第7話 技研からの依頼

前書き


一部キャラクターの名称を変更しました。

ご確認下さい。


『カリン』→『ヒナ』


以下本編です

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 罰ゲームのダンジョン配信をしていたらなんかいろいろ大変なことになってからの次の日。

 昨日のこともあってリクトが学校の教室まで様子を見に来た時には、ソラは何かに耐えているような、それでいてどことなく浮ついているような、なんとも言えない微妙な顔で自身の携帯端末を見つめていた。


「どうしたのソラ、そんな好きな女優がイメチェンしてまあ悪くはなかったんだけど前の方が好みだった時みたいな何とも言えないみたいな顔して」

「いやなんなんだよその例え、わかりにくいし上手くもない」


 わかるようなわからないようなことを言いながら声をかけてきたリクトに、ソラは呆れた顔で返す。だが気にするほどでもなかったのだろう、「まあいいんだけど。ほらこれ」などと流しながら携帯端末の画面をリクトの方に向けて見せた。

 そこに映っていたのはユーザーが投稿した書き込みをタイムラインに流して見れるようにしたタイプのSNSアプリ「TwiX」の画面。

 そしてその「TwiX」で彼が何を見ていたのかというと。


「わっ、結構バズってるね、ステラお嬢様」


 そう。昨日ソラが罰ゲームで行ったダンジョン配信のことを検索エゴサしてユーザーたちの投稿内容(なおTwiXではツイポスと呼ぶ)を確認していたのだ。

 特にワイバーンの一件が反響を呼んだのだろう。その時助けた少女らが事務所所属のライバーだったということもあり、それに絡めたツイポスがかなり多い。さらにそこからステラ本人のライブ配信のアーカイブ……つまりライブ配信の内容をそのまま動画として残しているものを確認した人も一定数いるようで、そちらについての言及もそれなりに見受けられたし、なんならそのアーカイブから一部を切り抜いて動画として投稿している人もいる。

 そうしてステラお嬢様について言及したツイポスや切り抜き動画を見た人がまたアーカイブを確認して、あるいはステラお嬢様に関する話題をツイポスして。その連鎖がこの一晩でかなり広まっていて先ほどソラが確認したときにはアーカイブ動画の再生数も十万回を超えていた。

 つまるところ、ステラお嬢様は一躍時の人となっていたのであった。


「そうなんだよ、なんかバズッちゃったんだよなぁ俺の生き恥がよ……!」

「生き恥って。見てるこっちとしてはめちゃくちゃ面白かったんだけどなぁ、特にあのワイバーン戦のチンピラ具合とか」

「お前が面白くても俺は恥ずかしいが????」


 笑うリクトに、憮然とした表情でソラは抗議する。まあ趣味でもなく罰ゲームとしてやっただけの女装した自分の姿がインターネットに広まっていくのは、確かに羞恥心を煽られても仕方ないだろう。

 「次はてめえに女装配信させてやる」などと恨めしそうに言って脅すソラに、しかしリクトは相変わらず笑いながら流すだけである。

 そして一通り笑った後、何事もなかったかのようにリクトは「そういえば」と話を切り替える。


「昨日あの後はアメリアさんとこに行ったみたいだったからミウと一緒に先に帰ったけど、結局何の話で呼び出されてたのあれ?」


 切り出したのは、昨日のダンジョン配信の後の話。

 結局あの後ソラ……というかその時はステラだが、とにかく彼は依頼について詳しい話をするということでアメリアに連れていかれて彼女の研究室までついて行ったのである。その時、リクトとミウには一先ず先に帰ってほしいとだけは連絡したものの、その後のことはまだ話していなかったのだ。

 そういうわけで、先ほどから変わらず憮然とした表情でリクトを恨めしそうに見るソラにそんな質問をしたというわけである。

 その話題の転換にソラはというとまだ不機嫌を隠さない表情を続けていたが、しかしやがて諦めたように手をパタパタと振ると、口を開いて答える。


「依頼だよ依頼。技研からの」

「依頼……ああ、なるほど、ってことはあれか、ワイバーンの件で調査か何か?」

「ああ、まあ……」


 その答えに、なるほどとリクトは一つ頷いた。

 なるほど、アメリアの所属している組織──すなわちカレルレン魔法技術研究所、その研究という部分から考えるのであれば何か特異なことが起きた時に調査をしたいと思うのは当然だろう。

 そして様々な依頼を受けることのある職業たる探索者にその手伝いを頼むのもままあることだ、ということをリクトは知っていた。付け加えるのならば、知り合いのよしみだろう、アメリアがそうした依頼を目の前の彼、すなわちソラに頼むことが多いということも。

 だからこれはいつものことであるが……なんだかそれにしては歯切れが悪い。調査依頼が嫌いなだけかもしれないが(実際そういう探索者は多い)、しかし彼もアメリアからのそういう依頼は慣れているはずだろう。

