第39話 楽園への誘い

 子供たちが一列になって、笛を吹く小さな男についていく。穀物を集める倉から脇に入って、農道を通っていく。宿場街とは逆方向で、その先にあるのは畑や茂みだけ。


 小躍りするように笛を吹く男と奇妙なメロディがあれば、そこは楽しい遊び場のようにも思えてくる。


「なにあれ?」

 僕が少し走ったのは、笛を吹く男を確認するためだ。


 笛を吹いていたのは、小柄な身体。子供よりも小さな、ぬいぐるみのようにも見えた。ガラス細工の目と小さな口の境目におおきな傷跡のような縫い合わせがあった。つぎはぎだ。これが王様の冠を被り、ぷよぷよと動く姿。リッリが「可愛ゆい」と言ってはしゃぐのを止められないほどの愛らしさだ。


「どうなってる? 夢じゃないよな」

 ナタが目を擦うくらいだから、


 僕も同様だった。


 普通に考えて、あり得ない状況だ。ぬいぐるみが勝手に動いて子供たちを先導している。しかも笛を吹きながらとなれば、もうお伽噺に違いない。


「大道芸だね」


 僕は断言する。仕掛けがわからない魔法じみた光景は、大道芸でメシを食っている一部のスターがやるような興行だった。


「これが大道芸ってやつか」


「これは気合い入ってるね。これくらいのことをしないと芸とは呼べないんだよ」

 僕はただただ感心するだけ。


「ちょっと待て、俺が考えてたやつと結構違う」

「そりゃそうさ。ナタはヒルデリアとかギリシャで大道芸なんて見たことある?」

「ないけど」


「普通の人が思いつくようなことをしても芸とは呼べないんだ。思わず観客が拍手しちゃうくらいのことをしなきゃね」


 僕は賞賛の拍手を送っていた。「見てみなよ。ナタ。このぬいぐるみだってよく出来ているよ。ぬいぐるみと音楽。これが融合して新しい世界が広がるんだ」とは、笛を吹くぬいぐるみを上から見た感想だった。


「これは真似できないな。これがプロってやつか」

 ナタも興味があるだろう。


「芸術って呼ぶんだよ」


 どこから縫いぐるみに人が入っているのか気になったけれど、その縫い目は見つからない。正確には縫い目だらけだったが、すべて上から縫合されていた。


「大道芸の天才か?」


「もうとっくに大道芸の域を超えてるんだ。魔法って呼んであげようよ」


「魔法使いの天才か?」

 ナタは真横からぬいぐるみを覗き込んでいた。


 笛を吹く王様の縫いぐるみは、ナタと僕に挟まれて身動きがとれないと足踏みする。

 いや、心なしか僕たちの会話を聞いて笛を吹くぬいぐるみもご機嫌だ。得意げになったようだった。


「あの縫いぐるみの手で笛を押さえて吹いてるぞ。そんなことできるのか?」

 ナタが言えば、


 ついにここで、しびれをきらした縫いぐるみの男が答えた。


「よくぞ気づいた。笛を吹くだけなら人間には容易い。しかしこの身体で笛を吹くのは難儀なことじゃ。これは修練の賜じゃよ。指先だけの問題ではない、呼吸法にも大きな課題があったわ。それらを解決してやっと辿り着いたボディがこのわし」


「しゃべった?」


 僕は一瞬驚いたが、それは男が本当のぬいぐるみに見えてしまっていたせいだ。


「わしこそ天才。アーティファクト学者のムルムル様よ」

 縫いぐるみの王様だった。


「アーティファクトってなんだ? こいつ、しゃべって笛を吹くだけじゃないのか?」


 ナタは息を呑んだ。どこまで大道芸とは奥深いのか。


「アーティファクトって、確か魔法の小道具みたいなものだよ」

 僕はその言葉を知っていた。言葉の響きだけでわくわくしてくるのは、僕が冒険者だからだろうか。


 ムルムルはそこで問う。


「笛も踊りも知恵があるからこそじゃ。力と知恵、果たして役に立つのはどちらかのう? お前には答えられるかな?」


「どっちも必要じゃないの?」

 僕は答えた。


「ノンノン、答えは知恵じゃ。一〇人子供を集めるのに力ずくでやろうとした愚か者がいる。旅人から服を奪うのに北風を吹かせて無理矢理剥ぎ取ろうとするのは愚者のやること、少し熱い陽射しを差し向けるだけで旅人は自ら服をぬぐというのにの。わしがやれば、ご覧の通り、武器も暴力も使うことなくあっという間に一〇人以上よ」


