていました。




 携帯の充電が切れそうなので、続きはまた明日書くことにします。

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