 リクトがそのことを不思議に思いソラを見つめていると、彼は一つ重いため息をついた。


「……なんていうか、それだけじゃないというか、まあ関係はあるんだけど……」

「? っていうと?」


 相変わらず歯切れの悪いソラに、リクトはまた首を傾げる。

 そんなリクトを見て、ソラはもう一度深いため息を一つこぼしてから意を決したように口を開いた。


「なんていうか……女装ダンジョン配信、継続するかもしれない」





 時を遡って、ダンジョン配信直後、アメリアの研究室にて。


「今なんて言った?」


 正気を疑うように、ソラ……今はステラの恰好である彼は、アメリアに対してそう言った。


「ワイバーン出現の件は人為的に引き起こされたものである可能性がある、と言いました」


 それに対して、アメリアは落ち着き払ってそう答える。

 その口調はあまりにも落ち着いていてなんの感慨もなく言っているかのように思えるが、しかし忙しなくコツコツと机を叩く指が彼女の言葉の裏にある心境を物語っているようだった。


「根拠は」

「ワイバーンが出現した場所です。洞窟型のダンジョンにワイバーンが出現するのはおかしいでしょう。たとえそれが上位のダンジョンであったとしても」


 アメリアの言葉に、確かにそうだとステラも頷く。

 ダンジョンという空間は、その名前とは裏腹にその形態を洞窟等の閉鎖空間に限らず、草原であったり砂漠や森などといった様々な環境のダンジョンも発見されている。

 その中でもワイバーンを始めとする大型の飛行モンスターは、山であるとか草原であるとか、本来はそうした上空に余裕のある開放型のダンジョンでしか出現の報告はなかったのだ。

 他にもそうした特定の環境ごとにしか出現しないモンスターは多数確認されており、その理由としては環境によってモンスターの戦闘能力が制限されない、すなわち本来の能力を発揮できる場所に出現するようになっているのだろう、という仮説が有力となっている。

 それは逆に言うのであれば。


「確かに、ワイバーンが洞窟に出たってのは違和感があった。あれが面倒なのは上空をずっと飛び回ってる時なのに、洞窟じゃあその飛行能力が制限されるわけだしな」


 ステラの言うように、今回のワイバーンのようなあからさまに環境にマッチしないモンスターの出現はおかしいものである、ということになる。


「付け加えるのならば、報告される限りワイバーンの巣……まあ、モンスターのそれが通常の動物と同じ機能のものかはわかりませんが。とにかく、彼らが活動しない間に休むための拠点となる構造物は通常であれば峻厳な山の上、そうでなくともある程度以上開放的な高地に作られるものです。少なくとも、洞窟で飛竜に属する亜竜種が巣を作ったという報告は受けたことがありません」


 もちろん知らないだけかもしれませんが、と言葉尻に加えながらステラの言ったことに付け足すアメリア。

 彼女はそれを言いながら何かを探すように机の中を漁っていたが、ついに見つけたようで引っ張り出した紙の束をステラに向けて差し出す。


「これは?」

「最近起こったとある事件群の調査報告書です。企業連の治安維持隊から分析してほしいと言われて預かっていました。確認してみてください」


 言われるがままに紙の束を受け取ったステラは、その内容に目を通して驚いたように眉をひそめた。

 そこに記されていたのは、今回のワイバーンの出現と同種の事件の数々。

 すなわち、これは低ランクダンジョンには不釣り合いなほどに強いモンスターの出現を報告する書類だったのだ。


「実際のところを言うのであれば、ダンジョンのランクと比べて強いモンスターが出現する、という案件は全くない話ではありませんでした。ダンジョン内の総含有マナが低くとも、それが一時的に急速に一か所に集まれば高位のモンスターが生まれる、あるいは低位のモンスターが急激に強くなることもあるでしょう。組合がダンジョンのランクを定める指標というのは、あくまでダンジョンを構成するマナの総量から推察される難易度でしかありませんしね」


 資料に目を通すステラに対し、アメリアは「そこにはマナの偏りなどといった情報は勘案されることがありませんから」と付け加えながら紅茶を啜る。

 彼女の言う通り、そうした想定外の遭遇イレギュラー・エンカウントというのはステラにも聞いたことくらいはあった。しかし同時に、ケースとしては非常に稀……少なくとも国内ならば、年に一度起これば多いくらいであるということも。

 特に探索者が多くいくようなダンジョンだと、探索者の起こす現象によるマナの移動であるだとか、あるいは探索者がモンスターのマナを回収するからとか、とにかくそういったことが理由となってそうしたイレギュラーはほぼ発生しないという話も聞いたことがある。

 だがしかし。


「それにしたってこれは多すぎるだろ。ここ半年で7件、しかも全部東京近郊の……つまり、人の入りの多いダンジョンだ」

「その通りです。そのデータは、明らかに異常な値を示しています」


 その資料は、アメリアの言う通りにあまりにも異常な状況を示していた。

 通常ならばあまり起こることのないイレギュラーが、しかも特に発生しにくい状況にある地点で多発する。その状況を自然的なものとみなすのは、アメリアはもちろんステラにも難しかった。


