第6話 そしてそのあと

前書き


一部キャラクターの名称を変更しました。

ご確認下さい。


『カリン』→『ヒナ』


以下本編です

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「あの、今回は助けていただいて、本当にありがとうございました!」


 ワイバーンが出現したことを聞いて駆け付けたのか、あるいはダンジョンに侵入していたりこれから入ろうとしていた探索者もいるだろう。野次馬の群れで壁ができたかのようになるほど多くの人が集まっている小鬼の巣穴ゴブリンズネストの入り口。

 ダンジョンから無事帰還した後、ここまで大急ぎでやってきた探索者組合から来た救援の探索者に意識のないシオンとハルカを預けると、ヒナはステラに駆け寄ってそう言って頭を下げた。

 先ほどまでは一緒に歩いていたリリは、泣き疲れてしまったのだろう。今はシオンとハルカとのそばで二人にしがみつくように眠ってしまっている。

 そんな彼女たちの様子を見て、ステラはため息を一つこぼす。


「いえ、お気になさらず。それよりもあなたも休まなくて大丈夫なのでして? あなたこそ無茶をして死にかけたのですから、休んだ方が良いでしょうに」

「ああ、いえ、メンバー全員寝ちゃってたら、マネさんが来たときに困っちゃうかもしれませんから。それに、実際のところ魔術障壁マギテクス・シールドのおかげで怪我は一つもないので、体の方は本当に大丈夫なんです」


 眠っているリリにちらりと視線を向けてそのあと、そう気づかわし気に言ったステラに、ヒナはまだまだ元気であるとアピールするようにむんと一つ力こぶを作りながら答える。

 そういえば先ほどどこかから電話がかかってきていたようだったな、と納得した彼は、本人がそういうのであれば止めることもないだろうと一つ頷く。

 実際、ダンジョンの中からここまで送ってくるときに全身の怪我の様子を見たり歩き方を確認しても特段異常があったような素振りは無かったのだから、例え少しばかり無理をしていたとしてもまだどうとでもなる範囲なのだろう。

 精神的に疲労していたかもしれないとして、それでもそうしていなければと言っている。それならば本人のやりたいようにやらせておこう、というのがステラのスタンスである。


「ま、探索者なんてやってたら無理のしどきなんていくらでもありますもの。ここらで慣れておくのも悪いことではないでしょう」

「えへへ……あ、でもシオン先輩には無理をするな、とは教わってるんですけど」

「まあ、本当のところしなくていい無理をする必要はないので、それも間違いではありませんわね」


 そんなやり取りをして、「シオン先輩に怒られちゃうかも」と困ったように笑うヒナに「心配してもらっているのだから怒られておきなさい」と返すステラ。

 そうこうしているうちに、慌てた様子で人の山をかき分けて人垣の内側に入ってきたビジネススーツ姿の女性がきょろきょろと何かを探すようにあたりを見回す様子が目に入る。


「あ、マネージャーさん! こっちです!」


 その女性の顔を見て、パッとヒナが顔を輝かせて大きく手を振った。

 彼女の声が聞こえたのだろう、女性はヒナたちの方に気づくと勢いよく駆け寄ってくる。

 そして目の前で止まる……と思いきや、そのまま詰め寄る様に近寄った上でヒナの肩をつかんでがくがくと揺さぶり始めた。


「ヒナ! 大丈夫だった!? 怪我は!? シオン達は無事!?」

「おあぁあああマネさん目が回る目が回る落ち着いて落ち着いてぇ!!!!」

「落ち着けないわよ死んだかと思ったんだからね!!?!??」


 その言葉に心配していたのだということはよくわかるが、揺さぶられ続けるヒナとしてはたまったものではないのだろう、何とかして止めようとしている。しかし興奮したマネージャーらしき人物はなかなか落ち着く様子がない。力づくで止めて怪我でもさせたら大変だから力技に出られないのもその原因の一つであろう。

 そんな二人を前に若干困っているのはステラも一緒である。ぶっちゃけこのままここにいる理由もあまりないので、すでにというかダンジョンから出てきた時点で集まっている周囲からの注目から逃げるためにもこの場を離れたいという気持ちはある。だがしかし、このまま挨拶せずに立ち去るのも不義理だからとなかなかそれができないでいるのだ。

 というわけで本音で言うともうこのまま置いて帰りたいわけではあるが。もうこれは意を決して話しかけるべきだろうかと思い始めたところで、ハッと何かに気づいたような顔をしたマネージャーがコホンと一つ咳払いをしてステラに対して向き直る。