「凄い、喋っているのが凄い」


「これが賢者の知恵じゃ。くふふふふ」

 見たかと、ムルムルは笛をくるくると回して、それを口元に構えた。さらなる楽曲を披露しようというのだろうか。


 ただ、

「ちょっと待て」


 邪魔をしたのはシェズだ。「あたしの弓矢の腕前と、これを組み合わせたらたぶん凄いぞ」というのが理由だった。


 ここで、

「どう見ても、おかしいでありん」

 そういうのは赤頭巾の賢者リッリ。


「弓矢とぬいぐるみなら、人が死ぬこともないぜ」となれば、これは理想の大道芸だとシェズは言う。この成功を疑う余地がどこにあるだろう。


「いや、そもそも、それは人間か? まずはそこを見よ」

 赤頭巾はムルムルを杖で指し示していた。


 近くで見ればみるほど、そのぬいぐるみは完璧だ。つぎはぎはあるが、人が出入りするような切れ目はない。ガラスの目を覗き込んでも、その奥に人間の目があるわけでもない。


「中に誰か入って居るとしても、これでどうやって外を見ておりや?」

 と言いつつも、


 赤頭巾はムルムルの前に立ちはだかっていた。


 ここからくる質問は、尋問だった。

「ところで、それらはどこに行くつもりや?」


 笛を吹くぬいぐるみ。

 その笛が止まった。


 子供の足が止まった。


「ただの散歩じゃ」

 ぬいぐるみが王冠の陰で視線を逸らすように答えた。


「子供をどうするつもりりや? 攫っていく途中りい?」

 というのが尋問の理由だ。子供が攫われる村で大人が心配するのはまさにこれ。


 赤頭巾が前のめりだった。

 

 ムルムルのほうは開いた口が塞がらない。


「そんなわけないだろ。わしは子供に夢を与え楽しませているだけじゃ」

 これをムルムルが言えば、子供たちも声をあげた。すでに宴は始まっている。


「今から夢の国に行くんだよ」


「笛の人は夢の国の王様なんだよ」


 はしゃぐような声だった。


 これを受けて、ムルムルは自信を持ったに違いない。

「その通りじゃ。わしらはこれから夢の国に行く。邪魔はしないでくれ、お前たち旅人はむしろ、金とか女のほうが興味があるじゃろ。それならとっとと首都ラムセスにでも向かうがいい。あっちにはあっちで、貴様らにお似合いの夢の国があろうて」


 大人には大人の宴があると言う。


 ますます興味が出た。

 それがリッリの顔だった。


「その夢の国とはどこなりや?」


「わしを疑っておるのか?」


 こうなったら、リッリだけではない全ての人間の視線はムルムルにある。


 僕とナタ、シェズも一緒にムルムルを取り囲んだままだ。だけど僕たちが取り囲んでいるのは、人攫いではないらしい。


「わしは大道芸人じゃ」

 本人曰く、ムルムルを人攫いなどと決めつけるのは勘違い。

 

