24話 アルクスの暴走 (アルクス12歳の冬)

 ラービュラント大森林の隠れ里、その敷地に隣接している森――簡易狩猟場に轟炎が撒き散らされる。植物が焼け、雪が積もっているはずの地が燃えていた。しんしんと降り続く雪は空の中ほどで雨粒へと溶け、辺りへ小雨のように降り注ぐ。その小雨だって地面に降るものば少なく、半数以上は途中で蒸発していた。



 自我を失い本能のままに暴れるだけとなったアルクスへヴィオレッタ、トリシャ、幼馴染の父親3人、人虎族の族長ベルクトが残りの捜索隊に消火作業を託して向かい合っている。どうにかアルを元に戻そうと方策を模索していた。

 正直に言えば殺すのは・・・可能だろう。彼らとて強者に分類される戦士だ。しかしその選択肢を選ぶ気など毛頭ない。

 息子で、愛弟子で、自分たちの子を庇って戦ったから今ああして牙を剥いている。凛華とマルクガルム、シルフィエーラが駆けつけた大人たちへ一番に叫んだのは『アルを傷つけないでくれ』という言葉だった。これ以上無理をさせないでくれ。子供たちのその願だけで状況はある程度伺えた。

 彼らは現在戦えないため、呼びかけてアルを取り戻そうとしている。


 火柱を見て駆けつけたヴィオレッタ達捜索隊の面々はアルを除く3名の救助対象者をあっさりと回収した。自我を失ったアルが襲うかと一瞬危惧した者もいたが、ヴィオレッタが『短距離転移術』を行使することで迅速に父親の下へ返されている。

 アルは己の背後に現れたヴィオレッタに機敏に反応したが獣のように飛び退るだけで彼らには目を向けなかった。3人に敵意が全くなかったためなのか、何か別の理由があるのか、それはヴィオレッタにもわからない。


 回収され、簡単な治療を済ませてもらったエーラも、手に癒草帯を巻きつけてもらった凛華も、魔力切れからまだ回復していないマルクも自分たちのことなど二の次でアルを助けてくれと訴えた。戦えた時点でそもそもおかしいのだ、と。



 そこでヴィオレッタが軽い事情聴取を行うことにした。当然、牙を剥き出しに唸るアルからは目を離さない。大怪我をしているのは見ればわかる。このまま下手に逃がしたりすれば確実にその命を森へと還すことになるだろう。

「傷つけたりはせぬ。無用な心配じゃ。何があってああなったのか儂らに経緯を説明してくれぬか?」

 ヴィオレッタは静かに問うた。トリシャも耳を傾けている。自分の息子に何が起こったのか知りたい。穏やかな気性のアルしか知らないトリシャやヴィオレッタには今のアルが信じられないのだ。

 ヴィオレッタの問いにはじめに口火を切ったのは凛華だった。

「最初は逃げ回ってたけど、二頭相手じゃ逃げきれないしろくに攻撃も通らないし、だからアルがあいつらを衝突させ合おうとしたの。上手く行きそうだったのにあいつらが妙に連携してて、もう少しのとこで躱された。そのときにアルが吹き飛ばされて、」

 今度は凛華の言葉を継いでエーラが口を開く。

「怒ったボクが矢を射かけたんだけど逆に石礫で反撃されて、頭に当たっちゃって落ちたんだ。その時足も一緒に挫いたみたいで動けなくて、そこに尻尾を刃に変えたあいつがブンって攻撃してきて」

 2人は記憶を辿りつつ己の目から見た情景を何とか伝えようと言葉を重ねた。

「それを庇った凛華が一頭目の攻撃で剣を握れなくなって、二頭目の攻撃で俺の魔力が完全に切れて『人狼化』も解けた。そしたらまた一頭目がまた攻撃を仕掛けてきて、もう駄目だってときにアルが飛び込んできて鞘で凌いだんだ。

 で、防ぐのに鞘を爆発させて何も残ってないアルに二頭目が攻撃した。俺らも動けなくてアルも反応が遅れて・・・・・アルは肩を刺されて木に叩きつけられた。ちょうど残ってるあの木、あれに釘付けにされたんだ」

