【前日譚】マコト【短編小説】

 この掃き溜めで、ずっと、二人で生きてきた。

 雨の日も、風の日も、暑い日も、寒い日も。二人で寄り添いながら過ごしてきた。

 あたしが路頭に迷っていた時、最初に見つけてくれたのがマコトだった。それからマコトの体温を感じない日なんてなかった。二人で食糧を分け合って、二人で同じ毛布にくるまって眠った。施設に入れられた時も、こっそり会話を交わしあって脱走の計画を立て、二人で逃げ出した。あの日の肌を刺す寒さも、握った手の温かさも、昨日のことのように覚えている。

 必死に必死に逃げて、やっと見たことのある川沿いに出た時。肩で息をしながら、思わず二人で笑い出した。グーでタッチをした。思わず涙が滲んでしまったあたしの頭を、マコトは痣と擦り傷だらけの腕でぐしゃぐしゃと混ぜた。がんばったな、と言って。施設での激しい暴力からあたしを庇って、本当にがんばっていたのは、マコトの方だったのに。

 マコトはあたしにとって、兄でもあり、太陽でもあった。

 ずっと一緒にいられるんだと思っていた。

 ――あの日、までは。

 その日は、突然やってきた。

 廃車になったバンの、倒した後部座席の上で、あたしはマコトを待っていた。薄暗い車内で、電池式のランタンの灯りが、不安げに明滅していた。

 その日、「ちょっと出てくる」と言って、マコトはふらっと出かけた。すぐに戻って来るだろうと思ったのに、日が落ちて暗くなっても、雪がはらはらと舞いはじめても、マコトは帰って来なかった。かじかんだ指先をすり合わせ、ほうっと白い息を吐いた。そのままいつの間にか眠りに落ちていたらしい。唐突にがたんと車内が揺れ、あたしは目を覚ました。

「マコト……?」

 そっと目を開ける。車内に人影はない。代わりに、窓から見慣れたニット帽がのぞいていた。怪訝に思ってドアを開けると、マコトが苦しそうに息をしながらバンによりかかっていた。夜闇の中で、全身がインクでもかぶったように真っ黒に見えた。 

 ――血だ。

 あたしは硬直したまま、しばらくその場から動けなかった。

 ずり、と壁沿いに身体が崩れ落ちる。車体に血糊が擦り付けられる。あたしははっと我に返り、「マコト!?」と彼の傍に駆け寄った。

「怪我したのか!? 何があったんだよ!?」

 マコトは眉間に皺を寄せたまま、ふるふると首を振る。

「なんでもねえよ……」

「なんでもないわけないだろ!」

 声が裏返った。片腹を抑えている手をどかすと、服と皮膚が深く切り裂かれているのがわかった。傷からはとめどなく血が溢れてくる。

 あたしは震える手で、マコトの頬に、肩に、腕に触れた。他に怪我をしているところはないようだった。――ということは、これは返り血なのだ、と気づく。

「一体何が――」

「お前には関係ない」

 一息で言って、マコトはぐっと顔をしかめた。傷が痛むのだろう。

「待ってろ、今ヤブ医者を呼んでくるから!」

 駆けだそうとするあたしの服を、マコトが引っ張った。いい、と静かに彼は言った。声は掠れて、ほとんど息だけだった。

 もう長くはないのだろう、とはっきりわかった。

「……なあ、どこに行ってたんだよ。なんでそんなに血を浴びてるんだよ。その腹の傷は誰にやられたんだよ」

「……お前は、知らなくていい」

「そんなわけあるかよ! なあ、頼むよ、教えてくれよ――」

 あたしが取りすがっても、マコトは頑として何も言わなかった。それがきっとあたしのためなのだろうということはわかった。わかっていたから、じれったかった。

 唇が白くなっていく。握った手がどんどん冷たくなっていく。あたしは泣きそうだった。

「ヒビキ……」

 掠れた声で、マコトがあたしを呼んだ。

「楽しかったよ、俺……お前といれたの、さ……」

 マコト、とあたしが言った時、マコトの目が空を見たまま、動かなくなった。

 息が止まりそうだった。ぴくりともしない手を強く握りながら、あたしはマコトの肩に顔を寄せた。垂れ下がってきた髪が視界を覆う。

「マコト……」

 唇を噛んだ。血が出そうなほど、強く。

 

 ――その瞬間、俺は全てを背負うと決めた。

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