「そういえば、大道芸人って、人通りの多いところで芸をみせてお金をもらうんだけど」

 僕が言えば、


「子供を攫った後で親に身代金でも請求すりや?」

 リッリが答えた。


「とりあえずその話はおいといて、他の大道芸を見せてもらおうぜ。それで本物かどうかわかる」

 ナタが言えば、


「芸をただでするわけなかり。収入があるから芸をしやりや。つまり子供をつれていけば金になるが、ナタ、それに芸を見せたところで何の得がありやら」

 これもリッリが答えていた。


 ふぉぉぉぉお、とムルムルは唸る。


「わしの代わりに、わしの心を見透かすような返事をするでないわ。わしの芸はビジネスではない。大人はこれだから駄目なのじゃ。純粋に夢というものを語らんからのう」


 そこまで言えば、もう黙っておくわけにもいかないと、ムルムルはさらに喋り始めた。


「わしは夢の王様じゃ。子供たちも言っておったじゃろうが」

 だが相手は大人だ。僕たちがこんな話を本気で信じるだろうか。


 ムルムルは思っただろう。作戦が失敗して逆に襲われたときの備えはある。賢者ならば、はじめから策は二重にも三重にも張り巡らせておくもの。


「これは仕方ない。ではお前たちにも特別に教えてやろう。本来は子供たちしか招待できないのじゃが、そこの茂みを越えたところじゃ。そこに夢の国がある」


 これが必殺の作戦らしかった。


 僕は思う。彼は大道芸人だと言うけれど、そろそろ信じる演技も辛くなってきた。


「え? そんなに近くに」

 僕は一応話を合わせて、驚いてみせた。


「近いな」

 ナタも同じようで、すでに言葉に熱はない。


「くふふふふ、ついて来るがよい。わしが王様だということを証明してやろう」


 そこに怪物を潜ませてある。怪物に襲わせてしまえば、邪魔な旅人などひとたまりもなく消えてしまうだろう。そんな秘めたる野望が透けるようなムルムルのにやり顔。


 だけど、一時間後に僕たちがいたのは、楽園ではなくて倉のある村だ。子供たちを探す大人たちが紛糾する場所だった。


 子供が保護されたと連絡をうけて走ってきた大人たちは、自分の子供がいるかどうかを必死になって探していた。


 親の叱る声、慌てて取り乱す顔があると、子供たちも不安になる。そしてどこかで誰かが泣き出すような現場だった。

 人攫いから子供たちが取り返されためずらしい顛末だった。

 

 ムルムルはぐるぐる巻きにされて身動き取れない状態で目をギラギラを光らせていた。


「もう少しで夢の王国じゃったというのに」というのが悔しい気持ちだ。


「そんなわけなりや。夢見過ぎなり」

 赤頭巾の賢者の容赦ない返事。


 ムルムルにとって夢も希望もないとはこのことだ。


「夢が嫌なら現実を見せてやるわ。わしをこんな目に遭わせて後悔するぞ。祟りじゃ」

 それでムルムルは歯ぎしりする。


「その口に、からしでも塗ってみてやり?」

 とは祟りへの対処法だったか。


 そのような攻撃にひるむムルムルではない。


「祟りじゃ」

 必ず報復はしたいと叫んでいた。


 これに容赦ないのは、僕も一緒だった。

 子供が親元に帰されてはっきりとわかったことがある。


「こいつが人攫いの犯人でした。さっきから一〇人攫うのを自慢してたりしてました」


 本物の大道芸人だと言ってみたりしたが今はもう完全に夢から覚めていた。「こいつをとっちめてください」と村人に猛アピールだ。


「お、お前ら」

 もはやムルムルにとって祟りどころではなかっただろう。


 ただこれは村人にどうこうできる問題でもない。そこは、ミツライムの警備隊が来ることを待つことになる。


 この成り行き故、

 さっき出会ったミツライムの子供捜しのエージェント三人とまた顔を合わせることになったのは言うまでもない。


 僕は村に向かってくるミツライムの軍隊を見た時、手を振った。


 今度の軍隊はチャリオッツ二両からなる総勢五〇名だ。これが盾と槍をもって歩いてくれば、小さな村は騒然だった。たとえ味方だとわかっていても、軍隊がやってくることなどそうはない。何が起きるか不安になる。だが軍隊の中に、見知った顔がいれば安心して手を振ってしまうというもの。


「あ、どうも、ヘルメスです」


 元気よい挨拶を心がけたが、

 返事はなかった。


 むしろ僕の視線の先、ジャガールは静かにしていろと手を下に振った。今度の軍隊はさっきの兵士たちの集まりではない。ジャガールは兵士たちに指示する立場ではなく、あくまで案内役だった。


