88 皐月晴れの裏通り

五月(さつき)晴れの日、裏通りを歩いていると、一軒の古書店に目が留まりました。埃まみれのガラス越しに、色褪せた本棚がうっすらと見えます。ふと、何かひかれるものを感じ、店の中へ入ってみました。


店内は薄暗く、静寂に包まれていました。ところ狭しと並べられた古書は、まるで時空を超えてきた旅人たちのようでした。その中をゆっくりと歩き回りながら、私は一冊の本を手にとりました。


それは、薄緑色の表紙に金色の文字で「皐月(さつき)晴れ」と書かれた小説でした。表紙には、若い男女が木漏れ日の差し込む公園でベンチに腰かけて語り合うイラストが描かれていました。


私はその本を手に取り、ページをめくりました。物語は、皐月晴れの日に出会った男女の淡い恋を描いたものでした。二人は互いに惹かれ合いながらも、それぞれに抱える悩みや葛藤があり、なかなか素直な気持ちで向き合えない。そんな二人の繊細な心の動きが、美しい文章で綴られていました。


私は物語に夢中になり、あっという間に読み終えてしまいました。最後のページを閉じると、私は深い余韻に浸っていました。


ふと、本の裏表紙を見ると、そこには見慣れた名前が書かれていました。それは、かつて私の親友だった女性の名前でした。


私は驚きました。その女性とは、もう何年も連絡を取っていませんでした。まさか、彼女がこんな素敵な小説を書いていたなんて、思いもしませんでした。


私は、もう一度本の表紙を手に取りました。そして、そのイラストをよく見ると、そこには確かに、かつての私と彼女が公園のベンチで語り合っていた姿が描かれていることに気がつきました。


私は、思わず涙が溢れました。


皐月晴れの日、裏通りで偶然見つけた古書。それは、ただの小説ではありませんでした。それは、私の大切な思い出を繋ぐ、かけがえのない宝物だったのです。


あの日、裏通りで偶然見つけた古書のおかげで、私は大切な思い出を再び思い出すことができました。そして、その思い出は、私の心に新たな「皐月晴れ」をもたらしてくれたのです。

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