「だから人為的なものの可能性がある、ってことか」

「ええ。それに先ほども言いましたが、洞窟型のダンジョンににワイバーンが出現したということもやはり自然発生と考えるには難しい。自然発生したケースでの想定外の遭遇イレギュラー・エンカウントでは、本来発生したであろうモンスターの上位種が出現するケースしか確認されていませんから」


 アメリアの言葉にステラは得心がいったように頷く。確かにこれだけの条件が揃っているのならば、この事件群が人為的なものである可能性は十二分に考えられるだろう、と。

 しかしそうなったら今度はまた別の疑問も湧いてくる。


「これが言う通り人為的な事件だったとしてだ。犯人の動機とか手段とか、そういうのの心当たりとかってあったりすんのか?」

「そこを探るところも含めての調査依頼ですよ、ステラさん」


 そういってからかうように笑うアメリアに、まあそりゃそうかと納得するステラ。

 そして「とりあえず今はステラはやめてくんない?」と言いながら、改めて資料から目を離してアメリアと向き直る。


「ちなみに引き受けないっつったら?」

「公募します。ああいえ、先にミウに頼みましょうか。あの子なら引き受けるでしょうし」

「まあ、そうなるよなー……」


 にこやかに言ったアメリアの言葉にステラは一つため息をつく。

 ミウならば確かにアメリアのお願いならば二つ返事で引き受けるであろうということを彼は知っているし、そこを疑う余地はない。

 そしてそうなればきっと自分のことも巻き込んでくるのだろうから、それならば最初から自分が受けるのもさして変わらないだろう。そこまで考えたステラは、観念したようにひらひらと手を上げる。


「わかった。受けるよ」

「ええ、そう言ってくれると思っていましたよ、ステラさん」

「だから今はステラはやめてくんない……?」


 ステラの答えに、アメリアは満足したようにころころと笑う。ちなみにちょっとした抗議の声は完全無視である。

 そしてげんなりとした表情を隠さないステラに、「あ、そうでした」とアメリアはさらに言葉を付け足す。


「言い忘れていましたが、可能なら今日救出したライバーさんたちと一緒に行動してあげてください。無論、先方が必要ないと言うならば構いませんが」

「は?」


 その少々衝撃的な言葉に、なんでそんなことをとでも言いたげな顔をするステラ。

 そんな彼に、アメリアは優雅に紅茶を啜りながら、いっそ腹立たしいくらいに涼やかに言葉を続ける。


「もしこの事件が特定の人物を狙うものであるならば今後も彼女たちは危険な目に遭うかもしれませんし……そうでなくても、精神的なフォローやアフターケアは必要となるでしょう?」

「俺がそれをする理由なくない?」

「助けたなら最後まで面倒見てあげなさい。これはお姉さんからの助言ですよ」


 清々しいまでににこやかな笑顔でいうアメリアに、ステラは顔を引きつらせた。

 正直めちゃくちゃ面倒だなと、そう彼は思っていた。


「……人の面倒見てたら、調査、遅れるかもしんないけど」

「そもそも別にあなただけに頼むわけではないですから問題ありません。どちらにせよ普通に公募自体はしますし。……それに、遅れるとも限りませんよ。だって」


 人為的なものなら、足手まといがいた方がもしかしたら早いかもしれませんし。と、そう付け加えるアメリアにステラは顔をしかめる。

 つまり、新人探索者らしきあの少女たちを囮として使うつもりなのだ、彼女は。


「……そういうところ性格悪いよな、アメリアさん」

「まあ失礼な。それに必ずしもそうなると限ったわけではないでしょうに」


 すました顔でそんなことを言う彼女は、おそらく何を言っても先の言葉……つまり今日助けたライバーたちへの同行を取り下げるつもりは無いのだろう。

 そう察して深いため息をついたステラに、追撃するようにアメリアさらにもう一言。


「あ、それとあのライバーさんたちと一緒に行動するならその恰好のままの方が良いと思いますよ」

「えっ」


 その言葉に固まったステラに、より一層にこにこと楽しそうに笑いながらアメリアは言葉を続ける。


「だって女性ライバーと一緒に行動するのですから。男の恰好のままで一緒にいたら、厄介なファンとかに目を付けられたりしてきっと面倒ごとに巻き込まれますよ?」


 これもお姉さんからの助言です、と言葉を締めくくるアメリア。

 その言葉に、思わずステラは天を仰ぐ。


「……とりあえず、向こうが断らなかったらな」

「ええ、それで構いませんとも。お姉さん、信じてました」


 諦めたように言ったステラに、アメリアはぱちぱちと拍手をする。

 その顔は、面白いおもちゃを見つけた子供のように輝かんばかりの笑顔だった。

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