第12話 コラボ配信・教えてステラ先生!④ 『魔法』ってなぁに?

「はえー、探索者組合ってこんなところあったんですねぇ」


 一面が真っ白な部屋の中、ヒナが感心したような口調でそんなことを言う。

 先ほどのライバー事務所から、次のために移動してきたここは探索者組合内の建物の中に備えられた設備であるシミュレーションルームであった。


「ええ。なんでか利用する方が一部に限られておりますけれども。お金はかかりますが組合では申請すれば誰でもシミュレーションルームを借りて仮想戦闘などを行うことができるのですわね。なんでか利用する方が一部に限られておりますけれども!」


 相変わらず小さな教鞭を持ったステラは、少し不満そうな顔で言いながらくるくると手遊びをしながらタブレット端末を取り出す。これは事務所から出る際、コメント確認のために持ってきたもので前回のダンジョン配信の時に使っていたものと同じものだ。ちなみにヒナたち三人組も同じようにタブレット端末を用意していた。

 そうしてステラはコメントを確認してみるが。


『知らんかったわ』

『知ってたけどあんま使うことないな』

『お金かかるなら新武器の慣らしとかもダンジョンでやればいっかなって……』

『連携とかもちょっとランク下のダンジョンで確認したらええやろの精神』


 書き込まれていたのは、シミュレーションルームを借りることに否定的なコメント群。ステラとしては割とシミュレーションルームの利用というのを有用に思っているので、コメントの意見に目を通してがっくりと肩を落としてしまう。


「Oh...やっぱり皆様、シミュレーションルーム借りるくらいならダンジョンに行くのですわね……ちょっと悲しいですわ」

「でも実際シミュレーションルームやとマナ稼がれへんから金にもならんしレベルアップもできへんやろ。それやったらダンジョン行った方がついでに稼げるしええんちゃうの?」

「んー、まあそういう意見もありますが。シミュレーションルームはシミュレーションルームで利点がありますのよ? 一歩間違えれば死んでしまうダンジョンと違って、魔術障壁マギテクスシールドが自動でかかり続けるから命の危険はありませんし。武器の慣らしのためにモンスターを探して回る時間も必要ありませんし」

「あー、まあそれはそう……確かにそれはそうやけどなぁ」


『なるほどなぁ』

『確かに言われてみればそれはそう』

『でも金かかるしな……やっぱダンジョンでいっかってなっちゃうよな』


 ハルカの言葉に対して答えて言ったステラの言葉にも、納得した人自体はそれなりにいたようであるけれども、それはそれとしてこれから利用を増やそうという感じにはならなさそうでもある。


「でも、安全なのはいいことだよね。練習しようとして怪我したら元も子もないし」

「私はどうせならついでに稼ぎたいっていう人の気持ちもわかりますけどね。レベルアップとかも早くしたいですし」


 ヒナとリリの方を見ると、リリはシミュレーションルームの利用を肯定的にとらえているようだったがヒナはどちらかと言えば否定的なようだった。早くレベルを上げていく方が強くなれると思っているのだろうし、実際そういう一面があることも否定はできない。特に初心者のうちは必要なマナが少なくレベルアップもしやすいのだからなおさらだろう。

 そんな二人の様子を見て、ステラは諦めたように首を振って、はぁ、とため息をこぼす。


「うーん、本当は初心者こそシミュレーションルームで念入りに訓練した方が良いのですけれども……でも、わたくしも探索者なりたての頃は師匠せんせいに文句言っておりましたし。あまり人のことは言えませんわね」


 そして少し愚痴のようにこぼしたその言葉に、ヒナたちが食いついた。


「えっ、師匠せんせい、ですか?」

「Aランク探索者を育て上げた師匠やって!?」

「ちょっとどんな人か気になる……!」


『ヒナちゃんたちめちゃくちゃ食いついてて草』

『お嬢より強いのかな』

『まあ気になるでしょ』

『その人も女装してるんだろうか……』

『さすがに女装はないやろwww ……ないよね?』


「うお、急に来ましたわね……! コメントの方も!」


 ポロっとこぼれた言葉に興味津々と言った風に食いつかれたじろぐステラ。詰め寄られながらも「うーん」と話すかどうかを少し悩んだ彼であったが、結局は首を横に振って手をぱんぱんと二つ叩いて「とりあえずお待ちを」と三人を落ち着かせようとする。


