99 天井の笑い声

彼女が住む賃貸マンションの一室は、静かで快適な生活空間だった。ご近所トラブルもなく、彼女はその穏やかな日々に満足していた。

ところがある日、管理会社から一本の電話が入った。


「ええと、◯◯号室の方ですよね? 実は、階下の住人からクレームが来てまして……」


彼女は驚き、思わず「クレーム?」と聞き返す。騒音など心当たりは全くない。彼女の部屋は防音も良く、特に夜間は静かにしていたはずだ。


「はい、なんでも……最近夜中に天井が笑う音がするって言うんです。」


彼女は電話口で固まった。「天井が……笑う音?」


「そうなんです。具体的には、毎晩午前3時ごろ、天井からクスクス笑うような音がする、と。正直、私どももどう対処していいか……」


彼女は困惑しつつ、クスクスと笑い出した。

「すみません、それはきっとテレビか何かと勘違いじゃないですか?」


「いえ、その方、耳はとても良いらしく、テレビではないと断言しておりまして……」


その夜、彼女は恐る恐る午前3時まで起きてみることにした。何も起こらないと思っていたが、深夜の静寂がピークに達したころ、確かに……天井から微かなクスクス笑いが聞こえたのだ。


彼女は驚き、恐怖に凍りついた。急いでテレビを消し、周りを見回すが何も変わった様子はない。しかし、天井は静かに笑い続けていた。


翌朝、彼女は眠れぬまま、管理会社に再度電話をかけた。

「あの、実は昨夜、私もその……天井の笑い声を聞きました。でも、何も原因がわからなくて……」


管理会社の担当者はしばらく黙っていたが、やがて静かに答えた。

「実は、その話、以前もあったんです。でもその時は、すぐに収まって……その後の住人たちは何も問題なかったと。」


「それで、どうしたらいいんですか?」

彼女は焦りながら尋ねた。


担当者は少し考えてから、意外な提案をした。

「おそらく、あの時間帯は何か……空間が歪んでるんでしょう。次に笑い声が聞こえたら、思い切って一緒に笑ってみてください。」


冗談だろうと思いつつ、彼女はやるしかないと決意した。

そして、その夜再び天井からクスクス笑いが聞こえてきた瞬間、彼女は恐る恐る一緒に笑ってみた。


驚いたことに、その瞬間、笑い声がピタリと止まり、静寂が訪れた。そして、二度と天井から笑い声が聞こえることはなかった。


数日後、管理会社から再び連絡が来た。

「階下の住人が感謝してますよ。天井が静かになったって。」


「ええ、どういたしまして」

と彼女は答えた。

「ただ……階下の住人さんが大変らしいです。今度は床下からクスクス笑いが聞こえるって。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る