10話 人狼と半龍人 (アルクス6歳の秋)

 時刻は昼過ぎ、幼馴染のイスルギ・凛華とシルフィエーラ・ローリエに”魔法”を見せてもらってご満悦なアルクスは2人と連れ立って里内へ戻っているところだ。


 2人の様子がなんだかいつもと違うことには気づいていたが、『きっと”魔法”の使えない自分に見せびらかすようなことをしてしまったのを気にしてるんだな』くらいに思っているアルは空腹を満たすことに意識を傾ける。


「今日はエーラのうちでご飯食べさせてもらえって言われたけど聞いてる?」


「・・・えっ?あっ、うん聞いてるよ!」


 慌てて返事を返してきたエーラに胸をほっと撫で下ろすアル。良かった。食いっぱぐれなくて済みそうだ。


「凛華は?」


「あたしも今日はエーラんちよ。母さん仕事だし」


 凛華は角にかかる前髪が鬱陶しかったのか手で振り払う。


「よぉ、アル坊にいたずら娘たちじゃねぇか」


 西門を抜け、てくてく歩いているアルたちの後方からそんな声がかかった。


 3人が振り向くとそこにはもじゃもじゃの黒髪と同じ黒髭、右目に眼帯をまいた鉱人族の男が立っている。


 前世の鉱人ドワーフと言えば背の低い印象だがこちらの鉱人こうじんは小柄に見えなくもない、というくらいで中肉中背だ。更に特筆すべき点はその筋肉だ。


 八重蔵やマモンたち戦士の鍛え上げられたしなやかな筋肉ではなく、力仕事によって血管が浮いてパンパンに膨れ上がったはちきれんばかりの筋肉をしている。


 その男は左足を引きずりながらアルたちの方へ歩いてきて、咥えていた葉巻から口を離して、ぷかりと紫煙を吐き出した。



 この世界にも煙草や喫煙具は数多く存在するが、アルの前世とはその中身が異なっている。


 煙草葉ではなく魔導溶液につけたり、そのまま乾燥させた薬草全般を刻んだものだ。効果がそれぞれな薬に近しい物として昔から広く親しまれている。


 ヴィオレッタもパイプとキセルの中間のような形の煙管をよく咥えてぷかぷかと紫煙を燻らせているものだ。吸っているものは森人謹製の煙草用薬草類を自分好みに配合したもの。当然、完全に趣味として煙草葉を吸う者も存在するが、依存性だけあって効果のないものを吸う者はそう多くない。



 男が吸っているのは鎮静効果を持つ葉巻であった。


「こんにちはキースおじさん。食後の葉巻?」


「いたずら娘じゃないわ」


「ボクも違うよ?」


 それぞれの挨拶を返すアルたちに鉱人族の男――キース・ペルメルはニカッと笑いかける。


「おう、そんなとこよ。しっかしアル、遠目から見りゃ両手に花だってのにおめえさんも大変そうだなぁ!こんなに主張の強い花たちじゃあよ」


「はっぱまでトゲだらけだしね」


 しれっとそんなことを返したアルに花たち鬼人と森人がすぐさま騒ぎたてた。


「どーゆー意味よっ!」


「さっきからちょっと失礼じゃないかな~?」


 距離を詰めてくる鬼娘と耳長娘。


「あっ、ぼく午後から師匠んとこ行かなきゃだった!はやくごはんいこっ」


「慣れたもんだなぁ」


 素早く話題を転換させたアルに、キースはククッと笑う。


「まぁねっ、それじゃキースおじさんまたっ!」


 言うが早いかアルは凛華とシルフィエーラの追求から逃れるように走り出した。


「待ちなさい!」「ちょ、言い逃げはずるい!」口々にそんなことを言いながら少女二人もアルを追いかけて走っていった。


「お~う、またなぁ。転ぶなよぉ~」


 その3人の背中に声をかけつつ、煙をぷかりとやってキースは自分の職場へと足を向けるのであった。



 ***



 アルは自宅の斜向かいにあるローリエ家の戸をトントンと叩く。


「はいはぁい」


 出てきたのはエーラに顔立ちがよく似た森人の美人だった。エーラの母シルファリス・ローリエだ。エーラが好奇心旺盛ないたずらっ子に見えるのに対し、こちらはゆったりとしたいかにも穏やかそうな雰囲気である。


