100 暗澹(あんたん)の部屋
一歩、また一歩、足を踏み入れるたびに空気が濃密になる。この部屋は、光の侵入を拒むかのように、闇が重く沈んでいる。壁には何も飾られておらず、窓は一枚もなく、外界とのつながりを断絶しているかのようだ。音すらも、ここでは不自然なまでに沈黙している。
それでも私は、この部屋に魅かれてやってきた。理由はわからない。ただ、何かがここにある気がしてならなかった。
部屋の中心には、一つの椅子があった。古びた木の椅子で、まるで誰かが長い間ここに座っていたかのように、座面がへこんでいる。そしてその椅子の隣には、小さな箱が置かれていた。まるでこの部屋の持ち主が帰ってくるのを待っているかのように。
私は、その箱を手に取った。開けると、中には小さな鍵が入っていた。見た目はただの古い鍵だが、触れると何かが私の中で揺れ動くような感覚があった。
ふと、部屋の隅からかすかな声が聞こえた。
誰かが囁いている。しかし、そこには誰もいない。
「鍵を……」声は断続的に、私の意識を引きずり込むように続いていた。
「使えばいいのか?」
私は自問した。
しかし、どこに使えばいいのか、この暗澹の部屋には鍵を差し込むような場所がどこにも見当たらない。
思い悩んだ末、私は椅子に座った。そして、鍵をポケットにしまい、目を閉じた。すると、突如として部屋の空気が変わり、闇が柔らかに揺らめき始めた。何かが解放されるような音がして、私の周囲の壁がゆっくりと開き始めた。
壁の向こうには、別の部屋が広がっていた。その部屋は全く異なる雰囲気を持ち、明るく暖かな光が満ちている。しかし、そこには誰もいない。ただ、穏やかな静けさが漂っている。
私は立ち上がり、扉の向こうの部屋へと進もうとした。だが、足が一歩も動かない。振り返ると、暗澹の部屋が再び私を包み込み、逃げられない。鍵は手に残ったままだが、その存在感が次第に薄れていく。
「この鍵を使う時は来ないのかもしれないな」
私はそう呟いた。
部屋は、再び闇に満たされ、私は再び一人、静寂と向き合う。
その時、ようやく理解した。ここは出口のない部屋だ。そして、鍵は解放のためではなく、私自身がこの部屋の一部になるための象徴だったのだと。
この暗澹の部屋は、いつでも私の内側に存在していた。
これからもずっと……。
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