有る男の挫折とやり直し

◆ ???? ◆


 偉大な父を持ったのは、負担だった。


『あなたのお父さんは凄い人でね――――』

『お前もお父さんみたいに立派な政治家になるんだぞ』

『お前は本当に……お前のお父上は偉大な――――』

『お前はどうして出来ないんだ』

『お前は――――出来損ないだ』

『出来損ないの息子だ』

『出来損ない』

『出来損ないの方』

『出来損ないの長男』

『弟の龍二りゅうじはいい子なのに。お前はお兄ちゃんみたいになっては駄目よ』

『冨永家は龍二にかかっているんだ。お前は――――出来損ないのお前は、家から出て行きなさい』


 政治家なんて、もはや企業の操り人形だ。矢面に立たされてマスコミに集中砲火を受けるサンドバッグだ。親父がなんだ、俺は俺だ。俺は、俺は――――。


「…………」

「…………今日話したくないなら、それもまた良い。話したい時に、話しなさい」

「待って、待ってくれ……いや、待って……ください。爺ちゃん……」

「一晩寝たら頭の中に整理がつく。それからでも良いんだぞ」

「…………」


 俺は、俺はなんだ……。俺は何なんだ……。

 人気者になりたかった? 誰かにチヤホヤされたかった? 親父を、龍二を見返してやりたかった? 違う、違う……。なんか違う、なんか、そうじゃない。わからない……。


「わからなく、なったんだ……」

「何が、と聞いても答えがない顔をしているな。古ぼけた死にぞこないの考えで良ければ、お前に助言してやれんこともない」

「…………どうしたら、いいか、教えてよ、爺ちゃん……!! もう……何っていうか、さぁ……!!」

「泣け。泣いてもお前を馬鹿にしたり、叱るような奴はここにはおらん」

「…………ぁあ……!!! あああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!」


 どうして泣いてるのかもわからない。こんなこと、今までだって何回もあった。馬鹿にされて、期待外れと言われて、雑魚だゴミだ出来損ないだって暴言を投げられるのなんて慣れっこだ、慣れっこのはずだ。はずだった。


「俺、ぁあああ!!! っぐぅ……!」

「お前の承認欲求の強さは、あの馬鹿息子のせいだというのは爺ちゃんがよう知っとる。認められないのは辛い。馬鹿にされるのは悔しい。しかしな、お前は馬鹿をやり過ぎた。それで人気者になったと履き違えた。周りに認められたと思うた。そうだろう?」

「っぐぇ……!! ぇ、っぐぁ……!! ああああぁああああ!!!!!!!!」

「馬鹿をして一人突っ走って、おやと思って振り返って見れば周りには誰もいない。そしてふと気がつけば周りは敵、敵、敵、目に映るのはすべて敵。敢えて言ってやろう。お前が認められたのではない。お前が演じる道化師が面白がられていただけだ。誰もお前自身を認め、面白がっていたのではない」

「うわああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 爺ちゃんの言葉で、今まで投げかけられた言葉をせき止めていた心のダムみたいなのが、ガラガラと音を立てて崩れた。そのダムに守られていた俺は、ちっぽけなどうしようもない小心者で、出来損ないで、冨永家の恥さらしの俺は――――為す術もなくぐちゃぐちゃに押しつぶされて、泣いた。いや、もっと前から壊れてたのかもしれない。あの時、これなら倒せる、これなら殺れると思って使った覚醒スキルを一発で止められて……トドメを刺す価値もないとばかりに野ざらしにされた時には、もう。


 それからはしばらく……こんなに苦しいなら、悲しいなら、どうしようもなく壊れてしまうなら、最初からやらなければよかったと何度も何度も反芻して、その都度俺はめちゃくちゃに泣いた。爺ちゃんは、俺が落ち着くまで……。ずっと、何も言わず頭を撫でてくれる。この優しさに、この温かさに、今までどうしても心を開けなかった。でも、ああ。こうして一度壊れて、本当のだけになって触れてみれば、どうしようもないぐらい……心地よくて。今なら言えると思って、本当に言いたかった言葉が、口から零れ出た。


「――――やり、直したいんだ」

「どうやり直す? どうしたい?」

「レベル1から、やるよ……。持ってるもの、全部魔神殿に奉納して、今のキャラを消して……」

「消してどうする? 逃げるのか?」

「…………いや、やり直す、から」

「償いきれない過去を背負って、新しい自分で過去の自分を塗り替えてこそ、本当のやり直しではないのか?」

「…………だから、その……」


 でも、爺ちゃんはやっぱり厳しくて。いざ近寄ってみたけど、やっぱり怖いと思って逃げようとした途端に捕まえられた。だがもう逃げられない。いやでも、そうだ。これでいいんだ。俺は爺ちゃんに相談するためだけに、ただ泣きに来ただけじゃないんだ。