 ちなみに森人は男女問わず結婚すると髪を伸ばすという風習があるので、その乳白色を帯びた金髪は長い。


「ファリスおねえさぁん、エーラと凛華が”魔法”つかってぼくのこといじめるぅ~。わぁ~ん」


 シルファリスが出てきたのを確認したアルは迷わず自分の幼い容姿と子供の特権を利用し、目をうるうるさせて芝居を打った。


「「あっ!」」


 鬼娘と耳長娘は一瞬固まったが、即座に再起動する。


「そんなことしてないでしょ!?ってかズルいわよそーゆーの!」


「そーだよ!いじめたのは凛華だけじゃん!」


「あんただって”魔法”でアルのこと引っ張りあげてたでしょ!?」


「あれはアルが失礼なこと言うからじゃん!」


 口々に騒ぎ立てるがアルは尽く無視して目をうるうるさせることに注力した。そんな3人のお子様を見たシルファリスはおおよその事情を察してクスクス笑う。


「だめよ~二人とも。アルをいじめちゃあ」


 わかっていながらも悪戯気に微笑んで娘たちを注意した。途端にエーラと凛華がワッと騒ぎ立てる。


「違うよおかーさん!?アルの演技だよ!」


「そうよ、ファリスおばさま騙されてるわ!」


 シルファリスは楽しそうだ。袖や裾を掴んで訴えてくる娘と友人の娘の慌てる姿がかわいくてしょうがないらしい。


「ファリスおねえさん、ごはん何か手伝うことある?」


 アルは2人の様子など気にも留めないで尋ねた。うるんでいた目などとっくにいつも通りだ。このくらいのことなら幼馴染組の残り3人もやってのける。


「もうできてるわ~。さあお昼にしましょうね。2人もアルをイジメてないで手を洗っておいで~」


「「お母さん(おばさま)!?」」


 またもや気色ばむ少女2人にシルファリスは楽しそうにコロコロ笑い声を上げるのだった。



 なお里にいる母達を『おねえさん』呼びするというものは里全体の生意気な少年クソガキたち全員に半ば強制されているものだ。


 少女たちは強制ではない。”おねえさん方”曰く、いずれそう呼ばれるであろうし日々美しくあろうとする女性陣に敬意を払わない女子などそうそういないそうだ。


 ちなみにこの里最年長は年齢不詳のヴィオレッタである。当人は300歳を越えてから数えるのをやめたとのこと。




 ローリエ家の食卓には色彩鮮やかな料理が並んでいた。森人の家らしく他家では見ない野菜や果物も置かれている。


「いっただきまーす!」


 きちんと手を洗ってきたアルはシルファリスが「どうぞ~」と言うやいなや手を合わせてバクバク食べ始めた。


 まだ言い争いをしていた少女2人も自分たちが朝”魔法”を使っていたことやその後遊んだことを思い出す。体が空腹を訴えたのだろう。慌てて食事に口をつけだした。


 急に大人しくなって「それとって」だの「これおいしい」だの「それあたしにもちょーだい」だのと言いながらモグモグしだす3人。


 シルファリスは穏やかに微笑みながら小さな体で料理と格闘する3人を眺めていた。



 ***



 ローリエ家で美味しい昼食をたらふく食べ、アルはそのまま家で遊ぶという2人と分かれて師ヴィオレッタの家へ足を向けていた。午後は楽しい魔術の授業だ。そこへ後ろからおずおずとした声がかかる。