 マルクが2人の後を継いで話す。頷いていた凛華が更に言葉を紡ぐ。

「そしたらアルが妙に落ち着いた顔で『逃げろ!』って。痛そうな顔もあんまりしてなくて、その後――――」

「ああなったのじゃな?」

 そこまで聞いたヴィオレッタは話を遮るように結論付けた。どうやら愛弟子は大怪我を負ったところで仲間の命を最優先と考えたようだ。

 死に瀕したときほど人の性質がよくわかるというが、ユリウスと同じく愛弟子は褒められた根っこを持っていたことが伺える。だが、だからこそ不安の種だ。

 話を聞いていた面々が沈鬱な表情を浮べる。ユリウスの最期とどうしても重なってしまう。

 しかしエーラは首を軽く横に振って訂正を入れた。大人と話すことで少々冷静さを取り戻してきている。

「えと、そうじゃなくて・・・すぐに今のアルになったわけじゃなくて。途中まではもっと冷静っていうか冷酷?な戦い方だった、んです。肩に刺さってた尻尾を折って傷を灼いて止血して、ボクらがびっくりしてる間に走り出して片っぽの目にざくって折った尻尾を蹴り込んだりしてて。無駄のない動きっていうか・・・殺す以外に興味がないって動き」

 言葉尻が下がっていくエーラ。どうやらその時点で良いとは言えない状態だったようだ。しかし言いたいことは伝わった。目の前で八重蔵やラファルたちの牽制に反応している獣のようなアルと最初はかなり違ったらしい。

 マルクが更に続けていく。

「アルが今の状態になったのは片方の魔獣を炎弾でぶっ飛ばしてから、です。左腕が使えないからって手加減も何もない馬鹿でかい炎弾をぶっ放して、自分の腕も黒焦げになったけど。気にしてもなかった。そこらへんから動きが荒くなって、炎から飛び出してきた魔獣の眼に一気に腕突っ込んでそこから燃やしたんだ。あ・・・燃やしたんです」

 マルクの説明にトリシャも周辺で牽制をしていたマモン達も眉を顰めた。魔獣の目に腕を突っ込んで内部から燃やした?獣の戦い方とは違うが、とことん容赦がない。

「もっと正確に言えば瞳が砕けるたびに、よ。最初は紅い瞳に黒が混じってたのに、だんだん紅の部分が砕けてって、最後に全部。そのたびに変化していってたもの」

 黙っていた凛華がマルクへ『そうじゃない』というように自分の意見を述べた。

「うん、ほとんど黒に呑まれた。そこからは、酷かった」

 エーラが頷いてアルの瞳へ視線を送る。炎に照らされた闇色の虹彩。金色に縁どられた縦長の瞳孔。あんな瞳は一度だって見たことがない。

「トリシャよ、アルのあの瞳に心当たりは?」

 ヴィオレッタが訊ねた。アルだって半分は龍人だ。そういう特性でもあるのかと問う。

 しかしトリシャは首を横に振った。

「聞いたことないわ。龍眼のヒビはあくまでそういう模様。あの子の眼はそもそも龍眼すら完全じゃなかったのに」

「話やなれたちの状態からアルの魔力とてそう長くは持たぬはずであったな」

 その言葉にアルと今夜最も長く過ごした3人は首肯する。

「たぶん・・・」

「いくら鍛えててもあれだけ暴れてたら普通は魔力がなくなる、はず」

「でもそんな様子一度もなかったわ。最後の1頭相手にやってたのは戦いなんかじゃない。

 アルが尻尾を引き千切ったら逃げようとしたの。あんなに強かったヤツが怯えてた。でもアルは逃がす気がなかったみたいで、そいつを炎の鞭みたいなので引っ繰り返して、乗っかかって何度か首を引き裂いた。その時点でももうあの魔獣は逃げようと藻掻いてたけど、アルは腹に爪を突っ込んで、何度も炎をぶっ放してたわ」

「それで身体が飛び散って、もう死んでるのに頭を踏み潰してた」

「「・・・」」

 さしものヴィオレッタとトリシャは思わず沈黙した。

 どう聞いてもただの蹂躙だ。敵と認めたものへの強烈な殺戮衝動。魔族には戦闘民族が多い。龍人とて数を減らす前はそうだった。それでも理性をなくすようなことはない。闘争本能に身を任せることはあっても戻れないということはないのだ。



