32日目 異世界 中編

カルディさんがメガネを持ち上げながら言う。

「ただ、他にも方法があります」


「魔物討伐は無理でも、生け捕りにした魔物に魔法を撃ち込めばいいんですよ」

「魔物って生け捕りにもするんですか?」


「そうですねぇ、食用の魔物がメインですが」

「あぁ、魔物は食べたりもするんですね……」


そうだった。

この世界では、魔物の肉を食べたりもする。

何の工夫もしてない保存食用の肉が美味いのも、この魔物の肉があるからだろう。


なんでも、鮮度が重要な食用の魔物については、生きたまま売っているそうだ。


「では、市場へ行ってみましょう」

「はい、でもお店はいいんですか?」

「あぁ、妻か娘に任せますよ」

「ありがとうございます」

「いえいえ、あの不思議な道具が手に入る可能性があるなら、なんてことはありません」


そう言うと、娘のフェリアさんがやってきた。

店番をするのは慣れているようで、さっと店へ入っていく。


フェリアさんは、ピンク色の髪をした可愛らしい子だ。

歳は僕の1つ下の17歳。

カルディさんに似て長身。

目が大きく、鼻は低めで、童顔だ。

顔は可愛らしいのに、表情や発言が大人びていて、とても知的に見える。

カルディさんの影響だろう。

まさに道具屋の看板娘だ。

いつもすごくいい匂いがするので、もう少し道具屋でフェリアさんを見ていたかったが、カルディさんはそれどころではない。


小さな肩掛けのバッグを一つ持って、すぐに出てきた。

「では、行きましょう」

「はい!」


市場は歩いて5分くらいのところにある。

この街、アインバウムはそれほど大きな街ではない。

街の端から端まで2kmくらいだろう。

さらに、基本的に買い物する場所は一箇所に集中している。

だから、宿屋、道具屋、市場はそれほど離れていないんだ。


僕が転移してから一ヶ月あったので、街の様子は大体分かる。

狭い街なので、治安が悪い場所とかは特に無い。

治安がいいかと言われれば、そうでもないのだが、場所ではそれほど変わらない。


ただ、市場で売っている魔物に関しては詳しくない。

ましてや、ステータス上げに食用の魔物を使うなんて思いもしなかった。

こうして魔物売り場をきちんと見るのは初めてだ。


なんというか、思ったより禍々しくない。

食用の魔物だから、それほどグロイのはいないみたいだ。

メインは魚の魔物らしく、日本の生鮮市場に近いのかもしれない。


「どうですか?」

僕はどの魔物が良いのか全くわからないので、カルディさんに聞いてみる。


「う〜む…………どれも美味しそうなのですが…………

今の狭間さんには割高になってしまいますねぇ。

一応この辺の魔物も、魔法を撃ち込めばステータスは上がると思います。

ただ、食用の魔物は需要がたくさんあるから高いんですよ。

今の狭間さんでしたら、もう少し安価な魔物でも十分ステータスが上がると思います」


なるほど、確かにその通りだ。

今の僕は別に美味い魔物を求めてはいない。


にしても、美味しそうか?