「あ。アル。えーと、よう。そのー・・・今いいか?」


 アルが振り向くと幼馴染のもう一人がいた。ワインレッドの髪をツンツンさせた人狼族の少年マルクガルム・イェーガーだ。


「や、マルクどしたの?ぼく今から師匠んとこで授業だよ」


「そか。んじゃ、まぁいいか。また今度な」


「えぇ?なんだよぉ。言えよぉ。水くさいぞ」


「いや、ほんとにまた今度でいいって」


 そんな押し問答をしているうちにアルはピピンと来た。


「ははーん。さてはマルク、”魔法”が発現したな?」


「うええっ?おま・・・なんで」


 マルクガルムは驚愕する。まさにそのことを言おうとして迷っているところだったのだ。


「ふふん、図星ってやつだな」


 お腹いっぱいで元気になったおかげか無駄にちょろちょろ動くアル。


「まぁ、あー・・・そうなんだよ。で、言おうかと思ったんだけど――」


「ぼくに”魔法”が発現しないかもって聞いてだまってた、と」


 控えめに説明しだしたマルクの発言をアルは引き取った。


「そんな感じ」


 マルクはコクンと頷く。


「気にしぃだなぁマルクは。ぼくは発現しないかもって1年以上前から知ってたし。それについさっき凛華とエーラに見せつけられてきたばっかりだよ」


 アルはあっけらかんとしてそう告げた。ぶっちゃけ今更である。


「そっか。てかあいつら、人の心ってもんはないのか?」


 とは言いつつも少々呆れるマルク。


「言ってなかったししょうがないよ」


「そんなもんか」


 アルはやっといつもの調子に戻った幼馴染にうんうんと頷いた。次いで問うてみる。


「そうさ。マルクは考え過ぎだよ。それで、いつ発現したの?」


「ええっと―――ああ、ちょうど1週間前ってとこ」


「・・・・・」


 あの2人は一体いつの情報を持ってきたんだ?マルクの返答に思わずアルは沈黙した。


 これは2人の知り得ぬことだが凛華は5日前、エーラは2日前にそれぞれ”魔法”に目覚めている。その後すぐに2人を驚かせてやろうとこっそり練習していたのだ。


 マルクに”魔法”が発現したかどうか聞いたのが1週間以上前であったことなどとうに記憶の彼方だ。


「あの2人なに言ったんだ?」


 沈黙したアルを見かねてマルクガルムが問う。


「まだマルクは発現してないって。昨日か今日聞いてきたみたいな感じだったよ」


「昨日あいつらが聞いてきたのは明日――だから今朝、アルが日課やってる時間に訓練場来れるかどうかだけだぞ」


「なんちゅうてきとーさなんだ」


「いっつもあんなもんだろ」


「でも”魔法”だよ?」


「そうだけど―――――」


 ・・・・・


 アルとマルクがそんな会話を交わしているうちに、ヴィオレッタの家に辿り着いた。


「じゃあおれ戻るぞー、今日はさっきひまになったけど明日はまた母ちゃんの手伝いあるし昼寝して―――」


 そう言いかけた親友をアルは遮るようにボソッと呟く。


「ぼくマルクの”魔法”見てない」


 未知の”魔法”が目の前にあるというのに。これを見ずして何が魔術師だろうか。師匠だって実践に勝るものはないと言っていたではないか。