「気になってる人も多いようですが……話すとちょっと長くなりそうですし、また機会があればということでお茶を濁しておきますわ。とりあえず今は訓練の方に集中いたしましょう」


 そして出たその言葉に不満そうに口をとがらせるヒナたち。しかし「ほら、時間は有限ですわよ」とステラに促されると、しぶしぶとその話題から離れることにしたようだ。なおコメントの方は『ちょっとくらい……ええやろ!』やら『話して、どうぞ』やら、全体的に未練たらたらのようであったがステラは無視した。


「それで、実戦訓練って言っても何をするんですか?」


 そういうわけで頭を切り替えたヒナがそんな質問をした。

 その質問に、ステラは「そうですわね……」と少し考える素振りを見せるとすぐに教鞭をピッと振って答える。


「本格的なものをやっていくといくら時間があっても足りないので、とりあえず二つ。魔法についてと、それからポジション確認ですわね」


 その答えに頷いて応じる三人。それを確認すると、ステラはすぐに授業に移ることにしたようで、「それでは早速ですが」と話し始める。


「先に魔法の講義に入らせていただきますが。魔法とは何か、どのように使うものなのかを……そうですわね。魔法支援がメインのリリさん。お答えいただけますか?」


 そうステラに指名されて、リリは「あっ、今度は私か」とつぶやいて質問の答えを返す。


「えっと……魔法技術マギテクスはマナを利用して、様々な現象を起こす技術体系のこと。例えば火を起こしてみたり、触らずにものを動かしてみたりとか……ほかにもいろいろ。それで、使い方だけど」


 そこで一度言葉を切った彼女は、手に持った杖を周りにかざす。

 それは地面から彼女の腰までより少し長いくらいの長杖で、ただの杖ではなく機械的な構造を持ったもの。

 魔法技術端末マギテクス・デバイス。この杖は、そう呼ばれる代物のうちの一種であった。


「デバイス……つまり、魔法を使用・制御するための端末、私だったらこの杖に魔法マギテクスアプリをインストールして、それを起動……基本的には魔法名の発声、つまり使いたいアプリの名前を口に出して言うことで発動するの。こんな感じで」


 「火炎flame」。リリがそうつぶやくと、構えた杖の先に小さな火が灯る。

 火を発生させる魔法を使用したリリは、「え、えと、こんな感じいいかな……?」と少し自信なさげに口にしながら、杖を振って発生させた火を霧散させる。

 それを確認したステラは、リリの解答に満足そうに頷く。


「はい、ありがとうございますリリさん、はなまるの解答ですわ!

 ちなみに付け加えるなら別にアプリを経由せずとも魔法を使うこと自体はできますが……まあめちゃくちゃめんどくさいですし、それをやるのは変態くらいなので覚えていただかなくとも構いませんわね」


 ステラの言葉にヒナとハルカの二人は「おおー」と感心したようにリリに拍手を送り、受け取った彼女は少し照れ臭そうに笑う。

 そして一通り拍手をしたところで、何か気になることがあったのか。「そういえば」と呟いて、直後にヒナは元気よく手を上げた。


「はい! 質問です!」

「はいどうぞヒナさん」

「普段魔法使ってる時ってバッテリー切れたら使えなくなるんですけど、この間のダンジョンではバッテリーがないのに魔法が使えました! あれ何でですか!?」


 その質問に「おっ」と少し感心したようにステラは声を漏らす。

 コメントの方も『そういやそうだっけ』『あれなんでだ?』という疑問を持つもの、そして『探索者じゃないと知らんかそういや』『あー、最初は気になるよな』と答えを知っているものの二つに分かれている。これはつまり、ダンジョンに潜らない人にとってバッテリーを使わずに魔法を行使するというのが不思議なことであると同時に、探索者にとっては知っていてもおかしくないことであることを示していた。


「ええ、良い質問ですわヒナさん。

 実のところ、ダンジョン内では基本的に魔法をいくらでも使えます。無論、無条件でというわけではありませんが」

「……えっと、つまりどういうことなんですか?」

「理論を詳しく解説すると長くなりますが……これにはさきほど確認したこと、ダンジョンの外にはマナが無くダンジョン内ではマナが自然発生するというのが関係しておりますわね」


 そこで一度言葉を切り、ステラは懐から何かを取り出す。

 開閉するための口のついている円筒状のそれは、両端にも何やら端子のようなものがついており何かのパーツであることがわかる。ステラはその物体の口を開け中から宝石のような透明感のある小さな石を取り出すと、三人と視聴者に見えるように差し出した。


