12話 得意な魔術と・・・ (アルクス7歳の春)
この世界にというか大陸に四季があることや1週間が7日間で構成されているというのは前世と変わらない。その理由は伝承に由来するものだ。
この世界で最も有名な神―――創造を司る女神アムノクレアは7種の精霊たちを生み出した。そしてその精霊たちと共に7日間でこの世界を創造したという伝説が残されているのだ。そのため7という数字は古来より大変縁起の良い数字であるとされている。
また、この女神と精霊たちを奉じているのが虹耀教だ。大陸――というか世界最古かつ最大の宗教。
聖国はその熱心な虹耀教信徒たちが寄り集まって興った国であり、女神の贈り物とされる精霊の雫―――魔晶石と呼ばれる魔力を流すだけで各属性の力を引き出せる鉱石の最大産出国でもある。
なお里内に敷いてある水道なんかに使われている水晶石は、厳密に言えば魔晶石ではない。帝都にいるヴィオレッタの友人が疑似的に内部を再現した疑似晶石と呼ばれる人口魔晶石だ。
本物に較べて消費魔力が少しばかり多く、出力に関しても魔晶石のような莫大なものではなく大きさに比例する。
その代わり魔晶石は使っていく内にくすみ、最後には細かいガラスのような砂になってしまうのに対して、疑似晶石は魔晶石の内部構造のみを再現し、出力や消費魔力は度外視されているため生活に使用するくらいではそうそうなくならない。
外殻の劣化や破損以外でモノがなくなるというデメリットがほぼないのだ。
これは魔力は多いが適性にムラがあり、現状では聖国から魔晶石を輸入出来ない魔族にとってはうってつけの代物だ。30年近く前に友人が研究しているところへヴィオレッタがやってきて共同開発したものなのでその歴史も新しい。
またこの研究は輸入に頼るばかりで数に制限のあった魔晶石を民間利用できるという点で帝国の生活水準を大きく向上させることに貢献し、交易において聖国に首根っこを摑まれていた状態を抜け出す切っ掛けとなった。
▽▲▽
里の西門に位地する訓練場にはラービュラント大森林へと続く柵が築かれており、その先は子供たちが狩猟や魔獣との戦いを覚える簡易狩猟場と呼ばれる森が広がっている。里に近いほど樹々の背が低く、奥の方に行くほど高い樹々が生えている。また柵替わりに結んである紐以上にさえ行かなければ危険な魔獣もそうそういない。
あくまで簡易狩猟場。実際に魔獣が多いのは北門を抜けた先だ。そちらは主に大人や見習いの若い衆たちが向かう狩猟場となっている。
そろそろ午後の3時に差し掛かろうかという頃、そんな簡易狩猟場にてマルクガルム・イェーガーことマルクは『人狼化』して駆けていた。
人狼の強靭な脚が土を蹴立てて樹々の間を素早く抜けていく。飛び移った樹をガサガサ揺らしながら相棒の名を呼んだ。
「アル!そっち行った!」
「おーまかせっ!『
マルクの追っていた
アルクス・シルト・ルミナスことアルは、調子のいい返事と共に春告鳥へ向かって2本の指先――刀印を構え、魔術鍵語による術式を描きながら指先をその場でクルリと一回転。描き切るやいなや鞭を振るうように目標へ魔術を放った。
ヒュウ――――!