「いや、でも今日は授業なんだろ?また見せてやるって―――」


「そうだ!師匠に”魔法”について聞きたいこともあったし、実演ってことでマルクを連れて行こう!」


 高速回転したアルの脳が体のいい建前を弾き出した。


「おい。ちょっとはなし聞けって」


 勝手に何か言い出した親友をマルクは止めに入る。こいつの悪いところだ、すぐ突っ走る。胸中でそう溢すことも忘れない。


「さ、マルクいくぞ!」


 しかしやる気をみなぎらせたアルは聞いちゃいない。マルクの腕をひっ掴んで師の住まいへ「ししょー!」と突撃した。止めに入る暇すらなかった。


「おぉアルか。お入り」


 アルの声とノックが聞こえてすぐに扉がスッと開く。ヴィオレッタの『念動術』だ。


「おじゃまします!」


「おおっ!これが魔術か・・・あ、おじゃまします」


 慣れているアルは元気よく挨拶しながら、マルクは独りでに開いた扉に若干おっかなびっくりといった風に入っていった。




 勝手知ったる師匠の家だ。普段授業をしてる研究室兼書斎へ直行したアルとマルクを待っていたのは、椅子にどっかりと座り自分の書いた論文と参考文献を矯めつ眇めつしているヴィオレッタであった。


「おはよう、アル。いや、もうこんにちはの時間じゃったの。ん?マルクもおるではないか。アルよ、なにかあったか?」


「師匠おはよーございますっ。朝、凛華とエーラに”魔法”を見せてもらったんです。そしたらマルクも1週間前に”魔法”が発現したって言うので”魔法”について実物を見ながら質問がしたいと思って連れてきましたっ」


 勢いよく言いきったアルをヴィオレッタは微笑ましいものでも見るようにじっと見る。どうやら幼馴染たちが”魔法”を発現させても妬まず腐らず、あの日の宣言通り前向きに歩もうとしているようだ。ヴィオレッタは愛弟子とその親友に笑みを向けつつ訊ねた。


「ほう、そうじゃったか。ではマルクにもすまんが付き合ってもらうとしようかのう。マルクよ、弟子が我儘ですまぬな。して何が知りたいんじゃ?」


 親友の「いや、えと、なれてるんで」という言葉を聞き流しつつ、アルは気になっていたことをべらべら訊ね始める。


「はい、3つあります。1こめは”魔法”への魔力効率についてです。大して魔力を使ってないように見えたのに『戦化粧』をかけた凛華にけちょんけちょんにやられました。効率がたかいのか、効果がすごいのかが知りたいです。


 2こめは”魔法”がどうやって生まれたかです。それぞれ種族ごとに固有のって教えられたときは良いなぁって思うくらいでしたけど、エーラたち森人は『妖精の目』を持ってるって聞きました。それって”魔法”が先にあったから見えるようになったんでしょうか?それとも見えたから”魔法”がつかえるようになったんでしょうか?


 最後は―――――――――――」


「ちょっと待つのじゃアル」


 弟子の怒涛の質問攻勢にヴィオレッタは待ったをかける。まさかちょっと”魔法”を見ただけでそんなに分析していたとは。事象から考察するだけの思考方法はすでに持っていることは承知だが6歳児がペラペラそんな話をするのはやはり妙に感じてしまう。