 そこでアルが動いた。焦れたのだろう。ボウッ!と口から爆炎を放つ。

 ラファルは造作もなく風で上へと消し飛ばす。そこへアルが駆けてきた。しかしラファルに焦りはない。

 草木の生い茂る森林は森人にとって最も得意な戦場だ。例え一部が燃えていようとそれは絶対の真理。だからこそ、油断した。右手を貫手に構えたアルはぶらぶらしていた左手を後ろに向けたゴオッと点火して加速する。

「なっ!?」

 更に左半身を犠牲に急加速したアルは勢いのまま貫手を放った。

「くっ!?」

 アルの龍爪がラファルの靡かせる金髪をひと房もぎ取っていく。

「よすんだ、アル!」

 ギリギリ躱して叫ぶラファルの制止を無視し再度アルが突撃をかけようとした。そこへ地を這う氷のツタが迫る。マモンと八重蔵による包囲戦術だ。

「ッグ!」

 一声上げたアルは勢いよく後ろに跳び、左右から勢い良く伸びてくるツタに捕らえられる寸前で左腕をまたしてもスラスター扱いして軸線からズレた。2人への火炎弾も忘れない。

 弾速重視で放たれた高熱は彼らをして消すより避けるべきだと判断させた。魔力への反応が異様なまでに早い。

「ちっ、魔獣相手の戦い方じゃ止められねえぞ」

「こちらを敵と認識し、殺す算段を考えてるんだ。獣ではなく龍の本能にアルクスがこれまで身に着けてきた知識と技術か。厄介だぞ」

 八重蔵とマモンは歯噛みする。ぶつかり合えば勝つ自信はあるがこれ以上怪我をさせるわけにはいかない。たった今躊躇なく自分の肩口から先を燃やした。下手に戦闘を長引かせるのも悪手だ。



 ヴィオレッタとトリシャも手を出しあぐねていた。どうする?警戒心が高く近寄れば距離を取る。こちらの戦力をきちんと把握しているのだ。魔獣と同じようにやってもまず捉えきれない。そこへ幼く、高い声が響いた。

「アルクスにいちゃん?」

 保護して里へ返したはずのエリオットとアニカがなぜかそこにいる。

「なぜここに・・・・!?」

 半ば愕然としたヴィオレッタの声。

 里内でも狩猟場が燃えていることに気づけていたため別動隊が出発して消火活動に当たっていた。エリオットとアニカは、助けてくれた4人が帰ってこないことに不安を覚え、疲れ果てている身体を引き摺って彼らについてきていたのだ。子供の監督として族長の息子カミルと副族長の娘ニナが2人の後ろで呆然としている。

「アル!」

 まずいと思った凛華の声を無視してアルはよく通る声の方を向いた。エリオットとアニカ、カミルにニナがいる。

「アルクスにいちゃん、どうしたの?」

 アニカが驚いてそんな声を上げるが、カミルはアルの変わりようと強烈な殺気に驚いて咄嗟にを向けてしまった。

「よせ!たわけっ!!」

 鋭い声はアルに向けたものか、はたまたカミルに向けたものか。慌てて術式を組むヴィオレッタであったがアルが跳び上がって火炎弾をゴオッ!と吐く方が早かった。

 狙いはカミルだが攻撃範囲内には他の3人も当然いる。刃鱗土竜すら灼き尽くした火炎だ。高位魔獣より魔力への抵抗が薄い彼らではただじゃ済まない。双子と族長筋の子供たちは呆気に取られてぽかんとしていた。極大の炎弾が容赦なく迫っていく。

 ――――――まずい!

 見ている者のほとんどが動けない。

 ゴッ!