2
「いよっしゃあっ!」
マルクは快哉を上げる。そのまま手近な枝に掴まって首を失った春告鳥の胴体部を身を乗り出しながらキャッチした。
もう少しで7歳になるマルクには全長50
受け止めた鳥を逆さまに引っ繰り返し、乗っていた枝から飛び降りる。
ザっという音ともに飛び降りた先ではアルが待っていた。
「捕れた?」
「おう!ほら」
「んじゃ穴作るよ~」
キャッチした春告鳥を見せるマルクに、アルはさっさと血抜きしようと適当に固めた魔力を地面に放射する。腐葉土交じりの土がぼふっと舞い上がった。
「ぶわっ!アル!ぺっ、ぺっ、土!」
ひっかぶったマルクが文句を言う。
「あ。ごめん」
土をぺしぺしと払いのけてやりながらアルは素直に謝罪した。
「てきとーすぎだぞ」
親友のいい加減さに文句を付けつつマルクは『人狼化』を解除する。
「ごめんて」
アルの謝罪もいつものことだ。掘った穴に春告鳥の血抜きをしているマルクを眺めつつ、アルはさっきの自分の術について思考を巡らせていた。
変なのが寄ってこないように血抜きはここではなく訓練場の煮炊き場でやった方が良い。だからこそ気絶で済ませたいのだ。
最初にこの狩りの真似事をしはじめたとき避けられるか、途中で消えるか、当たってもフラフラ逃げられるかの3択だったため過剰な威力で撃つような癖がついてしまっている。
「結局今日は春告鳥1羽と
アルが師匠譲りの癖でふぅむと顎に手をやりつつ今後の課題を検討しているとマルクが成果を問うた。
「そうだよ」
腰にぶら下げていた兎2匹を確認しつつアルは頷く。こちらはまだ死んでいないため紐でぐるぐる巻きだ。
「そっか。そんでアル、今日も――――」
「鳥持って行きなよ」
マルクに皆まで言わせず、アルはそう告げた。
「いいのか?」
「うん」
すまなそうなマルクにアルは気にするなと返す。
去年の初冬にマルクの妹、アドルフィーナ・イェーガーが生まれた。マルクはなんとなく妹と母に対して不安を感じたらしい。2人に元気でいてもらおうと狩りの収穫を持ち帰り始めたのだ。
もちろんマルクの父マモンもきちんと働いているし、この里内では基本的に通貨による取引は行われていない。食料は融通しあったり交換したりで食いっぱぐれることはないようにしている。アルが収穫に拘泥しないのもこのためだ。
帰れば食事が待っている。それでもマルクは母と妹に元気でいてほしい。アルはそれがわかっているのでマルクを遮って持って帰れと言ったのである。
イェーガー家の両親は息子の行動にひそかにジーンと来ていたりするのだが、そこは鈍いマルクだ。やたらと母が優しかったり、父が穏やかにマルクを見ていても一切気付かない。得てして家族とはそういうものだ。
血抜きが終わったのを見計らってアルが口を開いた。
「じゃ、今日は帰ろっか。小腹空いたしね」
獲った獲物のうち1、2匹は大抵煮炊き場で処理しておやつ代わりにしている。
マルクが血抜きした春告鳥を背負い、アルが血を流し入れていた穴を適当に埋めて訓練場への獣道を歩き始めた。
「兎、ぶらぶらしてジャマだなぁ」
腰にぐるぐる巻きの兎をぶら下げたアルがぼやく。
「交換するか?」
マルクは春告鳥を見せてそう問うた。明らかに春告鳥の方が重いだろう。アルは人狼じゃない。
「やめとこう。さっ、早く戻ろ」
「調子いいヤツ」
「まーまー、マルクの方が背高いし」
「あんま変わんないだろ」
他愛のない言葉を交わしつつ柵の手前まで来る。もう少しで訓練場だというところで、
ヒュロロロロロ――――・・・
と春告鳥の鳴き声が聞こえた。
アルとマルクは顔を見合わせ、
「もう1羽いてもいいと思わない?」
「俺もそう思ってたとこ」
と阿吽の呼吸で上を見上げる。アルはすでに指をくるくる回しながら術式を描き始めていた。スタンバイしておいて見つけたらぶっ放そうという算段だ。しばし息を潜める2人。そこでマルクが気づいた。
「あそこだ!アル、術届くか?」
マルクが訓練場の方へ低く飛ぶ春告鳥を指さしつつアルに問う。
「わかんないけどやってみる!『風切刃』!」
アルは準備していた魔術をぶっ放した。が、春告鳥はチラリとこちらを見たかと思いきや2m弱ある風の刃をヒラリと躱し、馬鹿にしたようにヒュロロロと鳴く。
「あっ!あんにゃろ!てぇやあぁぁぁっ!!」
躱された瞬間、アルは瞳孔を縦長の黒いスリット状に変化させて『風切刃』とは段違いの威力をした炎杭をぶん投げた。
「っておい!ばか!」
マルクが止めるももう遅い。龍人の血を引くアルの投げた炎杭は、躱そうとした春告鳥の移動先を潰すような軌道で飛んでいって直撃した。龍眼もどきによる動体視力の向上を利用した偏差撃ちだ。
―――――――ボンッ!