 一方、マルクはアルに引いていた。怖いよ。そう思わずにはいられない。


「師匠、でもまだ―――」


「まぁ待てアル。汝の質問はなかなか鋭いものじゃった。よぉく観察しておるよ。そして儂はその質問に対する答えや推論も持っておる」


「じゃあ――――」


 尚もしゃべろうとするアルをもう一度止めヴィオレッタは優しく問いかけた。


「じゃが、まずは最後の質問じゃ。『最後は』の続きを聞こうかの」


 そう言われたアルは、親友を一瞬ちらっと見つつ照れくさそうに問う。



「あとは・・・やっぱりぼくも”魔法”ってつかえませんか?」



 ほんのちょびっとだけ羨ましいなぁと感じたのだ。それと同じくらいの疎外感も。照れ臭そうにするアルを見たヴィオレッタはくすりと笑みを溢した。



***



 ヴィオレッタは西門を抜けた訓練場へと赴いていた。アルとマルクもいっしょだ。


「アルの質問じゃったが、今日だけで教えるには時間が足らぬ。そこで今回はちょうどマルクもおることじゃし、1つ目と最後の質問について授業を行うとしようかの」


百聞は一見に如かず。フィールドワークも重要視するヴィオレッタらしい課外授業の時間となったのだ。


「まず1つ目の質問、”魔法”に対する魔力効率じゃ。マルクよ、『人狼化』を使ってくれぬか?」


 ヴィオレッタはマルクへ”魔法”を使うよう指示を出す。


「は、はい」


 緊張気味に返事をしたマルクは上着を脱いでタンクトップのような下着だけの状態になった。次いで「ぅおおっ!」と気合の入った掛け声を上げる。


 すると―――グンッと腕や足が伸び、次いで鼻と口が前にせり出してきた。耳が上がっていき、踵が上がっていく。


 上下二対の犬歯は太い獣牙へ、全身はマルクの髪色と同じワインレッドの体毛が生えてきた。大きくなった両手脚からは鋭い爪が伸び、顔は完全な狼のものへ。骨格そのものが変貌している。人型の狼。人狼だ。


「かっ・・・こいい!!いまのかっこよかったよ!」


 アルは興奮した様子で駆け寄ってきて観察し始めた。自分より頭一つ分大きな人狼の腕や毛皮を物怖じもせずに触りまくっている。


 トリシャの『龍体化』と違ってぎこちない変化であったが、アルには充分だった。


「おぉ・・・!かかとは上がっててイヌ科っぽいけど指は人のだね。しっかり指が伸びてる。でもツメはトガってる。目は灰紫のまま変わってないけど―――」


 近寄ってべたべた観察しまくるアルの服を後ろからヴィオレッタが掴んで持ち上げる。


「こーれアル。友人をそのような見方で見るでない。そもそも最初の趣旨と違うじゃろうが?」


「あっ、そうだった!マルク、それあとどれくらいもつの?」


 ヴィオレッタに吊り上げられたままアルは顎に手をやって観察の姿勢を崩さない。


「試したことない。つーかこのままにしとく気かよ。めちゃくちゃ腹へるんだぞ?」


「ガマンだよ。あとでぼくん家からお肉もってっていいか頼んでみるから」


「まじかよ・・・」


 アルの無茶ぶりに何度か――というか何度も付き合わされてきたからか、なんとなくそのまま人狼でいようとするマルクであったがヴィオレッタが止めた。


「無茶ぶりはいかんぞ。ちゃんと教えてやるから観察実験はせんでよい。マルクも戻ってよいぞ」


 その言葉にアルは吊り上げられたまま小器用にクリンと師の方へ向く。慣れ過ぎである。マルクは人間態に戻って上着を肩に引っ掛け「ぷはぁ~」と言いながら座った。発現したばかりでまだ不慣れなのだ。



 ヴィオレッタは大人しくなったアルを地面に下ろして解説をはじめた。


「よろしい。では”魔法”についてじゃ。”魔法”は変異型と発動型に大別される。


 変異型はさきほどマルクが見せてくれたような『人狼化』やトリシャの『龍体化』なんかじゃな。イスルギ家の『戦化粧』もこの亜種に当たる。


 変異型の特徴は”魔法”を使った瞬間がもっとも魔力を消費するという点じゃ。さっきマルクを見てわかったじゃろうが、全身を骨格から別のものに変異させておる。―――つまり本来あるべきはずの体への痛みや歪みといった負担を魔力と体力で肩代わりさせておるのじゃ。ゆえに魔力消費も発動時が最も大きいとされておる」


「なるほど・・・じゃあその変化後の魔力消費はどうなんですか?」


 アルが質問を挟む。


「その状態を維持し続けた時間分だけ逐次消耗するのう。実際魔力切れ近くなると変化は解けてしまう」


 ヴィオレッタは即答した。いつものスタイルだ。マルクも自分に関係する話なのでまじめに聞いてはいるが、いかんせん6歳には難解な言い回しが多かったりテンポが速かったりして意味を取りにくい。