 逆に恰幅の良い黒服の男が満面の笑みだ。


「将軍様、あれが先ほどお話しした旅の連中です」

 そう言って顔色を窺う相手が、その隣にいる。


「ウバル将軍。こちらです」

 こう呼ばれた男は、戦車チャリオッツの上でマントを広げた。赤いマントが翻れば、首回りから盾までが金細工であしらわれた豪華な装いの戦士だとわかる。黄金の輝きに負けない肉体は、ジャガールよりも黒光りしていた。


 この男が戦車を降りた場所が、犯人を拘束する小屋だった。


 捕らえていたムルムルをここで引き受けた軍隊は、大きな鶏冠を取り付けた兜に代表されるミツライムの正規軍だ。警備隊とは威厳の違う格好。中でも、将軍ウバルは引き締まった褐色の筋肉を鎧のように着た男で、握っている槍は柄までが黒光りする逸品だった。この男たちを前にすれば、犯人にはもう絶望しかないだろう。


「犯人であるこの男をすぐに取り調べよ。隠し持っている武器があれば取り上げろ」


 ムルムルを前にしたとき、ウバル将軍は迅速に対応した。「小屋の西と東にそれぞれ見張りをおけ。この場所に長居はしないが、警戒を怠るな」部下にそれぞれ指示する。だが彼が興味をもったのはむしろ、旅人のほうだったかもしれない。


 ウバル将軍は動けなくなった犯人に興味はない。すぐに小屋を出て、見物を決め込んでいた僕たちに向かい合った。


「ところで、お前たちが犯人を捕まえたという旅人か」

 これは将軍からの声かけだ。


 はりきったのは僕だけだった。


「はい、将軍様。僕たちは街から街を渡り歩く商人でございます」


 ここで恰好がつけば、さっきの黒服の女子が僕のことを見直してくれる可能性があった。


「ほう、最近の商人は随分勇敢になったものだな」

 ウバル将軍なりの賞賛がその言葉。


 だがその賞賛は本来エージェントたちに向けられるべきものだろう。そう僕は考える。


「この周辺で子供が攫われていると、少し前にそちらのエージェントの方々から聞いていましたもので、その忠告が大変役に立ちました。犯人を見たときは、無我夢中で捕まえなきゃって思って。でも今回の犯人は小さい人だったのでなんとか取り押さえることができました」


 僕は一礼すると、次にジャガールやサームの顔を見る。彼らのお陰と言葉を添えれば、これはサームには最高の贈り物だろう。事実、彼は鼻高々だった。自分たちのおかげで旅人が犯人を捕まえたのだと紹介されたような形だ。


 最初に出会った時、サームはだらしないバンダナ男と生意気な少女の中で苛立っていた。だが、ここに来てミツライムの崇高な将軍と肩を並べている。サームにとって、この立ち位置こそ求めていたものだろう。


 対してジャガールは、一貫して面倒くさそうにしていた。


「将軍様が直々に出てこられたのなら、俺たちが来る必要なかったよな」

 と少し離れたところで呟くのは相変わらず。


 むしろ、

「ジャガール、旅人にはお礼をしなければなるまい。異国の商人といえど、その振る舞いは名誉あるミツライム兵士と変わらない。ならば私はミツライム兵士同様の栄誉を授けよう。今夜はミツライムの酒と料理を堪能させてやれ」