「お見苦しいところをお見せしました。私はこの子……ヒナたちのマネージャー業務を担当しております、ダンジョンライバー事務所『アンサンブラーズ』の坂柳さかやなぎ明日香あすかと申します」

「あら、これはどうもご丁寧に。わたくしは、探索者の緑は……ではなくて今はステラ? いえ、やっぱり本名の方で名乗った方が良いでしょうか?」

「どちらでも構いませんが……とりあえず今のところはステラさんとお呼びしますね。その名前で活動していらっしゃるようですので」

「そういうわけでは……いえ、ありますわね一応。わかりましたわ。それでは改めまして。わたくしは探索者……兼個人配信者? になるのかしら。とりあえず探索者のステラといいます。よろしくお願いいたしますわね」


 互いに挨拶を交わしてステラとマネージャー……アスカの二人は握手をする。

 少々感情表現が大げさかもしれないが、とりあえずの印象としては悪い人ではなさそうだな、とステラはそうアスカのことを評価した。まあその感情表現にしたって、自身がマネージャーとして担当している少女達が命の危機に遭ったのだから大げさになったところで仕方ないと言えるだろう。

 一通りの挨拶が終わった後、改めて礼を言うためだろう。アスカは深々と頭を下げた。


「改めて、この度は弊社のライバーたちを助けていただきまして本当にありがとうございました。ちゃんとしたお礼をしたいところなのですが、あー、えっと、その……」


 だが、謝礼の言葉は途中でちらりと横を見た瞬間、どこか歯切れの悪いものになって尻すぼみになっていってしまう。

 まさか礼を言いたくないというわけではないだろう。どうかしたのかとステラも彼女が見た方へと視線を向ける。


「? どうかなさいまし……ああ、なるほど」


 そして、得心がいったように一つ頷いた。

 そこには、先ほどまでは元気そうにしていたが今は眠そうに頭を揺らめかせるヒナの姿があった。

 やはり疲れが大きかったのか、あるいは先ほどの頭を揺さぶられたのがとどめとなったのだろうか。今にも寝入ってしまいそうなその少女を同時に見ると、二人は向かい合ってお互いに苦笑する。


「あんなことがあったことですもの、疲れているのでしょう。今日はもうお帰りになった方がよろしいと思いますわよ」


 ステラのその言葉にアスカは「そうですね」と頷いた後、スーツの内ポケットから何かを取り出して差し出す。

 渡されたステラがそれを確認すると、どうやら彼女の名刺であるようだった。


「それ、私の連絡先も書かれていますので何かあったらご連絡ください。というか後日改めてお礼をしたいのですけど、連絡先を教えてもらっても……?」

「あら、お礼なんてよろしいですのに。まあ連絡先を渡すのは構いませんが」


 彼女の言葉にそう答えて、「えーっと」などといいながらステラは何かを探す素振りを見せたが、書くものを何も持っていなかったのか最終的にアスカに尋ねて渡された紙とペンで自身の連絡先を記してアスカとの連絡先の交換を終えた。


「それでは、また連絡いたしますので今日のところは申し訳ないのですけれども……」

「ええ、しっかり休ませてあげてくださいな」


 そしてまたお互いにお辞儀をすると、もうほとんど寝ているヒナを連れて去っていくアスカを見送りながらステラは改めてあたりを見回す。

 さっきまで多かった人だかりは多少人数が減って……いるなどということはなく、相変わらず山のような野次馬に囲まれているままだった。

 それどころかステラを見て「あの人ほら、例の……」とか「チンピラお嬢様だ……」とか言っている声も聞こえてくる。ステラのことに注目しているのは間違いないだろう。言われている本人は「チンピラお嬢様って何でして」と若干不満そうにしているが。

 そんな風に注目されているステラではあるが、近寄ってくる人は不自然なほどに少ない。どうもまだ遠巻きに観察されているようである。アーマードゴスロリドレスが不審者っぽいから話しかけないのかあるいは単純にタイミングを見計らっているのか、わからないがおそらくは後者なのだろう。証拠に、じりじりと近寄ってくる人も増えてきている。


 今はまだ見られているだけだから良いものの、このままここにぼうっと突っ立っていたらすぐに囲まれて動くこともできなくなってしまいそうだ、とステラはそう思ったのだろう。

 とりあえずここから離れようと動き出そうとした。


 その瞬間。


「すみません、少々道を開けてもらえませんか?」


 あまり大きくはないのに良く通る、どこか人を惹きつける美しい楽器の音色のような、あるいは人を魅了する魔性のような、蠱惑的な女性の声がした。

 その声は人垣の外側で発された言葉のようであり、その近くにいた人々は操られたように声に従って左右に避け道を開く。

 その先に立っていた人物。つまり先ほどの声を発したのは、その顔に微笑みを浮かべている一人の女性だ。

 淑女然として立つ、その立ち居振る舞いだけならばあまり目立とうとする意志の無いように見えるその女性。しかし彼女は、その外見だけであまりにも人の目を惹いてしまっていた。


