「今夜は冷える」


【お題:寒い寒空 】



これから極寒の季節になるだなんて、どうにも信じたくはない。ちらりと冷えだした夜風を感じ、温度計を見やりながら僕は顔をしかめた。

今年の夏は異様に暑かった。その調子だと、今冬は前代未聞の冷え込みになるかもしれない。自然の規格外の暴れっぷりにとにかく振り回された、近頃の思い出がよみがえる。


ああ、いやだいやだ。憂鬱だ。

言っても仕方のないことを、最近よく考える。

夏は暑くなくて、冬は寒くなければいいのに。四季なんてなくていい。毎日おんなじ気温だったらいいのに。

そうなったら、毎日の着る服を悩まなくて済むし、「寒いですね」なんて面倒な会話を他人と交わさなくてもいいし、それに。体調なんて、崩さないのに。


――僕は幼少期の高熱で、なんとか命はとりとめたものの、感覚器官がだめになってしまった。

暑い寒いや、甘いからい、かゆい痛い。そういった感覚をしらないまま、僕は大人になってしまった。

そうして身に着けた僕の処世術。それは、温度計をしょっちゅう見やり、毎朝の気象情報を欠かさずチェックし、今日の「気温」を理解して他人とコミュニケーションをとること。健常者のふりをして毎日を過ごすこと。これでいい。よく知らない奴に正直に話したって、同情されて騒がれるだけだからさ。


「もう夜間15度なのか……。すっかり『寒い』ってことなんだな」


僕は、同僚たちとうまく話を合わせられるよう、しっかりシミュレーションをしてから床に就いた。

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