 後でアルに聞き直そう。そう考えるマルクも無自覚に知識への扉を開きかけている。


「じゃあ操魔核を鍛えれば、変化したままいられたりするんですか?」


 アルの質問は続く。


「それは無理じゃ。生物はみな、体内を巡る魔力をその身に馴染ませながら生きておる。魔力の質や量が上がれば、その魔力もまた馴染んでしまうのは自然の摂理と言えよう。


 その身体を別のカタチに変えようというのじゃ。当然、必要な魔力量や質はその影響を受けてさらに跳ね上がる。ゆえに変化にかかる負担率はそうそう変わらぬ。


 そしてもう一つ。人体の神秘とも言えるのじゃが―――操魔核によって生成される魔力は変異型”魔法”を維持するための消費魔力より必ず下回るのじゃ。毎時、毎分、毎秒、いつ測ったとしても絶対に上回ることはない。


 つまり魔力をどんなに鍛えてもようにできておる、ということじゃの」


「ふぇ~・・・おもしろいですね」


 今のでアルはわかったのか。ヴィオレッタの説明は流麗過ぎてマルクには仕組みの理解までは出来なかった。とりあえずの結論として人狼状態の維持は無理なんだな、とだけ納得しておく。



 大体は聞けたとアルは次のトピックに触れた。


「師匠、じゃあ発動型ってどんなんですか?」


「発動型とは変幻型と違い、魔力を変化などで固定的に消耗せず、己の自由裁量で効果と消費魔力を決められるという種類の”魔法”じゃ。


 わかりやすく強力な変幻型と違い、発動型の”魔法”は不定形。自由が利くとも言い替えられるがの。


 己の強化を行う変異型との大きな違いは―――魔力を肉体ではなく、別のなにかに働きかけるという点じゃな」


「なにかに働きかける?」


 サッと口を挟むアル。ヴィオレッタは頷きつつ続ける。


「その通り。魔力を術式に流すでも、魔力そのものを放射するでもない。それ以外の何かに流したり、譲渡したりして発動させるのじゃ。


 わかりやすい例で言えばローリエ家の森人たちじゃの。彼らは『妖精の目』を使うことで、我々には見えぬ精霊と意思疎通し、魔力を譲渡することで”魔法”を発現するのじゃよ」


「あっ。じゃあぼくが木の根に高い高いされたのは・・・」


「うむ。エーラが植物の精霊に意思を通し、魔力を譲渡することで起こしたんじゃな。ちゅーかアルよ、なにをしたのじゃ?」


「いつものことです。ってことは結局、”魔法”に対する魔力効率がすごく高いってわけじゃなくて・・・”魔法”そのものがすごく強力ってことですか?」


 呆れるヴィオレッタにアルは何でもないことのように答え、とうとう結論に到達した。


「そうじゃな。実際まだ凛華やマルクは変異型の”魔法”を発現させただけで、消費魔力を抑制するための『部分変化ぶぶんへんげ』や『異相変いしょうがえ』といった技術も習得しておらぬじゃろうからの」


「そうなんだ・・・」


 ”魔法”にもまだ先があるのかぁ。アルは羨む気持ちと羨む自分を咎める気持ちがごちゃごちゃとないまぜになって複雑な表情を浮かべる。


「アルよ、そんな顔をするものではない。最後の質問についてまだ何も言うておらぬじゃろう?」


 ヴィオレッタの優しい声を聞いたアルはパァっと表情を明るくして紅い瞳を輝かせた。


 そうだった。まだそちらについては何も聞いていない。自分だって使えるなら使ってみたい。



 このすぐ後―――わくわくしているアルへヴィオレッタは思いもよらない授業を展開する。


 ちなみにだが途中でまったくついていけなくなったマルクガルムは原っぱに寝転がり寝息を立てていた。

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