【祝PV数50K!】日輪の半龍人
倉田 創藍(くらた そらん)
第0部 プロローグ
0話 甦った死の記憶
都内近郊にあるコンビニ。
緑褐色のMA-1ジャンパーを着ている男は隣の黒い革ジャンを着た友人へやってられないとばかりに愚痴を漏らした。
「せっかくのツーリングでこの天気!こう寒いんじゃ長々走れねえっての」
午前も10時はとっくに過ぎているにも関わらず空はどんよりと暗く、今日はもうお天道様の光を拝むことはないだろうと確信が持てるほどに分厚い雲が浮かんでいる。
暗澹たるとはこのことだ、と胸中に渦巻く天への恨み節をぼやいた男へ肩を竦めた友人は返事をした。
「こればっかりはしゃあないって。こうなったらさっさとゴールの温泉に行こうぜ?雨が降ってないだけマシだろ」
この土日は一泊二日のツーリングを予定していた。
道中で気になった道の駅や観光名所へ立ち寄り、楽しそうなワインディングを見つければ飛び込むようにハンドルを向ける。
そうして最終目的地である温泉に浸かり、翌日の朝方まだ日の高くない内に朝の澄んだ空気を呷りながら帰る。
前々からそんな計画を立てていた。だというのにこの悪天候だ。
「午前様から温泉かぁ~・・・」
男は低く唸って難色を示す。
この男は道路に雪さえ降っていなければ、寒かろうが暑かろうが雨に打たれようが平気で走りに行こうとする、自他共に認める阿呆なバイク野郎だ。
酷いコンディションを承知の上で走りに出て泣きを見た回数は数えきれない。
そんなバイク
「たまの贅沢ってことで良いじゃないか」
な?と肩を叩く友人の言葉に男が更に唸る。
降っていないとは云え今日は寒い。
「早くから温泉に浸かったってバチは当たんないだろ?」
そう促す友人に、男もとうとう折れた。
二人とも当年取って29歳。三十路前だ。
平日あくせく仕事に精を出したご褒美としてツーリングに出向いているのだから、この酷寒の中ひたすらに指の千切れそうな痛みに耐えてバイクを転がし続けることもあるまい。
己にそう言い聞かせ、男は渋々と云った様子で引き結んでいた口を開く。
「・・・んじゃ目的地に直行すっか。コーヒー飲みながらルート決めだな」
「おけぇい、俺はロイヤルミルクティーで」
「そこはどうでも良くねえ?」
そんな会話を交わしながら男はMサイズのコーヒー片手にスマホを取り出す。
「ま、直行するにしたってルートはいっくらでもあるんだし、おもしろそうなとこ通ってこうじゃないの」
友人もまたスマホを片手に男を追い抜いて前を歩き出した。店に面した駐車場に停めたバイク二台のタンクが鈍色の空をそれぞれに反射している。
男も友人の後を追って愛車の方へ向かいつつ何の気なしに周りを見た。
軽トラが1台、店の入口近くにバックで停車しようとしている。この寒さだ。降車してすぐに暖かい店内に入りたいのだろう。
気持ちはわかるなどと益体もなく考えていた男の視界では、軽トラが停めようとしている駐車スペースのタイヤ止めと店の隙間を通り抜ける友人の背があった。
そこで妙に大きくて甲高いエンジン音が男の耳に刺さる。発生源は軽トラだ。停車するのにそこまで踏む必要はない。
友人も無意識でなのかなんとなく足を速めている。
だが、その瞬間だった。
「は・・・?」
軽トラがタイヤ止めをガゴンッと乗り越えたのは。
男の視界いっぱいに轢き殺されそうになっている友人の背が大写しになった。
「斎藤!!」
友人の名を叫んで突き飛ばす。そこに深い思考はない。ただの反射的な行動だった。
「えっ―――?」
押された友人がロイヤルミルクティーを溢しているのが見える。
次の瞬間、形容するのであれば『グシャッ、メキッ、グチャ、パキッ』という音が身体の内側から聞こえ、わけがわからないほどの衝撃と痛みに体感したこともない異常な圧力に襲われた。
まるで身体全体を無理矢理握り潰されたような感覚だ。
と、同時に頭部や腹部、足に冷たく鋭い痛みが駆け抜けた。が、すぐにそれもわからなくなる。
景色の明滅。自分がどんな状態なのかわからない。
「あ゛・・・?」
瞼が開いていることをようやく認識した男の視界では、不自然に折れ曲がった己の腕からコーヒーが滴っているのが見えた。
ホットだったはずなのにちっとも熱くない。それにどうやら倒れているようだ。
「長月!長月っ!?車どけろ!おい、どけろっつってんだ!!聞こえねえのかこの大ボケ野郎!!」
薄い金属板をバンバン!と叩くような音と斎藤の声も聞こえるが、何枚もの障子を隔てているかのように音そのものが矢鱈と遠い。
「聞こえるか長月!おい聞こえるか!?すぐ救急車呼んでやるからな!」
一瞬で血塗れになってしまった友人の姿を見ながら斎藤が震える指で119番へ連絡する。
軽トラは長月にぶつかった後も勢いを止めることなく店内にまで突っ込んだのだ。
辺りは騒然としている。
ひゅーひゅーと掠れる音を聞いて、長月はそれが自分の呼吸音だとようやく理解した。
まともに息が吸えない。眼球だけ動かして斎藤の方を見ると赤黒い手でスマホを持ちどこかへ電話をかけている。
あんなにも青褪め、あそこまで焦っている友人の姿は初めて見た。
他人事のように長月がそう思っていると、斎藤は涙ぐんで語り掛けてくる。
「救急車呼んだからな!もう大丈夫だ!大丈夫だから!」
きっと・・・大丈夫ではない。もうダメだろう。
長月は冷静にそう思った。
これだけの怪我で痛みがないのだ。
ショック死しなかったことを幸運と取るか不運と取るかは微妙だが、こうなれば出来ることなど一つくらいしかない。
せっかくのツーリングをダメにしてしまった。
楽しく、男同士のお気楽な時間になる予定がリアルなドギツいスプラッタを見せてしまった。
だから―――・・・
「悪ぃな゛・・・」
そしてこれは絶対に言っておかなければ、この友人はひどく気に病んでしまうだろう。
「あ゛と・・・あ゛んま゛、気にすんな゛よ」
口がちゃんと回ったかどうかは確認できなかった。
しかし言ったことにして長月は意識を手放す。
こうして長月という男は呆気なく死ぬこととなった。
●○●
「アル!?アル!!アルクス!!大丈夫か?」
目を開くと紫紺色のドレスローブを着た妖艶な美人がアルクスの頭や頬に手を触れて心配そうな表情を見せていた。
こちらも顔が青褪めている。
普段の悠然と構えている姿しか知らないアルクスは目をパチパチさせて面食らいながらも頭をこくこくと頷かせた。
年齢不詳のグラマラスな美人がホッと安堵したように笑みを浮かべる。
「同規模、同属性の魔力をぶつけ合うなぞ無謀な真似をするとは思わんかったぞ。効果が二乗されたのじゃ。
これが風じゃったから良かったものの・・・・・ま、じゃがもう安心じゃぞ。とっておきの『治癒術』を使ったからの。
んむ?まだぼーっとしておるようじゃが本当に大丈夫か?どこか変なとこがあるかの?やっぱりもう一度術を掛け直し―――――」
そうまくし立ててくる妖艶な美女―――否、魔術の師を遮って、何もかも思い出したアルクスはこう告げた。
「ししょう。ぼく、前世のきおくがあるみたいです」
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