炎杭は春告鳥の頭部を吹き飛ばすだけに留まらず羽や胴体まで燃やしながら訓練場の方に落ちていく。
マルクは一応場所は考えて投げたのかと胸を撫で下ろしつつも『訓練場だって草っぱらじゃねーか!』と気づいてアルへ振り返った。
当のアルは『あとはよろしくねっ』とでも言わんばかりのやんちゃな笑顔を浮かべてグッと親指を立てる。
「ちょっ!ばっ、これもってろ!」
やりとげた顔のアルに春告鳥の胴体を投げ渡しながらマルクは「ちくしょー!」と走り出した。『人狼化』しながら柵を飛び越え、春告鳥の無残な姿を確認して息を吐く。
火は落下の勢いでほぼ消えていた。とりあえず残っている火を払い落とし、春告鳥が落ちた周囲に教わったばかりの”属性変化”を使って水を撒く。
まぁ問題ないだろうというほど水を撒き終わって、とりあえずこいつも血抜きしなきゃなと考えていたところへアルが柵を抜けて戻ってきた。
「おお、お、重いぃ~。あ、終わった~?」
のんきなもんだ。
「お、おまぁなぁ!」
マルクは慌てたり、焦ったり、安堵したり、情緒のジェットコースターに乗せられたせいで口調がおかしい。
「食べるとこ残ってる?どうする?持って帰る?」
アルは春告鳥の処遇の方が気になるらしい。マルクの口調にもさして動じていない。
「はぁ~・・・・ちょっと焼けてるしもうこれは食おうぜ。そのかわり食わない兎1匹持って帰っていいか?」
「いんじゃない?」
なんともおざなりな返しだ。アルの関心はマルクの持っている獲物に向いている。春告鳥はうまいのだ。
「おまえに聞いてるんだよ」
「いいでしょ」
「・・・ったく、おまえってやつはほんと」
「まぁまぁ。羽むしる手間減ったじゃん」
のほほんとそんなことをのたまうアル。そこまでしょっぱい炎の扱いはしていない。
「そゆこと言ってんじゃねーんだよ。いきなりやるなっつってんの」
「さ、食べいこー」
「だから聞けよ。そーゆーとこだぞほんと」
遠慮のない幼馴染同士の会話は煮炊き場につくまで止まらなかった。これが7歳になったアルともうすぐ7歳になるマルクの日常である。
***
訓練場の休憩所に併設されている煮炊き場についたアルとマルクはひーひー言いながら獲物の血抜きを終えた。獲ってきたすべての血抜きはそれだけでもきつい。その後魔獣解体用の水場に持って行き、よく洗い流す。
これで子供のできることは終了だ。水場の隣にある解体場へと足を運び、そこで獲物の解体を専門で行っている大人に渡してしばし待つ。
解体してもらった兎一匹と春告鳥の綺麗な方を葉包みにくるんでもらい、残りはそのまま葉に乗せてもらってきた。ちなみにアルはたまに持って帰るくらいだ。
煮炊き場に戻ってきた2人に声をかけてくる幼い声の二人組がいた。
「アルにマルクも今日の狩りはもう終わったの?」
「あれ?それもしかして春告鳥?今から食べるの?いいなぁ」
幼馴染の女子組、イスルギ・凛華とシルフィエーラ・ローリエことエーラだ。
ふたりは魚籠を提げている。大方、簡易狩猟場にいくつか流れている小川で魚捕りでもしていたのだろう。釣りではない、魚捕りだ。その証拠に彼女たちは釣竿を持っていない。
「今から食べるとこ、そっちは何か捕った?」
「もちろんっ!大漁よ」
アルの質問に凛華は自信をもって答えるが、エーラの表情は渋いものだった。
「ねぇ、二人とも聞いてよ。凛華のやり方ひっどいんだぁ」
我慢できなくなったエーラがアルとマルクに訴えはじめる。
「どした?いつもの熊みたいな捕り方じゃねーの?」
凛華がマルクへ軽く睨みを入れる。熊とは何だ、喧嘩売ってるのか?という視線だ。
しかしマルクは気にしない。熊みたいな捕り方とは――川に膝くらいまで浸かってじっと待ち、近くを泳ぐ魚をこん棒でブウンッっと薙ぎ払って川辺まで吹き飛ばして捕らえるという反射神経と鬼人の”魔法”頼りの荒々しい猟法である。
一度それでびしょ濡れにさせられ、魚を口に叩き込まれたマルクには悪口くらい言う権利がある。
「ちがうの。こないだアルがボクたちに”属性変化”教えてくれたでしょ?」
エーラの言葉にアルとマルクはこくんと頷いた。それがどうしたのだろうか?
