26話 魔眼の能力 (アルクス12歳の冬)
場所はルミナス家。目を覚ましたアルクスは魔術の師であるヴィオレッタから『完全な形で龍眼が発現できるかもしれない』と告げられ、母に抱えられたまま幼馴染たちや人虎族の双子の前で龍眼を発動させた。
アルの龍眼は喜ばしいことに龍人族の扱う完全な龍眼となっていたが、右眼は魔眼となってしまっていたらしい。
現在はヴィオレッタの魔術を視たせいなのか右眼は視力ごと効力を失っている。アルはといえば距離感が掴めずに時折溢しながらガツガツと食事をしているところだ。
5日間も寝ていたうえに血を大量に流している。血肉になる食べ物を摂らなければ快復も遅いだろう。
トリシャはその様子をどこか安堵したような、嬉しそうな笑顔で眺めている。
凛華とシルフィエーラは母子の様子に『良かった』と目を合わせて笑った。何かが掛け違っていたらこの光景を二度と見れなくなるところだったのだ。
マルクガルムはアルの食事の勢いに『わかるわー。最近腹減るよなー』という顔でうんうん頷いていた。2人とも本格的な成長期を迎えようとしている。トリシャがマルクの母マチルダと同じ悩みを抱える日もそう遠くはないだろう。
ちなみに人虎族の双子エリオットとアニカも腹が空いていたのかと小さな口と手を一生懸命動かしてハグハグと昼食を頬張っていた。
***
元々小食のヴィオレッタが茶杯を置いて口を開く。
「ふぅ。旨い昼食じゃったトリシャよ。馳走になったのう」
「おそまつさま~」
「それで、アルよ。まだ視力は回復せぬか?」
「もぐっ?んんんっ!んぐっ!はい、まだ見えないです。魔眼ってどんなのですか?違和感があるくらいでよくわかんなかったんですけど」
急いで口の中のものを呑み下したアルは師へと問うた。さっきから魔眼魔眼と言われているがちっとも実感がない。というか発動してものの数秒で視力を失った。パニックにならなかったのが不思議なくらいだ。
「むぅ、それもそうじゃろうな。では説明するとしようかの。魔眼というのはな、読んで字のごとく魔力を込めることで様々な効力を発揮する瞳のことじゃ。効果は千差万別。人によって大きく異なる。この世で己と同じ魔眼を持つ者と出会うことはないと言っても差し支えないほどに多種多様じゃ」
部屋の雰囲気が一気にいつもの講義めいてきた。アルは口をもごもご動かしながらも一言一句を聞き逃すまいと耳を傾ける。
トリシャと幼馴染組はいつもの光景であるため特に何を言うこともない。また魔眼について知りたいのはアルと同様であったため幼馴染3人は静か大人しくしていた。
エリオットとアニカは食後の茶を啜りながら『何だかまた難しそうな話になったなぁ』と判断して黙っている。空気の読める子供たちなのだ。
「魔眼の発現―――正確には”発眼”と言うがそれに必要なのは正気を失うほどの強い感情じゃ。怒りでも悲しみでも喜びでも、時には痛みでも何でも構わぬが脳を内部から強く刺激するものが必要でな。
その刺激によって脳が無意識に魔力を用いて理を歪め、眼に宿したものが魔眼じゃ。
さっき
一頭は道連れにしようとしておったなぞと軽く言うておったが、己がどうなろうが殺し切る、それまでは死んでも死なん。そのくらいの強い気概と覚悟を心底から思わねば”発眼”などせぬ。汝の強すぎた感情が脳に作用したのじゃ。
この大ばか弟子め、そういう時は何が何でも皆で逃げよ。まだ12歳じゃろうが。勝手に死に急ぐでない、肝が冷えたのじゃぞ」
魔眼の説明から急にお叱りに変わったことで不意討ちを食らったアルは身体を小さく丸めた。トリシャもその通りだと強く頷いている。
アルが助けを求めて幼馴染組の方を見れば3人は窓の外へスッと視線を外していた。この件に関わるつもりはないらしい。
「ご、ごめんなさい。その・・・刺されて動けなくなっていっぱいいっぱいで」
アルは頭を下げて言い訳を重ねてみる。
「「言い訳無用じゃ(よ)」」
が、実母ともう一人の母のような存在は甘くなかった。双方からギンっと睨まれたアルは再度謝りつつ急いで話題をズラしにかかる。
「うっ、ごめんなさい。もう二度としません・・・・それで、この右眼ってどういう魔眼なんですか?というか魔眼ってどんなのがあるんですか?」