「さて、これが今しがた話に出ていたマナバッテリーですわ。皆様これは見たことがございますわよね?」


 その質問に頷いた三人に、「よろしい」と頷き返したステラは話を続ける。


「魔法を行使するには当然マナが必要になりますが、ダンジョンの外にはマナがありません。なので、ダンジョンから回収してきたマナをこのバッテリーに貯蔵して、それをデバイスに接続して使用するのですわね」


 そこまで言ってマナバッテリーをまた先ほどの円筒状の物体……つまり、彼の使用しているデバイスに接続するための装置に嵌めなおすと、ステラはそれを懐にしまいなおす。

 そして『ちなみに家電ってあれバッテリーついてないけどなんで?』というコメントの質問に「家電なんかの有線の機械はマナラインという地面の下に埋め込んだ配線を通して各ご家庭にマナが供給されておりますわね」と答えると、そのまま次の話に移る。


「では、逆にダンジョンではどうなのかということですが。ダンジョンではマナが自然発生いたしますので、バッテリーなどを通して使用する必要はありませんが……しかし、周囲を漂うマナを使うだけでは基本的に魔法の行使には足りません。

 ですので、いったん人体の方にマナを集め、それをデバイスに流し込むことで魔法を行使いたします。このときにマナを人体に集める工程に関係してくるのが、レベルアップの時に少し言ったマナ親和性ですわ」


『マナ親和性……?????』

『探索者じゃない人にはあんまりメジャーな単語ではないよね』

『あー、マナ親和性ね、おいしいよね、うん』

『当方底辺探索者、マナ親和性が具体的になんなのか知らない模様』

『いや探索者は知っとけよ』

『名前は聞いたことあるけど、説明しろって言われるとちょっと困るな……いやなんとなくはわかる、わかるんだけどね?』


 マナ親和性。ステラの言った言葉に、コメント欄のおそらく探索者でないであろう視聴者たちの疑問符が満ちる。まあ当然だろう。探索者でなければおそらく使うことのない言葉だ。なお一部探索者も知識が怪しいのがいるっぽいがそいつはちょっと勉強やり直した方が良いなと彼は思った。

 そしてコメント欄から顔を戻すと、思いっきり疑問符を浮かべながら「マナ親和性って何?」と言っているヒナと、その言葉に「あー」と言葉になっていない声を出しながら目を逸らすリリとハルカの二人。

 そして結局リリが代表して質問することにしたのだろう、手を上げて口を開いた。


「えっと……マナ親和性って、先輩たちからなんとなく聞いたことはあるけど結局なんなのかな……?」


 その質問に、なるほどこの辺りまでだったか、とステラは彼女たちの知識の量を理解する。

 一応、前回の探索配信の前に座学配信があったというのは聞いていたし、それを確認するためにいろいろと質問してみたところ(ところどころ首を傾げていたヒナ以外は)スムーズに答えていたために「実は今回の座学これいらなかったのでは?」と思っていたが、ちょっとくらいは意味がありそうだと彼は安心したようだ。

 内心ほっと安堵のため息をつきながら、彼は質問に答えるべく口を開いた。


「まあ、探索者以外にはなじみのない言葉ですものね、成り立てなら詳しくわからずとも仕方ありませんわ。

 マナ親和性とは言葉の通り、マナに対する親和性……つまり、マナをどれだけ自分の体にため込みやすいかということですわね。これが高ければ高いほど、多く早くマナを自身の体に取り込むことができるので、ダンジョン内で魔法を使う際により早く、より多くの、そしてより強く魔法を行使することができるのです」


 と、そこまで言ったステラは不意に少し黙り込む。何やら考え込むような素振りを見せた彼に三人が不思議そうな顔をすると、彼は「ああいえ、少し」とだけ返すと、「いえ、やはりこの話も今しておきましょう」と口の中で呟いて改めて三人に向き直った。


「マナ親和性の話が出てきたのでついでにこの話もしておきますが……皆様、マナとは何なのか知っておりまして?」


 その質問に、三人は顔を見合わせて首を傾げた。


「え? いや、そういえばなんなんでしょう……リリちゃん、知ってます?」

「そういえばなんか魔法を使うためのエネルギーになるってこと以外聞いたことないなぁ……ハルカちゃんは?」

「いや、言われてみればウチも詳しくは知らんわ。実際マナってなんなん?」


 三人の疑問に、ステラは一つ頷くとピッと教鞭を顔の横に立てて答える。


「実のところ、マナがなんなのかということはダンジョンについてと一緒でまだ解明されておりません。発見した人物が同時に魔法技術を発表したためにそのまま使われておりますが、その詳細は謎のままです。

