96 大人になるということ (希望)



春の柔らかな陽射しが街を包み込む午後、涼介は古びた喫茶店のカウンターに座っていた。学生時代からの友人、翔太と会う約束をしていたのだ。二人は久しぶりに会うため、少し緊張していた。


「久しぶりだな、涼介。」

翔太がドアを開けて入ってきた。少し痩せたように見えるが、相変わらず明るい笑顔を浮かべている。


「おう、元気だったか?」

涼介は立ち上がり、手を差し出した。


翔太は席に着くと、二人はコーヒーを頼んで話し始めた。仕事の話や昔の思い出話で盛り上がりながら、ふと翔太が静かに呟いた。

「大人になるって、どういうことなんだろうな。」


涼介は少し考えた。確かに、社会に出てからの数年は、自分の変化を感じる時間でもあった。責任を負い、理想と現実の狭間で揺れる日々。しかし、それだけではない何かがある気がした。


「俺たち、大人になったよな。でも、それって何だろうな。」

涼介も問い返した。


翔太はしばらく黙ってから、小さな声で答えた。

「自分以外の誰かのために、何かを選べるようになることかもしれないな。」


涼介は驚いた。翔太は数年前に父親を亡くし、家族を支えるために地元に戻ったと聞いていた。それ以来、彼は自分の夢を一旦脇に置いて、家族のために尽くしてきたのだ。


「それって、苦しくないのか?」

涼介は尋ねた。


「もちろん、苦しい時もあるさ。でも、不思議とそれが喜びに変わる瞬間があるんだ。」

翔太の目はどこか遠くを見ているようだった。

「それに、誰かのために頑張ることで、自分が強くなれる気がするんだよ。」


涼介はしばらく言葉が出なかった。大人になることの意味が、少しだけ見えた気がした。それは、ただ年を重ねることではなく、自分の中に生まれる責任感と、それに伴う新しい価値観だった。


「俺も、もっと頑張らないとな。」

涼介は笑って言った。

「翔太のおかげで、少しだけ分かった気がするよ。」


二人は、もう一杯ずつコーヒーを頼んだ。春の陽射しは、これからの未来に続く道を優しく照らしていた。

大人になるということ。それは、誰かのために選択し、成長することなのかもしれない。二人はそれぞれの道を歩む覚悟を新たにしたのだった。

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