ちゃんとわかってるのか?という視線でアルをじいっと見つめるヴィオレッタとトリシャ。数秒の沈黙後、アルが居心地悪そうに冷や汗をかき始めたのを見て『やれやれ』といった表情のヴィオレッタが語り出した。
「まったく・・・・・魔眼は様々あると言うたが大きく三つに分類することができる。魔力消費の多い順に説明していくとしよう。
一つ目は魔力を大量に消費する代わりに、それに見合うだけの大きな効果を外部へと齎す魔眼じゃ。儂の知っておる中には魔力の3分の1を都度消費して視界内の場所ならどこへでも術式なしで転移する魔眼持ちがおった。『跳脚の眼』などと呼ばれておったのう。
二つ目は魔眼を発動し続けることで己の肉体を常軌を逸するほどに強化したり、変異型”魔法”のような効果を得ることが出来る―――つまり己の内部へと発動する魔眼じゃ。これは昔戦ったことがあるがかなり鬱陶しい奴じゃった。
最後三つ目は魔力消費が少なく本人の認識以外に一切効果がないものじゃ。儂の魔眼なんかがそれに当たる。そしてアル、汝のもおそらくそうじゃ」
トリシャと食後で眠くなっていた双子以外は思わず「えっ?」と耳を疑う。
「えっ?師匠魔眼持ってるんですかっ?」
暗くなっていた右眼も見開いてアルが身を乗り出した。幼馴染組も興味津々だ。
「うむ。両眼とも魔眼じゃよ」
「両眼とも!?」
これにはアルより先にエーラが声を上げた。
「うむ。片方は儂を魔導師として大きく飛躍させてくれた。その名も『時明かしの魔眼』じゃ。術式を見れば魔力を流さずとも―――つまり術式を起動させずともその効果や結果を詳細に視ることが出来る魔眼じゃ。文字通りこの瞳だけは術式の時を明かしておるのじゃよ」
そう言うとヴィオレッタの左眼、その紫の虹彩に金色をした蜘蛛の巣のような紋様が広がる。
「ずるい」
アルは即座に口を尖らせた。自分は術式であんなに苦労しているというのに。
――――チートってやつだ。
するとヴィオレッタはクスクスと愉快そうに笑う。それに近しいことを言われることくらいわかっていたからだ。
「くふふ、アルからすればズルいじゃろうのう。じゃが少なくとも三百年はそんなものなしに研鑽を積んでおったのじゃ。そのくらい良かろ?」
あやすような口調の師にアルは何も言えない。
「むむぅ」
でもやっぱりずるい。そう思う。
「もう一つはどんな魔眼なんですか?」
アルを無視した凛華が訊ねた。
「もう一つはもっと昔――――それこそ百も超えぬ頃に発眼した。名づけもそのまま『
ヴィオレッタの右目――紫の綺麗な瞳に雲がかかったような灰闇色へと変わる。灰闇色の雲は瞳孔すら覆い隠していた。アルの動きが止まる。
「へ?死、者・・・・?じゃあ―――」
「汝の父ユリウスの魂も見た。トリシャにも言うたがの、死した者の魂は長いこと現世には居られぬ。瞬く間に薄れてしまうものでの。次元でも移すかのように消えてゆくのじゃ。じゃからユリウスはもうここにはおらぬ。そしてこの眼は生者の魂は映さぬ。儂がこの眼でその姿を確認した者で『時限逆行術式』が作用して息を吹き返した者は一人もおらなんだ」
ぽかんとするアルの言わんとすることを察したヴィオレッタは先んじてそう告げた。
「そう、ですか・・・」
「うむ。すまぬのアル。死者の魂を呼び戻せる眼があればと儂も当時何度も嘆いたものじゃ」
残念だ。そこに居て見える人がいるのなら父と話せるかもしれないと思ったが、現実はそんなに甘くない。死人に口無しとはよく言ったものだ。
魔術や魔法で溢れた世界でも生と死に関わる絶対のルールは不変らしい。
「・・・あっ?戻った。師匠、視力が戻りましたよ」
そんなことを考えていたアルの視界が急に開けた。真紅の右瞳が明度を取り戻している。
「大体1時間くらいってとこかしら?」
トリシャがアルの眼を覗き込んで言う。なんとなく時間を測っていたらしい。
「そのくらいじゃな。とりあえず下手に『
ヴィオレッタの言葉にアルは頷いた。
「もう一回使ってみます」
次いで魔眼を発動させる。右眼の虹彩が押し広がり、放射状の青白い光が瞳孔へと吸い込まれるように奔り始めた。
「此度は龍眼は使わんかったか」
「なにか影響あるのかもって」