 そんな命令があると、うなだれたのはジャガールだ。


 おもてなしは僕たちにとっては嬉しい話だが、

 ジャガールからしてみれば次のように自分に問いかけたいところだろう。人攫いの犯人と戦うこともなく、戦った旅人の世話をするのがエージェントの仕事だったか。


 僕にはなんとなくわかっていた。

 なんかこの腑に落ちない空気感。


「料理?」

「ごちそうか?」


「腹減ったぞ」

「俺も、ここ数日まともなものは食べていない」


 シェズとナタは合唱のようにそれを繰り返すが、僕が悶々とするのはこういうことではない。


 ここで将軍ウバルは、僕たちに言った。


「あとの始末は私に任せてもらおう。子供たちを攫った組織の全容を解明し、ミツライムに平和を取り戻すのは私の仕事だ」


 それはジャガールやサームの言葉とは違う正義の言葉だった。悪の組織が相手ならば、将軍の顔が険しくなるのも仕方が無い。


「なかなか立派な将軍様なりや」

 と、リッリは頷いたが、これも僕が感じた違和感とはまた別の話だった。


「将軍様のお陰で僕達も安全な旅ができます。ありがとうございます。これからもずっと将軍様の活躍を期待してます」

 最後に僕はそう言って将軍たちを見送る。


 そして気がついた。


 将軍は笑っていない。ここには犯人を捕まえたことを喜ぶ人間がいなかった。

 兵士たちもだ。犯人を逃がさないように気を配っているし、敵の襲撃にも備えていることだろう。


 そしてサームは、将軍の隣に立てることを喜んでいる。犯人の顔など見てもいないだろう。


 ジャガールは最初からけだるそうにしていたし、

 もう一人の黒服はと言えば——。

 

 黒いコートを翻して、彼女はふらっと景色を眺めた。いや、僕の顔を見るのも汚らわしいと言った様子で、その横顔から殺気だけを滲ませていた。


 すれ違い様に彼女が残した言葉は、彼女なりの親切だったのかもしれない。


「気楽なものね。一応言っておくけど、前任のエージェントはみんな殺されているわ。あんたたちが捕まえた犯人は一部にしかすぎないんだから。一人で何千人も子供を攫うなんて不可能なのよ。報復があることも少しは考えておきなさいよ」


 少女らしからぬ発言だった。しかも早口だ。できれば喋りたくないという気持ちがわらわらと溢れていた。


「忠告をどうもありがとう」

 僕はめげない。


「まあ、あんたなんか、生きて居ても死んでいても、どうでもいいんだけど」

 こんな台詞があったとしても、僕はめげない。


「くそう、祟りじゃ祟りじゃ」

 ムルムルが悔し紛れに最後に大きく叫んだが、


 それでも僕はめげなかった。


 そんなところから僕を不安にさせる不穏な空気が生まれていた。

 

 僕の不安は少なからずナタにも伝わっただろうか。


「どうしたヘルメス? さっきからお前テンション下がりっぱなしだけど。これからメシだって言うのに、おかしいぞ」


「うん」


「何か気になることでもあったか?」


「さっき、報復あるから気をつけろって忠告されてさ」


「あの女子にか。そんなこと言われて、気が滅入っているのか? 報復があるとしても、俺たちは報復される前にミツライムを出て行く。ここには観光に来たわけじゃないからな。それにこれはミツマの人のことを聞くチャンスだぞ。あいつ、ジャガールってやつに酒飲ませて、全部吐かせるんだ。あいつならミツマのこと知ってる」


 ナタは前向きだった。今晩中にミツマの情報を手に入れたら、そのままミツライムから脱出するつもりだろう。


「ううん、そうじゃなくて」

「じゃあなんだ?」


 ここからが核心だった。


 僕はしぶしぶ告げる。感じたもうひとつの懸念。


「僕達が犯人捕まえたのに、ありがとうとか、嬉しいとか、よくやったとか、そういう言葉がないんだ」


「メシ奢ってくれるっていう話だぞ」


「心の問題だよ」


「みんないろいろ忙しいだろ」


「そうじゃなくて、犯人捕まえてくれてありがとうとか、嬉しいとか、見直したとか、いろいろあるじゃん? 忠告とかの前にいろいろあるじゃん?」


「まさかあの女子のことか」

 ナタは察したかもしれない。


 僕は少し赤くなったかもしれない。


 だがその恋はどうだろうか。


「お前、なんであんなに嫌われているんだ? そもそも何があったんだ」

 ナタにはわからないことがある。


「いや、僕にもわからないよ」


「あいつ名前なんて言うんだっけ?」


「それもわからない」

 僕は落ち込む一方だが、


「じゃあ今晩全部聞いてみようぜ」と言えば、つまり宴会のことになる。


 僕の悩みも、すべては今晩解決するだろう。


「おい、お前ら何こそこそ話してんだ。犯人逮捕の祝賀会に乗り込むぜ」

 シェズが僕の肩に寄りかかると、それはそれでもう誰もが宴会気分だった。

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