1、2週間前のことだ。日課を行っていたアルのところへ3人が来ていつものように遊んでいたのだが、誰かが魔力の”属性変化”を教えてと言い出して教える流れとなったのだ。
日々アルの日課を見ていた3人はすんなり習得した。ちなみに他の魔族の子供たちも大体このくらいから魔力を扱いだすが、なんとなくで扱うことの方が多いためヴィオレッタ仕込みの知識をしっかり伝授された3人よりは理解度で劣る。
そういや教えたな、と思いつつアルは問う。
「教えたけどどうしたの?」
「ボクがせっかく水草たちに頼んでアミ張ってあげてたのに、凛華ったら魚のいそうなとこ全部凍らせちゃったんだよ?ひどくない?」
「「ひどい」」
捲し立てるエーラにアルとマルクは同時に頷いた。何という力業だろうか。
「なによぅ。いっぱい捕まえられたんだからいいじゃない」
口を尖らせる凛華はそんなことをしそうには見えない美少女だが、この中では筆頭の脳筋である。
「ん?でも川凍らせちゃったってどうやって魚捕ったの?」
アルが当然の疑問を呈すると凛華は「ん」と自分の腰を指さした。そこには稽古用に刃引きしてある長剣が差さっていた。
「凍った水面を剣で引っこ抜いたのか・・・?」
マルクがドン引きする。どこまでも脳筋な捕り方だ。
「ちっがうわよ!魚がいるとこをこう、グリグリ削って取ったのよ」
「グリグリってかゴリゴリだったよ」
エーラのツッコミに凛華はそっぽを向く。自覚はあったようだ。
・・・・
「ま、まぁとりあえず食べよ。魚分けてくれるんならぼくらもお肉分けるよ」
アルは4人の中に流れた沈黙を吹き飛ばすようにそう言うのであった。
凛華とエーラが来て幼馴染組フルパーティとなったアルたち一行は煮炊き場の一角に陣取り、置いてあった網を確かめたてアルの魔力でボッと火を点けた。
木切れや炭から余計な煙が出なくなったところで、春告鳥と兎の肉、串に刺した山女魚や虹鱒などに塩を振って置いていく。
「あ、そうだ凛華」
と、マルクが呼んだ。
「ん?何?」
じーっと火を見つめていた凛華が返事をよこす。
「こっちは持って帰るから軽く凍らせてくれ」
そう言ってマルクは葉包みされた方の肉を見せた。
「自分でやんなさいよね―――ほら、これでいい?」
凛華はめんどくさがりながらもスッと手をかざして、葉包みを軽めに凍らせた。
さては家で相当練習したな。アルは凛華の手慣れた様子を観察してそう思った。魔力の動きが滑らかすぎたのだ。アルの視線に気付いた凛華がぶっきらぼうに「なによ?」と問い、アルは「べつに~」と返しながらニマニマする。
「ふんっ。バカアル」
凛華は頬を紅潮させてそっぽを向いた。
人狼族の適性的に凍らせるくらいならできなくはない。実際凛華やエーラがいないときはマルクも自分でやっている。彼らの適性が低い属性は火と土なのだから。
しかし、凛華は鬼人族の中でも氷鬼人と呼ばれる種であったからこっちの方が早いと頼んだのだ。ちなみに氷鬼人の向かない属性は火と闇である。
「お、あんがとー」
そんなやりとりをやっているうちにパチパチという脂が炭に落ちる音や焼けた匂いが漂ってくる。
「3人とも焼けてるよー」
いつの間にか火の番をしていたエーラが焼けた肉や魚を火から遠ざけながら呼びかけた。口はすでにモグモグ動いている。どうやら先に食べ始めていたようだ。
その後4人は時折言葉を交わしながら春告鳥や一角兎、魚といった春が来たことを感じさせる食材を楽しんで帰路につくのであった。
***
マルクとエーラと別れ―――といってもすぐ近くだが、アルが帰宅しようとしたところで隣の家に住んでいる凛華が「アル」と呼び止めた。
「ん?なに?」
首を向けたアルへ凛華は言葉を選びつつ口を開く。
「明日は―――稽古でしょ?その、アルに合った武器・・・明日はきっと見つかるわよ。じゃあ、また明日ね」
「・・・・・うん。また、明日」
沈んだ返答だ。アルが八重蔵に剣の稽古を頼んでおよそ半年が経つ。週に3~4日、朝から夕方まで稽古漬け。
だというのに残念ながらアルが八重蔵から向いていると言われた武器はいまだに一つとして存在しなかった。
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