アルの返答にふむふむと頷くヴィオレッタ。凛華とエーラは「やっぱり綺麗ね」「ねー」なんて呑気に感想を述べている。
「なるほどの。龍眼と同時に発動できた時点で三つ目なのはわかっておったが、何かいつもと違うものが見えたりするかの?」
「うぅん?んー・・・特にそういうのはないみたいです」
「俺見てなんか出たりしないのか?」
「なんかって言われてもなぁ。いつものマルクだよ」
女子の会話に参加しなかったマルクがアルに己を見るように言ってみた。しかしやはりアルの見えている景色に変化はない。首を傾げるアルとマルク。
ヴィオレッタは『やはりやってみるしかないが、良いか?』とトリシャへ視線を飛ばす。一瞬きょとんとしたトリシャだったが親友の意図を悟って問題ないと頷いた。
「アル、やはりもう一度『水鏡』を使ってみようと思う。間違いなく魔術に対して反応しておったからな。一時的な失明もその様子なら休んでおれば多少の時間があれば回復することもわかったことじゃし、良いかの?」
アルはこくりと頷く。何が原因で失明するのかわかるだけでもめっけものだ。
「お願いします」
「うむ。では・・・『水鏡』」
手を軽く叩き合わせる動きに連動して術式がパッと浮かび、ヴィオレッタが手を開くのに合わせて水で出来た反射率の高い鏡が出現した。
すぐにヴィオレッタとトリシャの視線がアルの魔眼に注がれる。だが今回はアルの右眼には流星が吸い込まれ続けていた。
「今回は大丈夫じゃったか。先程は何ぞ他にきっかけでもあったということかのう・・・?」
パッと『水鏡』を空中に溶け散らせながら呟く師に弟子が「待った!」というように手を上げて口を開いた。
「師匠。もっかい、今度はゆっくり見せてくれませんか?」
「む、何か見えたのか?」
「早すぎて見えなかったけど、それっぽいのが」
これは答えがわかるのも時間の問題だと研究意欲を大いに湧かせたヴィオレッタが意気揚揚としゃべりだす。すうっと術式を描いて見せ、
「ではしっかり術式を描きながらやってみるとしよう。『水鏡』は第一に空気中の水分を集める術式と第二でそれを空中に象らせる術式、最後に――――――――」
「あっ、なるほど。水底に闇で覆いを作るんですね」
最後の式の説明をする前にアルが遮った。ヴィオレッタは「おぉ?」とよくわからない声を上げて驚きを表現する。
男性にはあまり使い道がない術式であるため『水鏡』を教えたことはない。戦闘に扱う場合にも更に
「『水鏡』はまだ説明したことはなかったはずじゃぞ?」
何が見えたんだ?と視線で問う師へアルは
「たぶんこの眼は、魔術鍵語を読めるんです」
ヴィオレッタは返答に固まった。
―――――術式を構成するために必要な魔術鍵語が言語として理解できる。そう言っているのだろうか?
「・・・・つまり『水鏡』の第三術式を読み解いて理解したと言っておるのか?」
「えと、はい。たぶん?第三術式のとこに覆いとか底とか塗り潰すとか描いてあるのが読めました」
だとすれば、相当だ。自分の弟子ならではという気もする。
術式を覚えて行使するのが魔術師。その構成鍵語の意味を理解して行使、もしくは独自術式を行使するのが魔導師だ。
魔術師と魔導師を大きく隔てるのがその魔術鍵語への理解。既存の言語体系とは大きく異なるうえ、数がやたらと多い。だからこそ魔術師は数多くいても魔導師は少ない。ヴィオレッタでさえ自分で作った鍵語表と様々な文献を矯めつ眇めつして新術式を開発しているのだ。
―――――それが全部要らんと言っているのだろうか?なにそれズルい。
ヴィオレッタは己を棚に上げて素直にそう思った。魔術に携わる者ならば誰もが欲しがる能力だろう。
「だとすればじゃ、汝は魔術を扱う者として相当優位に立つことになるぞ。見るだけで鍵語の意味が分かるのじゃから」
「そうなんですか?んぅ?・・・・あっ!視力がなくなったのはどういう理屈なんでしょうか?」
あんまり凄さを理解してない。便利なのは間違いないけど思ったよりなんか地味だなぁって顔のアル。
「そっちはまた要検証じゃの。鍵語の数か、術式の質か。一つずつ検証していくが良かろう。
