第24話

「魔女のラナとは誰の事だ?」


一様に皆の中で疑問が浮かんだ。今まで魔法使いの育成に携わってきていたが、魔女は分からない。アレフィオやグリーヌの残した本の中にあったようなきもするが。


「彼女は今もまだ忘却の塔に居て私を待っている。どうやら陛下にはまだ彼女の魔法が掛かっているようだ」

「私に魔法が掛かっている……?」


今まで気づかなかった。アレフィオやグリーヌにも掛かっていたのか?


二人が気づかない魔法とは一体何なんだ? 

妻にも息子にも分からない魔法。私達の持つ魔力では敵わない魔法が掛かっているのか?


「その魔法は危険な物なのか? 私に掛かっている魔法を君は解く事はできるのだろうか?」


私の問いに答える様にブラッドローはふわりと浮かんで私の前で降り立ち、額に手を当てて魔力を流し始めた。彼の突然の行動に周りは誰も動けなかった。

そうして彼はすぐに魔力を流すのを止めて一歩下がる。


「流石ラナだ。相変わらず素晴らしい」


彼はそう独り言のように呟いている。


「父に掛かっている魔法はどんなものなんだ?」


イーヴォが私の代わりにブラッドローへ聞くと。


「陛下に掛けられている魔法は危険な物ではありませんよ。ただの忘却の魔法です」

「忘却の魔法?」

「えぇ。きっとラナの事だ。ラナの事を徐々に忘れていくように魔法が掛かっているのです。陛下は何故突然魔法が使える様になったのか覚えていますか?」

「いや、毎日魔力循環の練習をしろと誰かに言われたような気がしてずっとアレフィオやグリーヌと魔法の訓練をしていた。ノートに全ての事が書いてあったからそれを見ながら魔法使いの育成に励んだんだ」


自分の言葉に何かが引っかかる。


そもそもあのノートはどうやって自分が書いたのか?

誰かから魔法が存在すると教えられたような記憶。覚えていないのだ。その部分だけすっぽりと。

それに気づいた私は恐ろしくなった。私の話した事や顔を青くする様子に妻も息子も心配そうにしている。


「ブラッドローよ、父上の記憶は取り戻す事ができるのか? お前は魔法を解くことが出来るのだろうか」


イーヴォの問いにブラッドローは真面目な顔で答える。


「私の魔法なら無理やり解除する事が出来ます。ですが長年掛かっていたのです。無理やりすれば不具合が起きても不思議ではありません。魔法を掛けた張本人であるラナに解いてもらうのが一番でしょう」

「ではそのラナという魔女をここに連れてこい」


イーヴォの言葉にブラッドローはフッと笑う。


「彼女をここに連れてくる事はできませんよ。彼女が嫌がりますから」

「ではどうすればいいのだ?」

「塔に自ら赴かれてはいかがですか? その前にラナとの婚約の許可を頂かなければいけませんね」


私は少し考えた。この男を魔女の婚約者にしても良いのかと。けれど、咄嗟の事でいい案が思いつかばない。その時にフラヴィがホヴィネン公爵に声を掛けた。


「彼はそう言っているようだけれど、公爵はどう考えているのかしら? 彼は優秀で魔法も使える。今後の王国の発展に寄与する事は間違いないわ。この国で唯一の王女であるフローラと婚姻した方がいいと思うわ」


ホヴィネン公爵は嬉しそうな表情だ。王家と縁づくのは公爵家としても王家としても良い事しかない。


「王妃様、宜しいのでしょうか」


公爵が確認した後、了承するのだと思っていたが、彼が遮るように口を開いた。


「王妃様は私の言葉を聞いていらっしゃらなかったようですね。私はラナ以外の相手は望まない。言っておくが、この国の王女はフローラだけではない」


彼のその言葉に一同驚きを隠せないでいた。もちろん私も。父には愛妾はいなかったし、別に子を儲けるような事もなかった。


私もフラヴィだけを愛しているし、間違いが起こる事もしていない。彼以外の視線が私に集まっている事に気づいた。



「私にはフラヴィしかおんらんぞ。ブラッドローよ、王女はフローラしかおらぬぞ?」


慌てて否定する。


「私が陛下にお伺いを立てた理由ですよ」


ブラッドローは不敵な笑みを浮かべている。ま、まさか。その、私の記憶を消した本人が王女? 私や他の者達もその答えに驚愕する。


「どう、いう事だ?」

「忘却の塔にいる魔女ラナ・トラーゴ・オリベラはサロメラ国第三側妃の娘であり、王女でもある」

「サロメラ国? そんな国は知らん」

「やはりラナに関する事は綺麗に記憶にない様子。グリーヌ女史の書かれた手記にはほんの僅かだが書いておりますよ? 国の歴史をラナから聞いていたようですね」

「何!?」

「こればかりは魔法が掛けられているため仕方がない。読んだとしても忘却するような魔法ですから」


グリーヌが手記に残しているということはグリーヌには魔法が掛けられていなかったのか。フラヴィは彼女の手記を読んだ事があるのだろう。フラヴィは何か言いたそうだが、ブラッドローは引き延ばされる話を嫌うようだ。


「では陛下、改めて申します。ラナと婚姻するのは私で良いですね?」


彼は何を何処まで知っているのだろうか?


とても恐ろしいと感じる。


「あぁ、その前に。私達の国に変わらず忠誠を誓う事が出来るか? 約束をするなら婚姻の許可をしてやろう」

「私達の邪魔をしない限りは」

「……邪魔、とは?」

「では私は早速ラナを迎えに行きたいので失礼」

「あっ、こら待て。まだ謁見は終わっておらんのだぞ?」

「あとは父上にお願いしますよ。俺は興味がない。では失礼」


ブラッドローは興味が無くなったとばかりに踵を返して謁見室を出て行ってしまった。フラヴィをはじめとして皆、彼の行動を呆気に取られていた。


「父上、彼を認めても良かったのですか? フローラはブラッドローを気に入っていたようですが」

「フローラには諦めてもらうしかないだろう」

「ですがっ、父上!」


王太子は陛下に言おうとする横で公爵は神妙な面持ちで口を開いた。


「……息子はずっと一貫して令嬢達からの婚約を拒否していたのです。私達には分からない何かがあるのかもしれません」

「そうだな。私も忘却の塔へ向かう事にする。この中では私が一番多くの魔力を持っているし、私は魔女ラナに会わねばならぬ気がしているのだ。彼を追ってみるとしよう」

「父上、私が参ります」

「イーヴォ、儂に何かあったらお前が後を継がねばならん。では忘却の塔へと向かう」


私はそうしてフラヴィをギュッと抱きしめた後、一人で忘却の塔へと向かった。

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