 しかし、アルの極大炎弾は別の炎によって押し退けられていた。双子たちの前に飛翔したトリシャがアルの火炎弾を下から弾いたのだ。

「だめよアル、話さないとわからないこともあるって言ったでしょう?喧嘩ならアルのままでやりなさい」

 トリシャは火炎を弾いた姿勢のまま優し気に説く。

「ガアアッ!」

 アルは自分の火炎弾が弾かれる直前に反応した。ラファルにやったように火炎弾を目眩ましとして咆哮を一声、異形の爪を閃かせる。

 猛然と迫る龍爪を前にトリシャは『龍体化』を。まるで抱きしめるように。刹那――――アルの腕がピクリと鈍る。

 その瞬間を見逃さなかった。

「だ あ あ あ あ あ あ あ っ!」

「凛華ちゃん!?」

 どうにか間に合った凛華が飛びつく。身体ごとアルの右半身を抑え込もうと身体ごとしがみついた。

 『戦化粧』を施しているが、痛覚がほとんど機能していない今のアルには力負けしてしまう。すると今度はアルの手足に植物の根が巻き付いていく。

「エーラちゃん!?」

「ダメだよアル!本当に戻ってこれなくなるよ!」

 弦を外した弓を杖に足を引き摺りながら無理矢理走ってきたエーラが倒れ込むようにアルへ抱き着いて叫んだ。

「そうよ!何があってもあんたを大切にしてくれる、大事な人でしょうが!目ぇ覚ましなさい!」

「アル!トリシャおばさまの言う通りだよ!そこのお馬鹿さんは後で喧嘩して叩きのめせばいいさ!何なら人虎の子供たち全員を相手にしたっていい!そのときはボクも付き合うから!ね!?だから戻ってよアル!お願い!!」

 2人の脳裏に浮かんだのは、不貞腐れていたアルとそれをあやすトリシャだ。

 あの光景を壊させたりなんてしない。戻ってきたアルが傷つかないように。またいつものアルに戻ってくれるように。必死でしがみつく。

 凛華とエーラはトリシャにもちょっぴり怒りを覚える。一体何を考えているんだ、と。

 アルはしがみついてくる2人を鬱陶しげにその凶爪で切り裂こうとして――――。

「ガあ・・・・っ?」

 ビクンと止まった。なぜ2人を殺さなければならないんだ?ほんの一瞬だけ虚を衝かれた表情を浮かべる。

 しかし闇色の瞳に再び殺気が漲った。敵は消さなければ。アルが迷いを消そうとした隙をマルクは見逃さない。

 ――――――絶対に戻す。

「アルーーーッ!すまん!歯ぁ食い縛っとけえっ!!」

 魔力がようやく戻ってきていた。つまり一割半ほど。『人狼化』はほんの一瞬しかできない。

 だからこそ地を蹴る一瞬だけ全開で『人狼化』する。バァン!と地を蹴りつけたマルクは勢いを殺さず、組みつかれているアルを殴りつけた。

「ぅグッ!?」

 殴られたアルはしがみついた2人と共にもんどりうって倒れ込んでいく。人狼の脚力は馬さえ優に超える。勢いをつけて殴りこまれれば吹き飛ぶのが道理だ。

 アルは凛華とエーラに抱き着かれたまま地面を転がる。そこに何かがふわっと

「良い仲間を持ったのうアルや。それによう戦った。遅くなってすまなんだの。今はおやすみ」

 身体を起こしかけたアルの額にヴィオレッタの指が触れ、複雑に絡んだ術式が起動する。元は怪我を治癒する際に使う麻酔効果をもった術式だ。それを改良し眠らせる術へとたった今。遅くなった謝罪はその改造時間についても含まれているが、アルを含めその場の全員が知る由もない。

 アルはその術式の美しさに呆けたような表情を見せ、脱力していきそのまま瞼を閉じた。瞼を閉じきる直前にほんの少しだけ見えたアルの瞳はいつもの紅を宿していた。



 誰ともなく皆が大きく息をつく。しがみついていた凛華とエーラは一層ぎゅうっとアルにしがみついた。

 やっと終わった。駆け寄ったトリシャがアルの瞼を軽く上げ紅い瞳を確認する。

「よかった、よかったぁ・・・おかえり、アル」

 アルの頭を抱き寄せ撫でるトリシャ。その瞳は涙に濡れていた。その濡れた瞳がアルの左半身に向く。

「たっ、大変!ヴィー、アルの治療っ、『治癒術』急いでっ、ヴィー!早く早く!」

 そしてすぐに騒ぎ出した。シリアスが持たないことでも有名な銀髪の麗人に、黒髪も艶やかな親友がタメ息をつく。

「わかっておる。今調整しておるからちと待て。わっ!?待てと言うとろうに!汝が言う前からすでに準備中じゃと――――わかっておるから引っ張るでない!」

 スカートのすそをぐいぐい引っ張るトリシャを宥めつつヴィオレッタはアルの左半身に独自とっておきの『治癒術』を掛ける。


 ヴィオレッタの独自『治癒術』とっておき。それは対象の身体が経験した時間を―――正確には『時限逆行術式』と呼ばれるものだ。対象の魔力と己の魔力を同調させ、体内・体外の損傷が起こる時間の前まで遡らせる術式。

