第20話

 そこからフラヴィ嬢の生活は目まぐるしい物になったのは仕方がない。


 家に帰る手間を考え、王宮に住まいを移し、王妃教育と魔法の勉強を行う事になった。


 もともと才女と噂されていた彼女は教師陣からも上々で二年後には立派な王妃になるだろうと言われていた。


 魔法についても弟の学校が終わった後に王宮へ来ては魔法使い見習い達と魔法の勉強に取り組んでいる。


 弟は家に帰った後、父達に魔力循環から教え、復習という形で伯爵も勉強し、たまに王宮へ登城し、魔法の勉強に参加している。


 フラヴィ嬢は優秀だと思ったが、どうやら一家で優秀だったようだ。


 伯爵は魔法訓練が遅かったために魔力量はあまりないが、グリーヌが使う魔法円に興味を持ち、そちらの方面で研究を始めたようだ。


 一家で三人が魔法を使えるようになると魔石に水魔法がどんどん込められ、王宮へと運ばれてくる。


 夫人は自分も魔法が使いたいといつもぼやいていたらしく、伯爵は魔法が使えるようになった後、夫人も息子に教わり、魔法が使えるようになった。


 今では蔦を自由自在に出せるようになったのだとか。


 この間は領地の森に邸の護衛騎士達と狩りに出掛けて魔獣を倒したと手紙に書いてあったらしい。


 勇ましい夫人だ。


「フラヴィ、今日は久しぶりに王都に遊びに行かないか?」

「本当ですか?嬉しい」


 久々にフラヴィの王妃教育が休みだったので気分転換に誘う事になったんだ。


 二人とも平民の服装で今人気の商品が置いてある商会へと足を運んだ。


「ツィリル様、沢山の品物が置かれていますね。どれも可愛くて目移りしてしまいますわ」

「フラヴィ、今、僕たちは平民なんだ。呼び捨てで話をしなくてはね」

「……ツィリル。そうね」

「困り顔のフラヴィ。可愛い」

「!! もうっ!」


 私達はそうして仲良くガラス細工の置物を買って商会を出た。


「フラヴィ、今度は何処へ行こう? お腹が空いた?」

「うーん。この間、先生がモンシェールという店の食事が美味しいと言っていたわ。私も行ってみたい」

「よし、じゃぁそこへ行ってみようか」


 私も王都の店はあまり知らなかったけれど、後ろにいたアレフィオはよく知っているようで案内され、店に着いた。


 平民がよく行く店、というより平民の格好をした貴族達が通う店のようだ。


 店はピアノの曲を聞きながら食事をするというコンセプトのようだ。


 そして店内にいる客達はぎこちない服装で静かに曲に耳を傾けながら食事をしたり、お茶を飲んでいたりしていた。


 客の中には私達に気づく者もいたようだが、会釈をするだけで話し掛けては来ない。


 私達を気遣ってくれているのだろう。


「フラヴィ、何を頼む?」


 フラヴィは一生懸命悩みながらルーロ魔牛のワイン煮のセットを頼んでいた。


「僕のお嫁さんが一生懸命悩む姿はとても可愛い」


 ……つい呟いてしまった。


 フラヴィは呟いた声を聞き逃さなかったようでとても顔を真っ赤にしていた。


 私はハナン鳥の香草焼きのセットを注文し、二人で仲良く城に帰ってからの話をしていると、誰かが大きな音を立てて店に入ってきたようだ。


 ざわつく店内。


 私達もその方向に視線を向けると、そこには聖女シャロンと侍従がこちらに歩いてきた。


「ツィリル殿下っ!! ここにいらしたのですねっ」


 聖女シャロンは周りを気にした素振りも無く声を掛けてきた。


 その突然の出来事にアレフィオや他の護衛騎士も立ち上がるが、念のため私は手を挙げ彼らを制してシャロンの話をとりあえず聞いてみた。


「聖女シャロン、久しぶりですね。何故此処へ?」

「信者の方がここに殿下がいると言っていたので来たのですっ」

「はぁ、そうですか。私達は食事中ですので控えてもらいたい」


 周りを見ろよと言わんばかりにやんわりと言ったのだが、彼女は気にも留めていない様子。


 むしろ私達の席に同席さえしようとしている。


 流石にフラヴィも聖女の行動に驚いていたが、口に出すことはなく冷静に見ているようだ。


 シャロンは突然フラヴィの横の席に着いた。厚かましい事に店員を呼び、注文までしようとしている。


「聖女シャロン、私は許可をした覚えはないが?」


 私の言葉に侍従の顔色は青くシャロンを止めに入るけれど、シャロンは気にした素振りもない。


「ツィリル殿下に今日はお願いしようと思って」


 にこやかにシャロンは私に話し掛けてくる。


「……お願いとはなんだ?」

「私も婚約者候補に入れて欲しいのっ。私、ずっとツィリル殿下が好きだったの。そのためには王妃になってもいいわっ」


 シャロンの言葉に眩暈がした。


 これは護衛達もフラヴィも同じ思いだったのではないだろうか。


「残念ながら、もう婚約者は決定している。君が婚約者になる事はない。教会は聖女にマナーすらも教えていないようだな。後で教会に抗議しておこう。さぁ、フラヴィ。行こうか」

「ツィリル、行きましょう」


 私達はシャロンを残し食事途中ではあったが、店を出ることにした。


「ごめんね、フラヴィ。嫌な思いをさせた」

「これくらいどうって事はないわ。気にしないで」


 私達は気を取り直し、早々に城に戻った。


 本当ならもっと街を散策出来たのだが、聖女が店内外で殿下と騒いだからだ。


 聖女が騒げば騒ぐほど私達の身分がバレてしまい狙われる可能性が高く、連れている護衛の数では対処しきれないと思ったから。


 城に帰って教会に抗議したのは言うまでもない。




 その日から私はまた執務。フラヴィは魔法と王妃教育に取り組んでいる。


 そして王妃教育は二年もたたずに終了する目途が立った。


 やはりフラヴィは凄い。


 父達も手放しで喜んでいる。

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