魚は魚でも、凄い牙が生えてたり、エラが刃物のように鋭い魚がいる。


「たまにステータス上昇用の魔物も売ってるんですがねぇ。

まぁ買うのは基本的に貴族ですよ。

子供が魔法を撃てば安全にステータスが上げられますから。

今日は無いみたいですねぇ」

「そうですか、後日出直します?」


「いえ、ギルドへ行きましょう。

捕獲のクエストを出します」

「捕獲のクエスト?ですか」


「そうです。すぐに行きましょう」

「は、はい。わかりました」


カルディさんは早足で進む。

凄いな、この行動力。

ギルドっていうのは、クエストを出すこともできるのか。


ギルドは、宿屋や武器屋、カルディさんの道具屋近くにある。

冒険者が、宿屋などの店を使うからだ。


「では、ギルドへ向かいながら話をしましょう」

「はい、お願いします」


カルディさんの行動には無駄がない。

合理的で無駄が嫌いな性格なんだろう。


「ギルドでは、様々なクエストを受け付けています。

魔物の討伐、行方不明の捜索、アイテムの採集。

今回は魔物の生け捕りを、クエストとしてギルドへ依頼します。

ホーンラビットという魔物をご存知です?」

「ごめんなさい、魔物についてはほとんど知識がありません」


「50cmくらいのうさぎで、頭に大きな角があります。

基本的には、この角で攻撃をしてきます。

爪や牙もありますが、それほど脅威ではありません。

角さえ折ってしまえば、冒険者見習いにはうってつけなんですよ」

「なるほど」


「そのホーンラビットの捕獲を、クエストとしてギルドに依頼します。

冒険者がその依頼を受けて、ギルドにホーンラビットを持ってきてくれるんですね。

そして、私はギルドへ報酬を渡し、その約90%が冒険者に入ります。

ホーンラビットはたくさんいるし、初心者のクエストとしては最適です。

依頼を出せば、今日中に1匹は手に入ると思いますよ」


カルディさんに説明を受けていると、5分ほど歩いて道具屋を通り過ぎ、ギルドへ到着する。


ギルドは木造ではなく、石造りだ。

レンガできっちり造られている。

中に入ると、20〜30人くらい入れるホールと、奥に受付がある。

受付の両側には階段があり、2階へ続いている。

そして1階の壁際には掲示板があり、数人の冒険者らしき人が、掲示板を見ている。


僕は、ギルドへ入るのは初めてだ。

クエストを依頼するわけでも、冒険者でもない人は入らないほうがいいらしい。

単純にガラが悪いから。


カルディさんは慣れた様子で、受付へ向かう。

受付には、スキーンヘッドのムキムキなおじさんがいる。

受付がムキムキである必要があるんだろうか……


「おぅ、カルディ! 今日も薬草は入ってねぇぞぉ!」

「そうですか、冒険者はみんな自分で使ってしまいますからねぇ。

でも、今日は違いますよ」


「薬草じゃねぇのか?珍しいな……」

「はい、ホーンラビットの捕獲です」


「おぉ、そりゃ助かるね。

若いヤツらのクエストがあんまり無くてよ。

干し肉用か?」

「いいえ、彼のステータス用です」


イカツイおじさんがこっちをまじまじと見てくる。


「よろしくお願いします!」

「おいおい、その歳からステータス上げか?

まぁ、こっちはクエスト依頼受けるから別にいいんだけどよぉ」


異世界では、12歳くらいまでにステータス上げはほとんどやっておく。

12歳になると、今度はクエストをこなす側になるわけだ。

そりゃ、18歳の僕が10歳くらいの子と同じことをしようとするわけだから、こういうリアクションになるだろう。


「んで、何匹いる?」

「そうですねぇ、とりあえず3匹くらいでいいでしょう」


「はいよ、3匹ね。750セペタだ」

「わかりました」


そう言うと、カルディさんがお金を出そうとする。


「ちょっと待ってください。僕が出します」

「いえ、いいんです。その代わり、どうなるか見届けさせてください。

あとは、例の道具も私に独占させてくださいねぇ」


カルディさんは笑顔で答えてくれる。

でも目が怖い。

これは、僕がいくら言っても、お金を出させてくれないだろう。


今の宿屋が1泊300セペタだから、2.5泊分、結構な金額だ。

ちなみに僕の所持金は約4万セペタ。

筆記用具は、5万セペタで買い取ってもらったんだ。


確かに、今後の生活を考えると、ここで出費を抑えられるのはありがたい。


「よし、では私は自分の店に戻ります。

夕方またここで会いましょう。

それまでは、【魔力操作】だけにしておいてください。

MPは全快の状態にしておいてくださいね」

「わかりました。ありがとうございます!」


僕はウキウキしながら宿屋へ戻る。

【回復魔法】と【ストレージ】を覚えれば、とりあえずこの世界でお金に困らないだろう。

そろそろ仕事をと考えていたので、非常に助かる。

仕事と言っても、ステータスの貧弱な僕ができる仕事は限られている。

そんなには稼げないだろう。


カルディさんはMPを全快にしておけって言っていたな。

確認しておこう。

MP:55/57

【エアカッター】の消費MPは2か。

夕方まで時間があるから、あと2発は撃っておいたほうがいいな。


僕は何もない空間に【エアカッター】を2発撃ち、その後は恒例の【魔力操作】をひたすら続ける。

今日も時計回りに魔力を何周も回す。

地味な作業だ。

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