まぁ、どちらにせよ今日はここら辺にしとこうかの。儂も今思い出したが汝は怪我人じゃ。きっちりと休んでおくように。散歩くらいなら問題はなかろうが癒院へは通うのじゃぞ?それと探してくれた者たちに礼を言うておくこと。見舞にずっと来てくれていたそこな双子にものぅ」
そう言って立ち上がりかけたヴィオレッタはピタリと動きを止めた。「ん?」という表情のアルが顔を向けると、
「魔眼の名を考えておらんかったな。何ぞ案でもあるかの?」
と言ってきた。アルは軽く脱力する。ただ魔眼と呼んでも困らないだろうに。
「あたしがカッコいいの考えたげるわ」
「ボクもなんか考えてあげる」
「いいよ、なんか仰々しい名前つけてきそうだし。遠慮しとく」
途端に凛華とエーラが会話に参加してきた。アルの抵抗は一瞬で弾かれる。
「んー・・・流星眼とかどうかしら?」
「えぇ~、星光眼がいいよ」
「どっちも似たようなもんじゃね?」
マルクのツッコミも空しく2人は姦しく囀る。アルの右眼を覗き込みながらあーだこーだと楽しそうだ。アルは一応心配させたみたいだしと受け入れてはいるが憮然とした表情は隠せていない。
―――――玩具になった気分だ。
そう思っていると楽し気なヴィオレッタが口を挟んできた。
「まぁまぁ、二人とも。昔はその見た目だけで好き勝手につけておってな、似通った名前で全然違う魔眼保持者たちが大量におったんじゃ。それがまたややこしくてのう。ある時から魔眼の名は効果がわかりやすいもの、と暗黙の了解が生まれたのじゃよ」
その言葉に2人はうんうんと悩みだす。
「魔術鍵語が読める魔眼?・・・・う~ん」
「かっこいいのが思いつかない・・・」
「儂も手伝おうぞ」
ヴィオレッタは座り直した。
―――――もう何でもいいや、たぶん魔眼としか呼ばんだろう。
傍観を決め込んだアル。トリシャも似たような表情で優雅に茶を啜っている。
「鍵語、語・・・言葉・・・・あっ、言の葉って言わない?それか式とか」
と凛華。効果をかみ砕いて言い換えてみることにしたらしい。
「言うのう。では葉か式を生かすとして」
ヴィオレッタが中空に水で候補となる字を書いていく。
「言葉がわかる、術式の意味がわかる?・・・・わかる、理解する、読み解く・・・なんか他に言い換えられるかしら?」
凛華は『この調子だ』と鍵語がわかる部分に注目した。
「んぅ~~・・・・・悟る?とか?あ、解釈するとかは?」
エーラがちょっと捻って言ってみた。
「ふむふむ。では悟式や、釈葉、解式と組み合わせとしてはこんな感じじゃな」
候補を中空に並べていたヴィオレッタがなんとなく意味合いが取れる並びに直して口に出す。
「釈葉ってなんか洒落てていいんじゃない?」
おおっ!という顔で凛華が言う。
「だね!悟式とか解式はハッキリしすぎてるもんね」
エーラもニコニコしながら同意した。
―――――これで決まり!
凛華は輝く笑顔をアルへ向けてこう告げる。
「決まったわアル!その右眼は『
「なんか案外渋めでいいかも。それなら自称できるよ」
期待薄だっただけに意外とマトモだった。
「よかったな。てかずっとやってるけど疲れないのか?それ」
マルクの素朴な問いにアルは「うーん」と首を捻る。
「龍眼使った時と同じくらい?」
「んじゃ結構保つな」
「失明する可能性があるけどね」
―――――下手に発動させっぱなしにしておいて急に見えなくなるなんてちょっと怖い。
アルは肩をすくめた。
「そこは慣れとかじゃねえの?ヴィオ様、魔眼ってこう・・・成長したりってしないいんですか?」
マルクはもう一人の魔眼保持者へ問う。
「するとも。儂の眼もそうじゃったしな。アルの魔眼は生まれたてじゃ。そのうち失明する回数もなくなってゆくはずじゃよ」
ヴィオレッタは頷く。自分の
「先、長そうだなぁ」
「手伝ってやるって」
「頼むよ」
アルとマルクはシンプルな言葉を交わした。これでも充分に意味が伝わっているのだから男同士というのはよくわからない。
結局その後解散となり、寝てしまっていたエリオットとアニカは起こされた後、アルに見舞いの礼を言われてニコニコしながら凛華とエーラに連れられて帰っていった。
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