 が、一つだけわかっていること。注意すべき、知っておかねばならないことがあります」


 そこまで言った彼は、とても真剣な顔を三人に向ける。

 その表情に、ヒナたちも姿勢を正して聞く姿勢に入った。


「注意すべきこと、ですか?」


 その言葉に「はい」とステラ。


「それは、濃度の高すぎるマナは人体に有害であるということです」


 そして続けて言われた言葉に、ヒナたち三人は「えっ」「そうなの?」と驚いた表情を見せた。


「皆様、聞いたことはありませんか? マナ貯蔵施設でマナ中毒の被害が起きた事件などの話は。あまり多い方ではありませんが、たまにある話です」


 ステラの言った内容に、しかし心当たりがなかったのか首を傾げる三人。しかしコメントのほうでは『そういえば』『あー、昔一回見たかも……』と数人心当たりがあったような書き込みが見受けられた。

 その反応に、ステラは「知らない人は覚えていってくださいまし」とだけ返すと、真剣な顔で言葉を続ける。


「マナ中毒とは、そのまま文字通り濃度の高いマナに触れて中毒症状を起こすことですが……この被害については、あまり可能性がありますのでとりあえず今は置いておきます。少なくとも今はそういうことがあるということだけ覚えておいてください」


 その言葉に、神妙に頷く三人。それを見て一つ頷くと、安心させるようにふわりと笑って「ですがまあ普通に生きるのならばそこまで心配することはありません」とステラは付け加えた。


「このマナ中毒、ダンジョン外で被害が起こることはほぼありませんわ。マナ貯蔵施設の貯蔵庫内部にそのまま突っ込みでもしない限りは絶対的に濃度が足りませんので、そもそも中毒になるほどの濃度のマナに触れるのが難しいのです」


 その言葉に、幾分か安心したのだろう。ほっとしたため息をついた三人にしかし今度は釘を刺すように真剣な顔で「ですが」と彼は言葉を続ける。


「ダンジョンではマナ中毒になる事態というのはありえます。通常ダンジョンは奥に進めば進むほどマナ濃度が上がりますが、Bランク以上のダンジョンの奥に入ってしまえば低位探索者ならば十分にマナ中毒になる濃度になりますし。特に、Aランクの中でも上位のダンジョンになると、入り口付近ですら常人ならば中毒症状を起こす濃度のマナになりますわ」


 そうして言ったステラの言葉に、コメント欄が『ヒエッ』『Aランクやば』『こっわ……』などという反応を見せる。少女たちの方も怖気づいたのか、少し体を震わせていた。


「そ、それじゃあそんなところはどうやって探索するの……? 入るだけで被害があるんだよね?」


 そして特に怯える様子を見せたリリから出た質問。それに、「そこで先ほどの話が出てくるのですわね」と答えたステラに彼女たちが一瞬話を飲み込めなかったような顔をしたが、ステラはそのまま話を続けた。


「先ほどの話、つまりマナ親和性のことですわ。このマナ親和性、単純に魔法を使うのに有利になるだけではなく、マナの毒性に対する耐性にもなるのですわ。……まあ、これについても原理は不明なのが少々怖いところですけれども」


 途中まではなるほどと聞いていたが最後の言葉に「えっ」と少し引いた様子を見せる三人。ステラも「まあ、これについてはマジで、怖いので早く原理を解明してほしいですけど」とげんなりした表情で付け加えると、表情を真面目なものに戻して話を締めくくりに入る。


「そんなわけで、魔法をあまり使わない人も最低限はマナ親和性を上げることをわたくしは推奨いたしますわね。まあ順当にレベルアップをかけていけば自然と上昇する分だけでも大丈夫かもしれませんが……念には念を入れて、ということですわね」


 そうして話を締めたステラの言葉に、ふんふんと頷く三人。その反応に満足した彼は、「それでは」と明るく言って話を切り替えた。


「少し怖い話を最後にしてしまいましたが……そろそろお待ちかね、実技とまいりましょうか! さあ、準備いたしますわよ!」

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