 やり直し…………。単純にゲームだけをやり直したいだけじゃない。過去に逃げ出したものも、もう一度やり直したいから、爺ちゃんに会いに来たんだ。


「……だから、やり直して、冨永流を、一度、剣を捨てた馬鹿孫でも良ければ、また、その道を、歩みたいんだ」

「そちらのやり直しもか。なるほどやはりお前は欲張りで、身の程知らずの愚かな馬鹿孫だ。今の怠けた体のお前如きが会得できるものではない。それに冨永流はすでに後継者を決めておるでな、お前は精々冨永流の門下生止まりにしかならぬ」

「…………そう、か……」


 え……。も、もう、後継者決まってんの……? 俺、全然そんなの知らんかったんだけど……。配信ばっかり、してたから……。そういや、頻繁に誰か出入りして賑やかにしてたな……。は、はは……はあ……。


「――――と、思っていた。儂もあのゲームをやって考えが変わった。あのゲームで体験したことは、こちらでも再現がしやすくなるようでな。つまりお前の稽古はあちらでつけてやると言うことだ。物覚えの悪いお前でも、あちらなら努力すればするほど動きを覚えられるだろう。そうしたらあちらとこちらで動きのすり合わせをすればいい。どうだ、本気でやるか?」

「……! やり、たい。やらせて、ください」

「なら今からお前はまた儂の弟子だ。だがな、これだけは言っておくぞ。お前の良いところは諦めの悪い所だ。それすら失ったら本当にお前は出来損ないになるぞ。そして儂はお前のことを出来損ないとは思っていない。儂も才能がなく、しかし諦めの悪い、物覚えの悪い男だった。お前と儂は似ておる。必ず、お前は超えられる」

「あ、ああ……!! 爺ちゃん、俺――痛っ!?」

「師匠、だろうが! たわけ!!! ぎるてぃ!!!」

「ぎるてぃ!?」

「有罪ということだ!」


 爺ちゃん……いや、師匠、いつの間にかなんか、変な言葉を覚えてきてるな……。でも、なんか、なんだろう。スッとしたな。もうあの道化師を演じなくて良いんだって、変われるかもしれないって、そんな感じがして……。


「そうだ、お前も入れてもらうか……。模擬戦で稽古がつけやすくなるでな、問題行動を起こしたらりあるで【自主規制】すると誓えば、入れてもらえるだろう」

「じい――――師匠、どこでそんな汚い言葉を……!?」

「まあなんだ、付き合いがあってな。まだギルドに居るようだし、儂は先に行って話をつけてきてやる。くれぐれも、問題行動を起こすでないぞ」

「わ、わかった……わかりました!!! 俺、全部奉納してくる!!」

「ああ」


 偉大な親父よりもずっと――――偉大過ぎる爺ちゃん……冨永富蔵。古くから続く冨永流剣術の正統後継者、俺の……冨永有虎と言う馬鹿な男の憧れの人。今度は逃げない、今度は……やるよ。必ず。だから……。また、よろしくお願いします。師匠。




◆ 一方バビロニクス・ギルドルームでは…… ◆




「あぇ~~~……♡ つくねちゃん、黒バニー耳……良いねえ……」

「こここ、これ、これ、恥ずかし、無理ぃぃ……!!」


 いやあ~……可愛い子達が可愛いことしてて、可愛いなぁ~~~…………僕はこのギルド立ち上げて本当に良かったよぉ~~……。


「――失礼、お昼寝殿」

「どわっはぁ!? ああ、トミーさんか~どうしたの~?」


 うお~びっくりした~~……。音もなく近寄ってくるから本当に心臓に悪いわ~覗きしてる最中とか特にやばいわ~。んで、結構前に落ちたはずのトミーさんがどうして今頃になってログイン? 何かあった?


「一人、ぎるどに入れて貰いたい若造がおりましてな」

「ほうほう、トミーさんの紹介ならまあ、誰でも大丈夫そうなんだけど――え~一応入れたい理由と、その人の名前聞いても?」


 ギルドに人を、か~。問題児なら考えちゃうけど、トミーさんの紹介ならほぼ大丈夫だろうし、とりあえず聞いて考えてるフリだけしとこ~っと。


「儂の孫でしてな。幾多の敗北と惨敗の末心がボッキリと折れよって、一からやり直したいというものでして……。これは一つ、叩き直してやろうと……。ちなみにその孫がですなあ……」

「ほうほう……?」


 おやおや、PvPとかで負けまくってる孫にお灸を据えてやる、あ~んど稽古つけてやるってこと~? いいんじゃない、いいんじゃな~い??




「アルトラと言いましてな」




 ――――ごめん、トミー爺ちゃん。僕一気にお耳がお婆ちゃんになったかも。いま、ごめん、なんて? アルトラ? あの、187位で14ダメージの、あの、え? え? え?




「アルトラが、孫ぉおおおおおおおおおお!!!!!!!!!???????????????」

「「!?」」

「恥ずかしながら……」


 トミー爺ちゃん、エイプリルフールは2ヶ月前どころか、3ヶ月ぐらい経とうってんだよ……? うそ、だああ~~~…………。


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