 ただし生者限定だ。瀕死でも蘇らせることができるが死んだら肉体の損傷のみが戻る。加えて”時間”というこの世界に当然のように存在し、一度として止まることなく流れ続けているものに逆らう術であるため、ヴィオレッタでも魔力の消耗が激しい。『短距離転移』を乱発してアルを捕らえなかったのも『時限逆行術式』のためだ。

 またヴィオレッタが行っている調整とはアルの左腕から肩にかけての酷い火傷だけを限定的に巻き戻すというものだ。全部巻き戻してしまうとアルの脳に刻まれた経験と身体で齟齬が生まれてしまう。非常に繊細な作業が必要だった。

 ヴィオレッタは刺されたという怪我に関しては魔力を外部から活性化させることで自然治癒力を上げる本来の『治癒術』と癒薬帯、投薬で治すのが良いと判断したのだ。

 ―――――――ギュルギュルギュル――――――――。

 アルの真っ黒に焦げていた左肩から先の時間が巻き戻り、元の色へ戻っていく。他にも骨折や胸部、腹部にも損傷が見られたが、そこは吸血族で長命を誇るヴィオレッタ。時間をかけて治しても後遺症が残るようなものはないと判断した。

「汝らは・・・見たとこ大きな怪我はないようじゃな」

 ヴィオレッタはそう言いつつマルクと凛華、エーラを見る。エーラの傷もスパッと切れているがゆえに血も派手に出ているがきちんと治療すれば痕も残らないと判断できた。

「アルが守ってくれたもの」

「そうだね!」

 凛華とエーラはニコニコしながらアルの左手を握る。丸焦げだったのが信じられない。

 そんな様子をトリシャと八重蔵が微笑ましく見守り「まだ早いんじゃないか?」などというラファルをマモンが「早合点だから黙っておけ」と首を振った。

「最初の奴すらアルが策を立てなきゃヤバかったしな、俺たちももうちょい頭使うか」

 おそらくアルの次に思考を巡らせていたであろうマルクが殊勝なことを言う。マモンはたった一夜で大きく成長した息子の頭を優しく撫でた。ラファルはうるさかったので放置だ。

「あたしは使ってたわ」

「ボクもずっと使いながら戦ってた」

「おいズルいぞ、後出しは。ちょくちょく何も考えずに突っ込んでただろ」

 すかさず返してくる凛華とエーラにマルクが呆れる。大人たちは日常風景が始まったと心から安堵した。


 長い夜だった。狩猟場のおよそ半分を焼き焦がした炎は鎮火され、雨粒からまた氷へと転じた雪が赤色の残る草木が癒すように降ってくる。

「皆の者、今夜はお疲れじゃった。帰ろうか」

 穏やかにそう言うヴィオレッタに捜索隊、別動隊の面々が頷いた。疲れがどっと押し寄せてきたが、アル以外は大きな怪我もなく死ななかったのだ。

 そのじーんと来る疲労は戻った里で家や広場で待っていた者たちからの炊き出しや家族の声で融けてゆくことになるだろう。


 離れたところで気まずそうなカミルとニナがベルクトへ声をかけた。

「お、親父・・・俺・・・」

「その、族長・・・・」

「彼らから学べ。まだお前たちは若いのだから。ただし彼ほど生き急いではくれるな。心臓が持たん」

 ベルクトのその言葉にカミルはアルを見る。ニナも恐る恐る視線を向けた。目がカッと開くんじゃないかと怖い。

「「はい!!」」

 カミルとニナを置いて先に元気よく頷いたのはエリオットとアニカだ。

 難しいことはわからない。だが、自分たちを命懸けで救ってくれた4人は素直にカッコよかった。あんな風な戦士になりたいと憧れを抱いたのだ。


 ベルクトは微笑んで双子の頭を撫で、父親の下へと返す。そしてもう一度アルを見た。トリシャに抱えあげられて眠っているアルは静かに寝息を立てている。

 まだ本格的な成長期も迎えていない少年少女たちの勇敢な振る舞いを見た。その中心にいた少年は自我を失うまで果敢に闘い、最後は誰も傷つけることなく愛する者たちの元へと戻っていく。

 良かった。心からの称賛を送ろう。ふっと笑んだベルクトは彼らを先導するように歩き出した。

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