 スッと通った鼻筋に、蛾眉がびのごとく整った眉。白磁を思わせるほどに白い肌はその線の細さも相まって、どこか消え入りそうな儚さすらうかがわせるだろう。

 そうした一つ一つのパーツがまるで作られた人形のように整えて配置されたような顔の中でも、とりわけ目を引くのはその目だ。

 切れ長の目の中にある宝石のようにきらめく翠玉色の瞳は、ずっと見つめていたら吸い込まれてしまいそうな深さをたたえている。

 そして傍から見ただけでも女性としては長身とわかる彼女の腰まで下ろされた髪。黄金色のそれは艶めいた絹糸のようにさらりと流れ、あるいは天使のそれかと見まがう人も出てくるであろうと思わせるものだった。

 また、物腰も柔らかく楚々としており、一つ歩くごとにうっとりとため息をつく人すら出るほどだ。瀟洒しょうしゃなその振る舞いは外見と相まってそれだけで一つの芸術であると言われても納得がいくだろう。


 そう。

 そこにいたのはまさしく誰もが見惚れずにはいられないような、一人の嫣然たる女神のような美女であった。


「うげっ」


 しかしそんな彼女の声を聞いて、そしてその美しいとしか言えないような顔を見て、ステラは思い切り顔をしかめる。

 その彼の嫌そうにする顔が目に入ったのだろうか。緩やかに微笑んでいた彼女は少しだけ笑みを深めると、道の開いた人垣を通り抜けてステラの方へと近寄っていく。

 そのあまりの美貌が原因か、人の間を通る彼女を見て何事かを話している人たちの姿も見えるが……しかしよくよく聞いてみたならば、「あれって……」とか「この前テレビで……」などと、姿を見たことがあるような話をしているようである。つまり、あの女性はそれなりに知られている人物のようであった。

 そうして周りの人々に見られている彼女の様子はというと、人から注目を浴び何かを噂されることに慣れているのだろう。気にした様子もなく相も変わらず淑やかに笑いながらステラの目の前に立った。

 そしてそんな彼女が何かを喋るその前に、ステラはその渋い顔のまま先に口を開く。


「アメリアさん、何の用だよ……」


 顔の通り非常に嫌そうな声。しかしそこにこもった感情は嫌悪というよりはむしろ諦念、あるいは辟易としているといった表現が当てはまりそうなものだった。

 つまりステラは、そういった飽き飽きとしたような感情が生じる程度には彼女、ステラがアメリアと呼んだ女性とは縁がある仲なのであった。


「あら、先ほどまでの口調は続けてくださらないのですか?」

「口調ってなんの」

「配信。見ていましたから」


 しかめっ面のステラをからかうように笑いながら言ったアメリアの言葉。そこから続いたやり取りに、ステラはうめき声をあげて崩れ落ちる。

 ソラである少年としては、罰ゲームを提案した本人たちでない知り合いにこのステラとしての姿を、自分と知った上で見られるのはそれはもう耐えがたい恥辱だったのだろう。顔を覆い隠してうずくまる彼の姿は非常に憐れなものであった。

 そんな彼の心情を知ってか知らずか、アメリアは「かわいらしいですよ、ステラさん」とさらにからかうように続ける。そしてそれを聞いたステラはもう一つ大きなうめき声を上げて今度こそ動かなくなってしまった。

 それを見てクスクスと笑うアメリア。しかしあまりその話を続けるつもりは無かったのか、微動だにしないステラに「ところで、話は変わるのですが」とそのまま声をかける。


「なんでしてー……」


 一応会話をする気持ち自体はあるのだろう。微動だにしないままにからかわれる原因となった口調で答えるステラに、アメリアは何も気にした様子はなくそのまま話を続ける。


「ソラくん……いえ、今の恰好であるならステラさんとお呼びしましょうか。貴方に一つ、お願いしたいことがあるのですけど」


 その言葉にピクリと反応したステラは、顔を上げると立ち上がって無言で話を続けるように促す。

 それに頷いたアメリアの顔には先ほどまでのどこかからかっているような様子は一切見えず、その表情は真剣そのものである。

 どこか緊張の見える面持ち。その顔のまま、アメリアは再度口を開いた。


「ステラさん。貴方にカレルレン魔法技術研究所からの依頼があります。受けてくださいますね?」

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